第13話 節度ある男女交際 ③
その夕方に行われた、草壁とゆかりとあやの3人の食事会。場所はゆかりの部屋にて、である。
これまで、あの歓迎会のときみたいな飲み会を草壁たちの部屋で開いたことが4,5回あって、そのたびにゆかりは、草壁たちの部屋に顔を出した。
飲み会に誘えば「お酒飲んでばっかりじゃダメでしょ」とか言いながら必ず顔を出した。
で、毎回、一番飲んだ。
しかし、草壁が、お隣にすんでいるゆかりの部屋に入ったのはこれが初めてである。
そういえば、彼女、一応、「お嬢様」なのだった……。
誤解ないように言っておくと、ここは高級億ションじゃない。草壁たちと同じマンションの部屋である。メチャメチャ豪華ってわけじゃない。
しかし、招かれて玄関はいると、玄関の照明に、フットライトの柔らかい照明が出迎えてくれたりして、ちょっとだけ、シックでリッチ。
別にそんなもん、買ってこなくても、天井の照明で充分じゃん。と、考えるのは庶民なんだろうか?
勧められたスリッパが柔らかいなあと思ったら、サテン地だと。
5月の陽光に靡く草原を思わせるような、フッカフカの絨毯に出迎えられて、ダイニングに顔を出すと、キッチンのコンロの前では、レードル片手にお鍋をかき回しているあやの姿があった。
「あっ、ようこそ、草壁さん、いいところでしょ?、ここ」
「あやちゃん、うち来ると、いっつもそれ言うけど、ここに、すごいブランド品とか特注品なんて、別にないのよ」
「そうかもしれないけど……。確かに、最初にここに入ると、ちょっと驚きます」
おそらく、草壁のそういう感想のほうが、自然。
ダイニングのど真ん中に、デンと置いていあるテーブルセットを見ても、「ちょっと違う」って思った。椅子の背もたれが長くて、なんか、「人間工学に基づいた、座り心地のいい曲線を実現しております」みたいに、微妙に湾曲してて、あっ、クッションのところ、これ、ひょっとして革張り?
それに、足が太い。
「失礼なこと、言わないでください」
「違いますよ、ゆかりさんじゃなくて、このテーブルのです」
そのテーブルにテーブルクロスがかかっているのは、それはそれでいい。
「このテーブルクロス、真ん中に帯みたいなのが別に掛かっていて、かっこいいですね?」
「テーブルランナーって言うんですけど、知りません?」
ほら、そんなものあるのが当たり前みたいなことを言う。
「だって、下のクロスとセットで買ったから、それほどお高くついたわけじゃないですよ」
そうかも知れないけど、普通の女子大生の一人暮らし、みたいな環境で出てくる発想じゃないと思う。
後のことだが、草壁が同部屋の亮作に「なんで、ここと隣の部屋の調度のレベルにあんなに差があるんだ?ここの家具、どれもさほど高級に見えない」と聞いたところ、亮作の話では「お姉ちゃんは、親にねだるのが上手だから」ということだった。
「うちの親、普段は、そんなに贅沢はさせてくれないから」
「あっ、そう……」
けど、普通じゃないけどな。お前だって。
「家具なんてさ、とりあえず、大学卒業までの一人暮らしだろうから、自分は別に凝りたいとかも思わないし、面倒だよ、あれこれ、考えるのだって」
「そうかもな……」
「お姉ちゃんは、せっかく始める一人暮らしだから、部屋のコーディネイトしたりするのが楽しかったみたいで、お店行ったり、カタログ取り寄せたりして、熱心に家具選んでたよ」
「へえ」
「でさ、うちの親にカタログ見せて、『この可愛いテーブルセットが欲しいけど、注文していいでしょ』って言ったら、お姉ちゃんの『可愛い』って言葉に、なんとなく騙されて、いいよってなったんだけど……」
どうも、あのダイニングのテーブルセットのことのようだ
「そしたら、請求書見て、うちの親が驚いて『お前は学生の一人暮らしの分際で、70万円のテーブルセット買ったのか!』って、怒られてたよ」
やっぱり、そんな代物だったか……。けど、買ってもらえるんだ。
そんなわけで、3人での食事会。
「二人とも、料理上手なんですね」
アンチョビのブルスケッタをパクつきながら草壁、なんとなく、感心していた。
「あやちゃん、高校のとき、お料理クラブにいたんだよね」
「って言っても、週一ぐらいに、お料理つくったり、月に何回か顧問を頼んでいた、料理の先生のところに行って習ってただけですけど」
3人で傾けるワイングラスに入ってるスパークリングワインは、残念ながら近所のスーパーで買った安物だけど、そのかわり、食材はそれなりにはりきって揃えた様子。
パエリアに上に、エビや、イカといっしょに乗っかっているムール貝やサフラン、それからグリル野菜とルッコラのサラダに掛かっているソースに使ったブルーチーズは専門食材店を車でハシゴして揃えたんだって。
「でも、このローストしたラム肉にかけた、イチジクのソース。ちょっと甘ったるかったですか?私、前に食べたときは、もっとおいしかったんだけどなあ……」
そういって、草壁の目の前でゆかりがちょっと残念そうな顔をした。
あっ、お嬢様、やっぱり、こういうのが出てくるような高級フランス料理屋さんの常連だったりするんですか?
「親が会社の社長だって知ると、みんなそんなこと言うんですけど、うち、普通ですよ」
「でも、実家はすごい大きいんですよね?」
あやにそう言われて、ゆかりがサラッと答えた
「うーん、敷地が600坪ぐらいって言ってたから、割と大きいかな」
ろ、600坪!
「たしか、、仙台でしょ?実家。亮作の話だと、山の中とかでもないって言ってたし、それ、すごいですね……」
草壁も思わず、目を丸くした。
「うーん、まあ……そうかも」
さすがに、この雰囲気で「大したことない」みたいな謙遜もかえって嫌味っぽいと思ったゆかり、素直にうなづくしかなかった。
話は変るが、草壁がやってきてから、二人がまだ料理の調理をしている姿を、ダイニングに置いてあるやっぱり高級そうなソファーに座ってみているとゆかりのほうも、かなり料理慣れている様子。
料理のレシピも半分以上は、どちらかというとゆかりの発案だったりするそうで。
因みに、得意料理は?と聞いたところあやは
「私は、ポテトサラダかな?お父さんがおいしいし、おいしいっていうから、ドンブリに山盛りに作ってあげたら一度に食べちゃった」
へえ……。で、ゆかりさんは?
「私、卵焼き!」
なんか普通。
「うちにお客さん呼んでパーティーみたいなことをするとき、いつもお手伝いに来てくれる料理研究家の先生に教えてもらって、勉強したんです」
……彼女の話はいっつも微妙に普通じゃない……。
「へっ?バドミントン?」
と、再び話が戻って、食事会の席……まっ、3人でちょっと張り込んだ手作りの晩飯食べてるだけなんだけど、その席上で、高校時代の部活の話になった。
で、ゆかりとあやの二人ともが、偶然にもバドミントンをしていたらしい。
「けど、あやさん、お料理部じゃ?」
「掛け持ち。料理部のほうは、たまに顔をだしてて、メインがバド。毎日、そんなことしてたら、太るじゃないですか……それにしても、お茶おいしいですね。草壁さんわざわざ淹れてくれてありがとうございます」
「いえ、料理ご馳走になったんで、最後の緑茶ぐらい僕が淹れさせてもらいますよ……」
「だから、食後、3人でかるーく運動がてらに、やろうかって、あやちゃんと話してたんですよ……わたし、お茶のおかわりしていいですか?お茶淹れるの上手ですよね」
「あっ、どうぞ、いいですね。僕、初心者ですけど、混ざっていいんですか?」
「もちろん!じゃあ、最後に3人でジャンケンしましょ」
ジャンケン?といぶかしげな草壁。
やってみたら、ゆかりが一人勝ち抜け。
「負けたお二人、あと片付けお願いね」
まあ、片付けぐらいやらせてもらいますよ。おいしい夕食もご馳走になったし。それに自分一人に押し付けられたわけじゃなくて、あやと二人だから、それなりにはかどるし。
「ダメですよ!テフロンの鍋を金ダワシでゴシゴシやっちゃ……」
「あっ、ごめん」
「キャッ!丁寧に洗ってください!泡、私に飛んだじゃないですかっ!」
「ごめん、あっ、まだほっぺに泡ついてるから」
「えっ本当ですか?」
ってね、そこで、草壁がタオルであやのほっぺに飛んじゃった泡をそっと拭い取ったりしてあげながら、なーんとなく、背後が気になったりした。
そうすると、モダンアメリカの抽象画家っぽい、なんかメトロポリタン美術館所蔵みたいな、大きな絵の下にあるソファーに座っているゆかりが、冷たい目でその様子を凝視しているのだった。
(なんなんだ、あの冷ややか目つき)
と草壁、別に悪いことをしたわけじゃないんだけど、というかゆかりにそんな感情を抱かなきゃいけない義理はどこにもないわけだけど、なんか、いけないものを見られたっていうが気がしたりした。
で、ゆかりは草壁と目があうと、ササッと目を逸らして、知らぬ顔。
そして、未だに表情に険を残しながら、声のほうも若干、冷ややかな響きを含ませながら、ゆかりが言った。
「草壁さん、片付け終わったら、背負子、持ってきてくださいね」
いきなりのゆかりの言葉に、金ダワシを掴みながら、草壁がキョトンと振り返り聞いた。
「しょ、背負子?あの二宮金次郎がマキを背負うためにしょってる……?」
「草壁さん、一体、いくつなんですか」
僕、そんなもん持ってません
「ほら、引越しの日、ツルイチさんが背負ってたでしょ?」
そうでしたね、オッサン、一杯の荷物を背負子に結わえ付けてやってきましたね。よく見てましたね。
けどね、いくら同居人、ルームメイトっていっても、はっきり言って、他人。他人のものを勝手に持ってくるのは……
「こっちも準備しますから」
僕の言うこと聞く気なし?口答えは許しません。ってか?
そのうち、さ、さ、もう片付けのほうはあやちゃん一人でいいでしょ?部屋に戻って、背負子持ってきてくださいって、草壁を強引に送り出しちゃったゆかり。
ところで、なんで、バドミントンするのに、そんなものが必要?
ここで、ちょっと話が飛ぶ。少し、草壁たちの住むこの町についてのことに触れてみる。
このあたりは駅の反対側と違って、平坦な町並みの続く住宅街である。
その平坦な町並みに、オデキのように小さな丘がこんもりと盛り上がっている場所がある。
詳しい位置関係はこの際、それほど気にしなくていい。一応言っておくと、草壁たちの住んでいるマンションとひまわりが丘の商店街とこの小さな丘が、綺麗な三角形を作っているようになっている、ぐらいに思ってもらえれば充分である。
マンションを出て、そのオデキまで、おおよそ徒歩5分といったところだろうか?
で、この「丘」なのだが……
「『お城公園』って言って、江戸時代のころには、お殿様のお城があった場所なんですよ」
ゆかりや草壁とは違って、あやは地元の人間なので、この場所は良く知っている様子。
「そうなんだ……」
「今は石垣があるだけで、城跡がただの広場になってるんですけど」
「へえ……」
あやと並んで歩きながら、ゆかりが相槌を打った。
「いい場所なんですよ。これと言ってなにもないですけど、綺麗な広場で」
「そうなの」
ついでに、ちょっと補足しておくと、この「お城公園」なる場所、城跡を公園として整備したというだけあって、「二の丸広場」とそこからさらにちょっと登ったところにある「本丸広場」の二つのエリアに分かれていたりする。
プッチンプリンをお皿に出して、カラメル部分のど真ん中あたりにスプーンを入れて、一口食べてみてください。カラメルの残っているところが本丸跡で、一口食べて、えぐれたところが二の丸跡。
「いつ行っても、人が少ないんです」
「いいところなのに?」
ゆかりが不思議そうにあやに聞いた。
「はい、それというのが……」
「ふ、二人とも!……い、一体、どこまで……こんなもの、背負わせて、こんな、階段、登らせる……つもりなんです!」
二人のすぐ下では、草壁が肩で息をしながらヨロヨロと階段を登ってついてきていた。
お城公園と呼ばれるその丘のふもとから頂上までは、割と急で狭い階段が蛇腹に山肌を這うように続いていた。
「ここに登る階段が割りと長くて、急だから、地元の人は、お年寄りもそうだけど、子供も、しんどいからって登ってこないんですよねぇ……こんなふうに」
草壁を指差す、あや。
「こ、こんなふうにじゃないですよ!これ、一体、何キロあるんですかっ!?」
今、草壁がバテバテになりながらゆかりに聞いた「これ」なるもの。先ほどの背負子にしっかり結わえ付けられて、草壁が背負ってるものなのだが。
「その、バドミントン用の移動式支柱ですか?たしか35キロ……」
それは、バドミントンのネットを張る移動用の支柱のだが、簡単に言えば、ずっしりとした鋼鉄製のキャスター付き台の上に1メートル50センチほどの鋼鉄の柱のついたものである。
それが二本。それを草壁が背負わされているのが現状。
草壁の現状を、ガンキャノン……って言ってわかるか?
「なんで、ゆかりさん、こんなの持ってるんですか?」
「『バドミントンの友』で当たったの」
「なんです、それ」
「バドの専門誌。あやちゃん知らない?それの懸賞で当たったの」
「こんなの欲しかったんですか?」
「違う違う、狙いは3等の高級ラケットセットだったんだけど……」
「で、これ、何等ですか?」
「これ?これは2等……ちなみに、もし1等だったら、重量55キロのもっと高級な移動式支柱だったから……」
「よかったですね、草壁さん、一等じゃなくって」
「よかないです!それより、喋ってないでさっさと引張ってくださいよ!」
引張る?そう、草壁は一人で35キロからある鋼鉄の棒を背負わされているわけではなかった。
あやとゆかりの二人もちょうどゆかりの部屋にあった縄跳び用の縄をそれぞれ手にして、その端を草壁の背負子に結びつけて、引っ張ってくれていたのだ。
二人とも、オニではない。
ただし、異様な光景ではある。
ガンキャノンをひっぱる可愛い女子二人。
ここは人の気配もないからまだいいが、ここに至るまでは注目を確かに浴びた。
しかし、草壁は疲労のほうが大きくて、そのうち人の視線とか、子供の嘲笑とかどうでもよくなった。
そして、女子二人は……
なんか、こうやってるのが楽しかったみたいで、やっぱり人目はどうでもよかったようだった。
「や、やっと着いた……」
「ここが、二の丸公園?」
「そうです、で、こっからさらに登って、てっぺんにあるのが本丸の公園です。上のほうが見晴らしいいですよ。」
「どうします?草壁さん?」
「……あんたら、オニか?」
少し早めの時間にはじまった今日の食事会は、実は食後のこんなイベントのためだったりして。
移動式の支柱?ゆかりさん、そんなもの持ってるんですか?うん、これなら屋外でもネットを張って、それなりに本格的なバドミントンが楽しめるでしょ?けど、私達だけじゃ、ちょっとキツイですね?私のお隣に誰だったか忘れちゃった?あやちゃん。――その罠に一人だけかかったのが草壁だった。
お城公園の二の丸広場、そこは、野球やサッカーをするにはちょっと手狭だけど、ドッジボールならば結構な大人数でもできそうな砂地の周りを、なんかよくわからない木が囲んでいるだけで、ほんとうに何にもない、ブランコも砂場も滑り台もない、素っ気無い広場だった。
見渡すと、あやの言うとおり、まるで自分たち3人の貸切にでもなっているみたいに、だーれも、ここには居なかった。
そして、広場のど真ん中に立っていても、視界を遮るものが少ないので、ひまわりが丘近郊の低い町並みが、薄暮の空の下に、うっすらセピア色がかって広がる様子が、とてもよく見えた。
その背後には、もう一段高いところに、本丸広場があるのだが、そちらはもっと見晴らしがいいのかな?とか思っている草壁に、なぜか、まだなんとなく、冷たい様子のするゆかりが、小さな紙切れを渡して、こう言い放った。
「はい、じゃあ、公園についたので、この説明書どおりに支柱を組み立てて、ネット張ってください」
「ええっ!!なに、その罰ゲームみたいな扱いは?」
「そんなバカみたいに重いもの、草壁さんでも居ない限り、引っ張り出すことがないんですから」
「はぁっ?『ないんですから』?」
「そうですよ」
僕が居たから、こんなものを使う?俺の存在のせいでこうなった、みたいなことを言い出すの?
「メチャクチャな理屈でしょ!」
「……タダメシ……食い逃げするつもりですか?」
じろっと、ゆかりが草壁をにらみつけた。
じゃあ、聞きますがね。うちで飲み会するとき、さんざんっぱら飲んだ挙句、『ごちそうさま』って、帰ってちゃうのは、どこの誰ですかね?
やがて、あやとゆかりの二人が打つバドミントンのシャトルは、カコーン、カコーンと、和風庭園のししおどしのような乾いた軽い音を、速いテンポで、広い夕空に響かせた。
美女二人、久しぶりにするバドミントンがとても、楽しい様子。フットワークも軽い。さすが、経験者ですね。けど……
「僕は、あんまり楽しくないんですが……」
支柱のそばでずっと立ちっぱなしの、得点ボードが、口をとがらせた。
すると、動きを止めたゆかりが、得点ボートに向かって、ニッコリ笑った。
「しょうがない。ま、ここまで重いもの運んでくれて、組み立ても一人でしてくれたんだし……」
で、自分の持っているラケットを得点ボードに差した
「はい、じゃあどうぞ」
やっと自分も遊べる、と、ラケット片手に、つま先で引いたコートの中に歩みだそうとする得点ボードに、ゆかりが、言った。
「違うでしょ?どこ行くつもりなんですか?」
「えっ?」
得点ボードが驚くと、お嬢さん、冷たくこう言い放った。
「新入部員は、素振りからでしょ?」
……なんで、夕食の後片付けのあたりから、彼女は微妙に不機嫌なんだ?
けど、今日は、楽しかったなあ。
と、草壁はその夜、しみじみと思うのだった。
楽しかったなあ、あの素振り――。
”はいはい、まず、持ち方が違うでしょ?羽根突きをするんじゃないんですからね”
とか、言いながら、スッと彼女が背後に回ってきて。きっと、ピアノ教室のチビッコを教える時もあんなふうに話しかけてるんだろうなあ。
”握りは、グリップにこう手をかけて……”
ゆかりさんの手、柔らかかったなあ。
”ショットを打つときは、こうして、腕をのばして”
後ろにピッタリくっついて、そんなふうに、手をとっていっしょになって、伸び上がるもんだから……。
フニュッって、やーらかいのが、背中にぶつかったりして……
あの人、確実にFカップはあるよなあ
……
……
……
冷静になって、今振り返ると、ああいうときのゆかりさんって、妙に優しいというか、なんというか友達っていう雰囲気より、もうちょっと濃密な雰囲気漂わせることがあるような気がするんだなあ。
ただし、実際には僕ら二人はなんでもないわけで……。
素振りしてても、そんな僕らを見ながら、あやさんが「二人とも、ひょっとして付き合ってるんじゃないんですかあ?なんか、あやしい」とか、ニヤニヤ笑いながらからかったら
”それは、ないわ”って、急に冷静な声で否定するし。
確かに、耳元でその言葉が響いたとき、氷のような冷たさを感じたのは、気のせいだろうか?
謎だわ、あの人は
ところで、あの人の言う「節度」って、ああいうことでいいのか?
――その晩、草壁は妙に眠れない、けど、不思議と楽しい気持ちで、そんなことを一人考えていた。
第5話 おわり
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