第12話:ことりとのデート(仮)③大須商店街
「はい、まあくん! 笑って笑って!」
笑顔で言いながらスマホを僕に向けて構えたことりは、瞬間的に真剣な顔をしてそれをタップした。
ことりのスマホが、シャッター音を鳴らす。
「あはは、見て、まあくん! 凄い顔だよ!」
そう言いながらことりが近付いて来ると、餌は食べ終えたのか、飛び立って行く鳩達。
バサバサバサバサと耳元で聞こえた羽音が、かなり五月蠅かった。
ことりが見せてくれた画面には、餌を少しずつ乗せて広げた両腕に、電線の如く一杯に鳩が並んで止まっている僕の姿が映し出されている。
これだけの羽数だと流石に重くて、その顔は思いっ切り踏ん張っている。
……おかしいな。堪えながらも、もう少し位は笑えている心算だったんだけど。
「こんなに沢山の鳩を乗せれるなんて、まあくんって、やっぱり凄いよね! いつも私を守ってくれるし、私のヒーローだよ!」
「ことりの為なら、お安い御用だよ」
…………平然とした顔で答えながらも、胸が痛む。
「へへへ、嬉しいな!」
ことりは天使の様に無垢な笑顔を見せ、ガシッと僕の左腕を捕えた。
写真を撮りたいと言ったことりのリクエストに応えて、餌を1皿分追加した甲斐は有ったな。
「じゃあ、まあくん!! 服屋さんに行こう!!」
「うん!! そうだね!!」
門の陰からこちらを見ている藤枝先輩にも聞こえる程の声で言って、ゆっくりと歩いて門の方に向かう。
……これ位気を遣わないと、あの先輩の様子を見るに、鉢合わせをし兼ねない。
〇〇〇
「ねえ、この服どう?」
黄色地にデカデカと『I ❤ MISO』と書いてあるTシャツを手に取って訊くと、ことりはアハハと楽しそうに笑った。
「良いけど、今日は違うかなぁ」
確かに、……少なくとも今日のことりのコーデの隣に居るには相応しくはないか。
残念ではあるけど、気に入ったのは気に入ったので、取り敢えず買っておいた。
〇〇〇
幾つかの店を回って行く内に、ことりが選んで薦めてくれたのは、黒を基調とした細身のシャツだった。
「まあくん、これ似合うんじゃない? 丁度ボトムスにも良い感じで合うし。今日の私とも、お揃い感が出るし!」
そう言われて、良い気になって試着してみる。
「わ、まあくんカッコいい! 惚れ直したよ!」
カーテンを開けてポーズを付けた僕を、ことりは体をクネクネさせながら大層誉めてくれた。
……先輩に見せ付ける為とは言え、少しやり過ぎじゃないのかな。
それにしても、『惚れ直す』か。
つい先日信行とした話が、そうするとも無く自然に思い出された。
「じゃあ、これはこのまま着て行くんで、タグ取って下さい!」
ことりが言うと、店員さんは恭しく「畏まりました」と言ってタグを外して、ことりを促してレジに向かった。
脱いでいた服をバッグに突っ込んで後を追ったけど、直ぐに会計を済ませて、ことりは戻って来た。
「うん、本当に似合うね。……あ。じゃ、じゃあ、行こうか!」
ことりはそう言って僕の手を取ってお店から出た。
……何だろう、今の感じ。
「ねえ、まあくん! 大須って家族で良く行ったラーメンチェーンが有ったよね! そろそろお腹が空いて来たし、そこでお昼にしない?」
違和感を反芻する間を潰すかの様に、提案をして来ることり。
……まあ、良いか。
「良いよ、行こう。……どっちだっけ?」
「えっと、私も曖昧だから……。ちょっと検索するね」
スマホの画面と辺りを見比べながら進むことりに連れられて、少し開けた場所に有る、目的のお店に着いた。
……そう言えば僕、ここ数日だけでも信行や麻実とそれぞれ一緒にこのチェーン店で食べたんだよな。
ま、飽きはしないから全然構わないけど。
「じゃあ、入ろうか」
「あ、待って、まあくん。その前にその格好、写真に撮って良い?」
振り返った僕に、ことりは訊いて来た。
「え?」
「後で送ってあげるからさ。ほら、今日の格好はこんなのでしたって残しておけば、今後の参考になるんじゃない?」
成る程、それは助かるかな。
「ああ、そっか。じゃあ頼むよ」
ことりの方に真っ直ぐ向き直ってポーズを決める。
……けど、ことりはスマホも構えずに辺りをキョロキョロと見回している。
何でか分からないけど、……先輩、招き猫の台の陰に居るのがバレバレです。もっと隠れて。
「どうしたの? 撮らないの?」
「そうなんだけど、折角だからツーショットで撮って貰いたいなって思って!」
満面の笑みで言うことり。
「さっき通り過ぎた招き猫の所で撮って貰わない? 一目で大須って判って記念になるし!」
(……勘違いしないでよね。飽く迄、先輩に見せ付けるラブラブ感を演出しているだけなんだから)
……うん、分かっているから、その小声の注釈は要らないよ……。
……。
って言うか先輩、違いましたごめんなさい、別の場所に逃げて!
「うん!! じゃあ、招き猫の所で撮って貰おうか!!!」
「わ、やった!」
先輩に伝われと大声で答えると、割りと普通の大きさの喜びの声が返って来た。
〇〇〇
招き猫をバックにツーショット写真を撮って貰って、ラーメン屋に入った。
注文を済ませて、
……隣同士で。
「……え?」
思わず声が漏れる。
(あの頃は、いつも隣り合って座っていたでしょ?)
動揺する僕に返って来たのは、落ち着いた囁き声。
(……それは、まあ、そうか)
こちらも動揺していない様に何とか落ち着いたトーンで返したけれど、皆が微笑ましく見てくれるのは小学生だからで、高校生同士でやると周りの視線が中々に痛い。
大須って東京のアキバみたいにサブカルにも強くてそう云う人も集まるけど、『リア充爆発しろ』とか思われているのかな。
……少なくとも、中学からつい先日迄の僕なら、間違いなく思っている。
(先輩、流石にお店の中までは入って来ないみたいね)
ことりの言葉を受けて窓の方にちらりと視線を送ると、先輩の頭の
……先輩……。
「それで、さっきの話なんだけど、この後、うちに来て麻実と遊ぶ?」
「うん、行きたい!」
……屈託の無い笑顔で言った後に小声での注釈は無かったので、これは本心なんだろう。……何、このシステム。
「じゃあ、夕方家に居るか、麻実に訊いてみるね」
「ありがと、よろしく!」
至近距離で真っ直ぐこっちを見ることりに見守られながら、『この後、ことりが会いたいって言っているけど、麻実は家に居る?』とメッセージを送る。
丁度それと同時にベルが鳴ったので、2人仲良く(の体で)、カウンターにラーメンを取りに行った。
〇〇〇
「はい! まあくん、あーん!」
また隣り合って座って『いただきます』をするなり、ことりはチャーシューを箸で摘まんでこちらに差し出して来た。
思わず口に含んだ麺を吹きそうになって、咳き込んでしまった。
「え、まあくん大丈夫? ほら、お水!」
ことりに渡されたコップの水を流し込んで、落ち着きを取り戻す。
(これ位しないと先輩に疑われるでしょ! 私だって初めてで恥ずかしいんだから、ちゃんと食べてよね!)
(今のは不意打ちだったからだって! 予め来るって分かっていれば、動揺しないから!)
黙って目を閉じて、口を開ける。
改めて「はい、あーん」と聞こえて来た後、口の中にチャーシューが入って来た。
……動揺しないって言ったのは、嘘でしかない。
当時もしていなかった事は厳しいです、ことりさん。
……とは言え。
演劇部員の端くれとして、……信行に誘われるがままに入った身ではあるけど……、ここからのエチュードはNG無く乗り切って見せるさ。
〇〇〇
2人共スープも全部飲み切って「ごちそうさま」をして、ことりの分も一緒に食器を片付けて席に戻り、麻実からの返信を確認する為にスマホを出した。
「あ、麻実ちゃんなんて? 会えると良いな!」
ズズイと身を寄せてくることり。
通知から麻実とのトークルームを開くと、『えーっと、あの、そのー』という言葉と、慌てているサルのスタンプが表示された。
画面をことりにも見せて、頭の中のクエスチョンマークを共有する。
「麻実ちゃん、どうしたんだろ」
不安そうに言うことりを横目にアプリを弄っていたら、信行の欄にも『画像が送られてきました』と表示されている事に気付いた。
通知は3件。
「あれ? 信行から写真が来てる……」
ルームを開いて、写真を確認する。
一枚、二枚、三枚……。
「信行君? どんな写真?」
声を殺して笑い出した僕を見て不思議そうに訊いて来たことりに、一枚目に戻して画面を見せる。
スライドさせて順番に写真を確認したことりは、僕の肩を掴んで、クククと笑った。
▽▽▽
1枚目:大須観音で鳩に餌をやっている僕たちを門の陰から見ている藤枝先輩と、更に後ろの柱の陰から見ている麻実と、カメラ目線でピースしている信行。
2枚目:招き猫の前でツーショットを撮って貰っている僕達を柱の陰から見ている先輩と、その後ろの柱の陰から見ている麻実と、カメラ目線でピースしている信行。
3枚目:ラーメン屋の店内の僕達をお店の外壁に張り付いて見ている先輩と、そんな先輩のすぐ後ろで仁王立ちをしている麻実と、カメラ目線でピースしている信行。
△△△
……あいつら、何やってんの。
2人で窓の方を見ると、先輩の頭越しに目が合った麻実が、慌ててフレームアウトした。
程無くして僕のスマホが震えたので確認する。
麻実『お兄ちゃんたちも大須に居たんだね! 偶然だね!』
また直ぐにブブブと震えるスマホ。
信行『シスコンのお兄ちゃんの為に一応言っておくと、俺たちは偶々別々に大須に来ていて合流しただけだからな』
……やかましいわ。
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