死に戻り、二回目
「……ッ‼︎」
カトリーヌが目を開けた時、飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
思わず胸部を確認し、何の傷もないことに安堵する。
(わたくし、死んだわ。確実に。またあの朝に戻っているの?)
カトリーヌは頬を抓り、しっかりとした痛みを感じて溜息を吐いた。
侍女を呼んで朝食の支度をし、見慣れた料理の並ぶテーブルにつく。
どうにも食欲が湧かずに母親に心配されたが、緊張のせいだと誤魔化した。
鹿の衝突のせいで馬車の到着が遅れることは分かっていたので、カトリーヌは城へと向かう時間を早めるようお願いした。
エドワードに早く逢いたいのだと言うと、両親は共に大喜びで馬車を呼び付けた。
「彼との婚約に苦しんでいるのではないかと思っていたんだ」
「わたくしは大丈夫だと思っていましたよ? だってカトリーヌは貴方に似て素直じゃない照れ屋さんなのですもの」
「お母様……」
「恥ずかしくてつい素っ気ない態度を取ってしまうのよね? エドワードはそんな貴方が可愛くて仕方がないみたいだから心配しなくて大丈夫よ」
「そういう話は私のいないところでしてくれないか」
「父親というのは複雑ですこと」
ころころと笑う母親に、カトリーヌは顔を赤くした。
(咄嗟にエドワード様の名前を出してしまったわ……でも、逢いたいのは本当……)
両親の顔を見るより、エドワードの顔を見た方が不安が和らぐなんて不義理な娘だろうか。
そんなことを思いながら、馬車に揺られる。
鹿に通行を妨げられることもなく、予定よりも早い時間に城へと到着したのだった。
案内された来賓室には公爵夫妻の姿しかなく、エドワードはいなかった。
「エドワードは第二王子の元に行っているわ」と公爵夫人がカトリーヌをにこにこと見つめながら言うので、思わず顔を扇で隠す。
(そんなに分かりやすい顔をしていたのかしら)
初心な少女を微笑ましく見守る親たちの空気に耐えきれなくなりそうだった時、扉が開いてエドワードが入ってきた。
カトリーヌたちがいるとは思っていなかったのか、一瞬驚いたように瞬きをしたエドワードは、次の瞬間には満面の笑顔を浮かべた。
紫の瞳を細めてカトリーヌを見つめる眼差しに、鼓動が早まる。
「随分早い到着だったのだね。そのドレス、とても似合っているよ」
カトリーヌの前に跪き、手袋に護られた甲に口付けを落とす。
さらりとした薄茶色の髪が、差し込む光の加減でキラキラと輝いて見えた。
「ありがとうごさいます……その、エドワード様の色を纏えて、幸せですわ」
普段言ったこともない台詞がカトリーヌの口からこぼれた。
いつもなら恥ずかしくて何も言えずに視線を逸らすばかりだったが、もう明日を迎えることができないかもしれないと思うと、言わずにはいられなかったのだ。
エドワードは一瞬動きを止め、すぐに立ち上がった。
何かを言いたげに口を開き、けれど言の葉は紡がれずに閉じられる。
不安になってエドワードを見上げると、困ったように笑った彼と目が合った。
「素直になったきみを見たいとずっと思っていたけど、いざ目の当たりにするとどうしていいか分からなくなるね。今すぐ結婚式を挙げたい気分だよ」
「……!」
あまりにストレートな言葉に、隠すこともできずに顔が赤くなる。
けれど次の瞬間、この幸せはもう間もなく終わってしまうのかと思い落ち込んだ。
(こんなことなら、もっと早くに勇気を出すべきだったわ)
カトリーヌの体験している不可思議な現象は、いつまで続くのか分からない。
今回ヴァイオレッタを助けて死んだら、もうそのまま時は流れ続けるかもしれない。
そう思うと、何を思われても構わないという気持ちが強くなった。
カトリーヌはエドワードと共に、両親たちから少し離れた窓際へと向かった。
「どうしたのカトリーヌ、今日はいつもとかなり、違うけど」
「エドワード様。頭がおかしくなったと思われるかもしれないけれど、わたくしの話を聞いてくださる?」
「え? もちろん聞くけど……そんな、頭がおかしいだなんて、何があったんだい?」
カトリーヌは、今が三度目の今日なのだと話した。
様々な既視感、鹿の衝突を避けたこと、ヴァイオレッタを狙う凶刃、それを止めようと自分が死んだこと。
「死……って、そんな」
「信じてくださるの?」
「きみがこんな作り話をするなんて方が信じられないから……でも、まさか死ぬだなんて。カトリーヌ、それはダメだ。刃物を持った男の顔は覚えてる? どうやって入り込んだか知らないけれど、ヴァイオレッタ嬢に襲い掛かる前に取り押さえよう」
「顔は……あまり覚えていないの、その、夢中だったから……。でも、服装は覚えていますわ、見れば分かると思います」
「そう、だったらきみは僕と警備兵から離れないで。その人を見付けたら教えてくれるだけでいい」
エドワードの真剣な眼差しに、カトリーヌは頷いた。
確かに、ヴァイオレッタが襲われる前に事が片付くならそれが一番いいのだ。
カトリーヌは前回の記憶を必死に辿り、刃物を持っていた男の服装を思い浮かべた。
前回とは違い、繰り返しなのだと分かっていたため、カトリーヌは取り乱すことなく大広間へと入場することができた。
第二王子とヴァイオレッタに挨拶したあとは、有力貴族たちへの簡単な挨拶を済ませ、警備兵と共に広間内を見渡す。
少しして、見覚えのある貴族がカトリーヌの前を横切った。
思わずエドワードの腕を掴む。
「あの男?」
「ええ、間違いありませんわ」
エドワードと目配せした警備兵は、頷いてその男へと近付いていった。
明らかに兵士と分かる男が近付いてくることに焦ったのか、男はヴァイオレッタに向かって走り出してしまう。
カトリーヌは反射的に駆け出そうとしたが、その腕をしっかりとエドワードに掴まれていて動けなかった。
「大丈夫、ほら、追い付くよ」
エドワードの言葉の通り、男は警備兵に追い付かれ、動きを封じられた。
男の手から小振りの短剣が落ち、広間が騒然とする。
他の警備兵たちも集まってきて、短剣は回収され、男は広間から連れ出された。
「もう安全です!」と警備兵たちが叫び、張り詰めた空気が緩んだ瞬間、カトリーヌは鈍い痛みを感じて動きを止めた。
(この感覚、痛み、……わたくし……)
信じられなかった。
けれど、カトリーヌの脇腹には、深々と短剣が刺さっていた。
(どうして)
エドワードが真っ青な顔でカトリーヌを抱きしめる。
カトリーヌは必死に、自分を刺したのが誰なのか確かめようと視線を動かした。
床に倒れたカトリーヌを、恐ろしいものを見るような顔で囲む貴族たち。
その中で一人だけ、何かをしている男がいた。
胸元から懐中時計を取り出し、それを床に叩きつけている。
はちきれんばかりの腹を揺らし、脂ぎったワームルース侯爵が時計を踏み付けた瞬間、カトリーヌは意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます