第13話:ことりとのデート(仮)④大須店
「それで、これからどうしようか」
ラーメン屋で向かいに座り直したことりに改めて訊いてみる。
「そうね、先輩もどこかに言っちゃったみたいだし、お開きにして帰る?」
「ええっ?! ことりちゃん、うちに来てくれないの?!」
ことりの言葉を受けて、その隣に座る麻実が目元に涙を浮かべた。
その手には、ソフトクリーム。
「ええっと……、……うん。行っても良い?」
ことりはその返事を、麻実では無く僕に向けて来た。
「勿論、さっきもその話をしていたし、その心算だよ。今日は母さんも休みで家に居るし、ことりが来てくれると喜ぶと思うよ?」
「……ああ、じゃあ、お邪魔しようかな」
「やった一緒にゲームしよ!」
「うん! 負けないよ!」
ことりと麻実は、手を繋いで嬉しそうに笑い合った。
うん、やっぱり良いな。
「お前はどうする、信行?」
水を飲み干してコップを置いてから、僕の隣の席で無言のままソフトクリームを舐めている信行に声を掛けた。
「いや、俺は夕方から用事が有るからやめとくわ」
「えーっ?! 信行君、来ないの?!
残念がる麻実。
力が籠ったのか、繋いだままのことりの手にその指が埋まる。
「ああ、ごめんな。また今度遊びに行くからさ。今日は、大好きなお兄ちゃんに遊んで貰いなよ」
「ちょっと、変な事言わないでよ! 信行君のぶわあぁぁーか!!」
麻実は信行に揶揄われ、真っ赤になって叫んだ。
「お兄ちゃんの事なんか、全然好きじゃ無いんだからね!!」
……ちょっと待った。
何で最終的にこっちにダメージが来るんだよ。
麻実も普段はあんなにくっ付いて来る癖に、人に言われるのは嫌って処かな。
……麻実が信行を慕っているのは、恋愛の対象としてとかでは無いと思いたい。
こいつ、彼女居るし。
因みに藤枝先輩は、ことりが例の捨てフリーメールで様子見の牽制をした処、泣きながら何処かに行ってしまったらしい。
それを見送った信行が麻実を誘ってお店に入って来て、今こうして合流しているのだけど。
そのやり取りは、以下の通り。
▽▽▽
ことり『先輩、そろそろ納得して貰えました?』
先輩 『恋人同士なら、キスとか、しないのか?』
ことり『あら、そんな大事な事、人前じゃしませんよ。学校でも、敢えて素っ気無くしていますし。その方が、2人の時に燃えるんですよ?』
△△△
……曲がりなりにも好きな人にこんな内容が送られて来たら、耐えられないよね。
ことり、恐ろしい子……!
……先輩、ご愁傷様です。2回目。
「あれ? 麻実ちゃんは、まあ……守の事、嫌いなの?!」
「…………嫌いじゃない…………。信行君も、ことりちゃんも、意地悪なの……」
麻実はそう言って、がっくりと肩を落とした。
……ちょっと待った。
『好き』でも『嫌い』でも無かったら、『どうでも良い』になるんじゃないか?
視線を感じてそっちを見ると、ニヤニヤと僕を見る信行と目が合った。
こ奴め…………と思ったけど、その視線はいつの間にかことりに移っている。
「『まあ』……何だって?」
その途端、ことりの顔は耳の先まで真っ赤に染まった。
「……仕方が無いじゃない、さっきまで昔の感じで呼んでいたんだから……。……名前の守より、呼び慣れているし……」
ことりは視線を逸らしながら聞こえるか聞こえないか位の小声で言って、自分のポニーテールでその頬を隠した。
「で、犬山は、『まあ』……何て呼んでいたんだ? さっきはずっと距離を取って見ていたから、聞こえて来なくて」
「えっと、さっきのお兄ちゃんとことりちゃんの雰囲気みたいに昔の感じだったら、『まあくん』かな? 私ね、ことりちゃんがお兄ちゃんを呼ぶ『まあくん』って、優しい響きがして好きなんだ!」
信行の質問に答えたのは、胸を張って自慢気に指を立てる、麻実。
……何で?
