第1話 万能人(12)
「ああ、つくりものの青春か」
ぼそっと、まさに青春真っ盛りであろう
「つくりものだぁ? 青春が! つくりもの!」
信じられないと言った顔で、如実に示しまくる。
「キラキラした青春というものは、大抵がつくりものだ。多くの人間にはこれっぽっちも関係がない代物だ。中学卒業から十年も経つ男が、中学卒業からストレートで高校生になった若人の中に混じって、青春が謳歌できるかなぁ~みたいに思うくらいに夢見心地で、愚かしいことだよ。おまけに、ものすごく恥ずかしい。見ていられないくらいに」
指差すなよ、と思わず眉をひそめる。
「帯解が勝手に、僕を高校生にしたくせに!」
なんだか、誰も産んで欲しいなんて言ってないだろう! と親に反抗する子供のようである。しかし、親が子供を産んでしまっているからこそ、親子という関係が成り立つのだし、高校に行って勉強するのは、上司である帯解からの命令で仕事なのだ。限りなく、不毛な訴えである。
「僕は、必要最低限な知識を身につけて欲しくて、高校にやってのであって、何も青春謳歌しろとか、そんな阿呆なことは思ってみてもいないよ」
「うわーん、帯解の馬鹿ぁー!」
馬鹿って言う人が馬鹿なんですぅとは、返してこなかった。そう返すやつこそが、馬鹿だと聡明な帯解はよく解っている。たぶん、そうくるであろうことは、薄々気付いてはいたのだが、やはり、寂しいものだなと感慨に耽る。馬鹿に馬鹿と返さないことではない。キラキラした青春を「つくりもの」だと言い切る帯解に対してだ。
「いいから、はやく、飯食って帰れ。で、勉強しろ」
「帯解に言われなくたって、解っている! にんじんも食べられない上司に言われたくない!」
帯解ははっとし、にんじんだけ綺麗によけてあるシチュー皿を手で覆う。いつかのカレーのときも、実はにんじんをよけていたのだ。冷や汗をたらし、うんうん唸っている帯解の顔を僕は下から覗き込む。
「にんじん食べられなくても、博士ってなれるんだー。知らなかった」
顔を下げていた帯解が、机を叩く。
「黙れ。
「パワハラだ!」
「権力は使うためにあるのだ。使ってなんぼだ」
その権力とやらも、職権乱用したのは、つい最近のことではないか。十代で、そんな多大な権力とやらを手に入れたならば、多くの子供は好き勝手にやりまくるに違いない。それをしない帯解は、やはり、一般に言う歳相応の青春とやらも絵空事だとばかり信じきってしまっているのだ。僕はこんな帯解を見るにつけ、胸が痛んで仕方無い。
「なら、話は戻るが、帯解の考える青春ってなんだ」
「青春とは、苦悩だ」
「恋や将来について思い悩むのは苦しいが、後から振り返れば楽しい思い出にもなり得る」
帯解は、馬鹿なというふうに苦笑いする。
「僕は、ただ苦しいだけだ」
学校にも行かず、毎日、研究ばかりしている。たまに出かけるにしても、それは学会や講演会のためで遊びのためでは決してない。生きるために研究しているのか、研究するために生きているのか解らない。帯解がそう洩らすのを聞いたことがある。世界中の人間が、帯解に期待している。期待と言えば、聞こえはいいが、それは単なる重圧でしかない。会う人間誰もが、帯解を博士としてしか見ない。僕ひとりを除いては、帯解を帯解明というひとりの少年としてではなく、世界的な天才博士として見てしまう。
「そんなに苦しければ、全てを放り投げてしまえばいい」
僕は何か反論しようとする帯解を制して、自分のこれまでを一気に語り始める。
いつも怯えている子供だった。
いつも震えていたし、泣いていた。何がそんなに恐いの、大丈夫だよと諭されたって、僕の心は一向に晴れやしない。だって、何か得体の知れないものが、すぐ近くに居るのだもの。笑えと言われたって、それはどだい無理な話なのだ。
僕には言葉を発する能力はあるのだけど、それをちっとも上手に使えない。なんのための言葉なのか、全く解りはしない。幼い日の僕は、言葉を捨てた。まるで、口の聞けない子供のようであった。案外、言葉を発せずとも、日常生活に支障はなかった。僕はもともと、首の動きで「はい」か「いいえ」を答える子供だったからであろう。
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