「へえ、『まあくん』ねえ」
ニヤニヤニヤニヤ。
「うん、『まあくん』だよ」
ニマニマニマニマ。
妙に気が合い、笑顔を交わす2人。
僕とことりの視線は、既にテーブル脇の壁に追い詰められている。
「ねえ、ことりちゃん! 今、『まあくん』って呼んでみてよ!」
「何でよ?!」
麻実ににじり寄られ、ことりの口からは素っ頓狂な声が出た。
いや、本当に何でだよ。
「よう、『まあくん』よう。お前も『まあくん』って呼んで欲しいだろ?」
……こっちもこっちで信行に肩を組まれ絡まれていて、助け船が出せない。
お前は
「……正直に言うとさ……」
2人の方を見ながら厳かなトーンで話を切り出すと、信行と麻実は瞬時に姿勢を正して、僕に正対して静かに耳を傾けて来た。
「今日、何年か振りに呼んで貰えて、嬉しかったのは事実だよ」
「おう、だから、もっと……」
「でもさ。それは必要に迫られてやった事でさ。……今の僕にはそう呼んで貰う資格が無いと思うから、無理強いはしないで欲しい、かな」
「へえ、犬山の事、真剣に考えているんだな」
「うん。また自然に呼んで貰える様に、頑張るよ」
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
麻実は笑顔で応援してくれた。
信行は……。
「…………だってさ、犬山」
…………あ。
不覚にも、信行といつもの感じで話していて、一時的にことりの存在を失念してしまっていた……。
「…………バカじゃないの…………」
ことりは両手で俯いて顔を押さえながら、捻り出す様に言った。
……ですよね……。おで、バカだから……。
「今日だけ」
ことりは不意に、ポツリと言った。
「今日一日だけは、このまま『まあくん』で呼ぶから……」
「別に、無理しなくても良いんだよ?」
呼んでくれると云うのは嬉しいけど、それがストレスになってはいけないと思ってそう声を掛けると、ことりは僕をジロリと睨んで、「顔洗って来る」とバッグからポーチを取り出して席を立って行ってしまった。
「ああ、怒らせちゃったかな」
身体から力が抜け、がっくりと肩が落ちる。
「いや、アレは怒ったって言うか……。麻実ちゃん、こんなお兄ちゃんを持つと大変だな」
「ほんと、大変ですよ。何とかして下さい、信行君」
「これは俺の手には負えないな。何か頑張るみたいだから、これからに期待してやろうぜ!」
「そうですね!」
……何、この2人。
こんなに仲良かったっけ?
席に戻って来たことりは、すっかり落ち着いた顔をしていた。
……不意に、麻実が腕組みをして首を傾げる。
「どうしたの、麻実ちゃん?」
「うん、……駅からさっきまでお兄ちゃんとことりちゃんを見ていたあの人、つい最近、どこかで見た様な気がするんだよね。……どこだっけ……」
ことりの質問に答えながら、麻実は視線を右上に彷徨わせた。
……麻実、それは多分思い出さなくて良いやつだ。
「え? 麻実ちゃん、藤枝先輩と知り合い?」
「ふじ、えだ、先輩? ……うーん、名前は知らないやぁ」
だから、思い出そうとするだけ時間と心の無駄遣いだってば。
そう言ってあげたいけど、その時点で突っ込まれて説明する事になりそうだしな。
「最近って言えば、……昨日守を迎えに来た時とか?」
あ、こら信行、余計な事を。
……って言うかお前、見ていただろ。
「昨日、昨日、昨日…………あ! 昨日皆の高校の門の所で、私を取り囲んでた男の人の中の1人だ!」
麻実はそう言った途端に目に涙を浮かべ、身体を震わせてことりにしがみ付いた。
「藤枝先輩も居たの? ずっと私に付き纏いながら……。
震えるマミの頭を優しく撫でながら、ことりは憎々しげな眼を窓の外に向けた。
……先輩、帰っていて良かったですね。
そう思って窓の方を見たら、先輩は何故か戻って来ていて、窓に顔を付けてこっちを見ていた。
…………何でさ。どうしてさ。
先輩はことりの怒気に気付いたのか激しい動揺を見せ、視線を彷徨わせて麻実を見て目を見開いて、顔を真っ青に染めて穴と云う穴から何かを噴出しながら走り去って行った。
……先輩、ご愁傷様です……。……3回目。
とは言っても、僕も相当怒っているんですけどね?
「……でもね、お兄ちゃんが格好良く迎えに来てくれたんだよ……」
「そうなの?」
「うん! 多分上級生の人たちばっかりだったんだろうけど、怖がらずに声を掛けてくれたんだよ」
「へえ、そんな事が有ったの? 流石はまあくんだね。困った時に、私たちを守ってくれる」
……いや、そんな風に良い様に言われると恥ずかしいんだけど。
信行のニヤニヤ顔が、一層凶悪になって来ているし。
…………って言うかさっきも同じ様な事言っていたけど、あの時の『ことりが小鳥に』の意趣返しかな?
『守が守る』って。実は根に持っていた?
……でも本当に。
僕の手が届く限り、……ううん、その手が届く範囲も広げてどこに居ても駆け付けて手を引ける様に、頑張るよ。
……それで、今日の約束みたいな感じじゃ無くて、心の底からまたことりに……。
『まあくん』って呼んで貰うんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます