第8話:土曜日に向けて
ことり
『明日は大須の改札に10時待ち合わせで』
まもる
『OK。当日の事は信行に伝えておいても良いかな? ……念の為、万が一の時に誤解の無い様に』
ことり
『……そうね、あなたの一番近くに居る清須君だけには、誤解の無い様に。それじゃ、明日はよろしく』
まもる
『うん。じゃあ、また明日』
△△△
「ふう」
アプリを閉じてスマホにロックを掛けて、机の上に置いた。
明日の事は決まった。
この昼放課に先輩に呼び出されていたことりが、話をして決めて来たとの事。
因みにこの場合の『大須』は、名古屋市の中区に在る『大須観音駅』の事。
別に岐阜県の羽島市にまで行く訳では無い。
尤も、元々は岐阜に有った大須観音が家康さんの命で現在の位置に移転して来たらしいけど。
閑話休題。
当のことりは既に教室に戻って来ていて、僕とのやり取り後もスマホを握ったまま、日当たりの良い窓際の自席で数人の友達と談笑している。
その笑顔は、今日も陽の光を従えていて、視覚的には眩しい。
「どうした? 大きな溜息なんか吐いて」
向かい合って座る信行が訊いて来た。
その表情は、どこと無くワクワクしている様にも見える。
「ああ。……いや、後で言うよ。ここではちょっと……」
クラスメイト達は其々グループに分かれて盛り上がっているとは言え誰かに聞かれる恐れは有るし、そうなると、ことりに迷惑が掛かる。
……ああ、心が死ぬ程の視線を向けられるって云うのも有ったか。
「ん、分かった。それ関連な」
そう言った信行は、両手を頭の後ろに回してカラカラと笑った。
…………察しの良い友人を持って、幸せだよ。
〇〇〇
「ふうん、藤島先輩を納得させるために、明日大須で犬山と付き合っている振りのカモフラージュデートをする、と」
部活前の柔軟中、信行はヒソヒソと小声で言った。
周りに聞こえないように気を遣ってくれているのは助かるけど、こう云うのって或る程度普通以上のトーンで行って来て、『わあ、声が大きい!』って口を塞ぐまでがテンプレじゃないのかな?
「あ、でもそれ、俺に言っちゃって良いのか?」
「うん。僕と一番距離が近いお前にだけは伝えても良いって、許可は貰った」
心配そうに訊いて来ていた信行は、僕の返答に頬を緩めた。
「おお、知らない内に犬山にも信用される様になってんのかな。嬉しいなあ」
「ああ」
「でもこれ、チャンスだよな」
「チャンス?」
言われた意味が分からず、鸚鵡返しをする。
「そう、チャンス。好機」
「だから、どう云う事だよって」
相変わらず悪戯な笑顔を浮かべている信行に、少し声が荒ぶってしまって、慌てて口を押える。
ただ『好機』と日本語に言い換えられた処で、分からない物は分からない。
「だって、理由はどうあれ、大須を一日一緒に回るんだろ?良い所を見せて、惚れ直……信用を取り戻して見ろよ」
「…………何で言い直した?」
「いや、『惚れ直させる』は、現状少なからず惚れられている事が前提だろ? こないだのお前達を見るまでは気付かなかったけど、今のお前達の関係は、そんなんじゃ無いだろ」
……そうなんだけど、改めて言われると心を抉られるな。
訊くんじゃなかった。
でも、そうだな。
言われてみると、やり直す気になった途端にいきなり舞い込んだ、ビッグチャンスに他ならない。
愛を、取り戻したい。
「そうだ! 頑張って、愛を取り戻せ!」
…………平気で心を読んで来ないで。
〇〇〇
今日の部活も、台本を使ったシーン稽古だった。
これで台本上の3役を一通りやり終わって、其々のお互いへの思いや関係性は分かったけど……。
部活で使っているカメラを貸して貰って動画を撮影して見てみたけど、何て言うか、台詞が上滑りしてしまっている気がする。
如何に自分の言葉として心に落とし込んで言うかがポイントかな。
〇〇〇
『部活終わった。もう来ている?』
『いつもより遅くなっちゃった。今から行くね!』
下校時刻になって麻実にメッセージを送ると、すぐに既読が付いて、返事が来た。
……今からだとすると、そんなに急ぐ必要は無いかな。
「犬山か?」
スマホをカバンのポケットに仕舞っていると、隣でペットボトルのジュースを飲んでいる信行が小声で訊いて来た。
まあ、解散の号令がかかるなり急いでスマホを取り出している姿を見たら、そんな勘繰りもするか。
「いや、妹の麻実。明日着て行ける様な服が無いから、この後一緒に買いに行くんだ。それで、この後の待ち合わせを」
「お、何だ、やる気じゃねえか。……って言うかまあ、普段の服で行ったらどうしようかとは思ったけどな」
そう言って笑いながら僕の背中をバシバシと叩く、信行。
……ねえ、そんなに?
「お前の服のセンスって、友人として一緒に居る分には面白いんだけど、デートって言うと、ちょっとな」
「……お前、ずっとそんな事を思って……?」
「ま、小さい頃からずっと一緒だったって云う犬山もお前の服のセンスは知っているだろうし、オシャレな格好をして行ったら、見直すんじゃないか?」
僕の恨めし気な視線を気にも留めずに、信行は全く悪びれもせずに話題を逸らした。
「……まあ、それは有るかも知れないけど」
と言うか、そうなってくれるとありがたい。
「麻実ちゃんとも何度かお前んちで会った事が有るけど、私服のセンス良いしな」
「……まさか、お前!」
「は? ……ああ、……って、そんな訳無いだろ。……って云う言い方は麻実ちゃんに失礼かも知れないけど、まだ中学生になったばかりだしな」
思わず大きな声を出してしまった僕の顔をキョトンとして暫く見た後、信行はそう言って笑った。
ホッと胸を撫で下ろすと共に、少々の不安が首を
……と云う事は、数年後にはそう云う対象になるって事か?
…………なんて思ってしまうのは、兄バカかな?
そんなバカ話をしながら昇降口を出ると、正門の方から何やらざわめきが聞こえて来た。
「何か、門の辺りが騒がしいな」
「ああ」
怪訝に思いながら近付く僕達の耳に、人だかりの言葉が段々ハッキリと聞こえる様になって来た。
「ねえ君、どこの学校? 良かったら、俺と遊びに行かない?」
「あ、お前ずるいぞ! 俺の方が先に目を付けたんだからな!」
「何年生? この学校に友達が居るの? 呼んで来てあげようか?」
「ちょっと待てよ。この子、すっかり怯えているじゃないか。……僕と、静かな公園に行きませんか?」
「……あ、……あの!」
……おや、あの声は。
隣を歩く信行も、苦笑いを浮かべている。
「私、お兄ちゃんと待ち合わせをしていて!!」
間違いない、麻実だ。
到着のメッセージが来ていなかったからまだ来ていない物だとすっかり思い込んでいたけど、来るなり囲まれて送れなかったのかな。
「へえ、お兄ちゃん? 誰?」
「呼んで来てあげるからさ、ID交換してよ」
…………何でそうなるんだよ。
この中に行くのかと思うだけで眩暈がするけど、行かない訳にはいかないし、仕方無いな。
麻実をこのままにする訳にはいかないし。
勢い付けにと、拳を力強く握る。
「すいませーん! それ、僕の妹です!」
取り巻きの輪の後ろから声を掛けると、皆が一斉にこっちに振り向き、道を開けた。
唐突にモーゼ気分。
皆の目がちょっと怖い。
目に入るフラワーホールの校章がえんじ色や緑だから、殆どは2年や3年の先輩か。
「あ! お兄ちゃん!! 怖かったよう……」
門の横の塀に背中を付ける形で追い込まれていた麻実は、僕の顔を見た途端、目に涙を浮かべながら抱き付いて来た。
頭を撫でると、その背中が跳ねた。
「……皆さん、こいつまだ中1なんで、勘弁してやってくれませんか」
「中1……」
「マジかよ……」
「やーい、ロリコン!」
「……お前もだろ」
「皆で囲んじゃってごめんね」
取り敢えず頼んでみたら、先輩達は口々に言いながらバラバラと去って行った。
案外あっさりと引き下がってくれたな。
……それにしても、迂闊だった。
我が妹ながら大人びた顔付きだとは思っていたけど、男子高校生に囲まれる程とは。
「怖い思いをさせて、ごめんな」
「もう! お兄ちゃん! 遅いよ!」
プリプリとしながら僕の顔を見上げた麻実は、そこで漸く隣の信行に気が付いた様で、ハッとした顔を向けた。
「……あ、信行君! これからお兄ちゃんの服を買いに行くんだけど、一緒に行きませんか?!」
「いや、俺はこれからデートだから。兄妹デートを楽しみなよ。じゃ!」
信行はにこやかに笑って手を振りながら去って行った。
……デートって……。
内心ツッコミを入れながら急に静かになった麻実を見てみたら、何でか頬を赤くして俯いている。
ホッと、息が漏れる。
「じゃあ、行こうか。麻実のセンス、期待しているよ」
「うん!」
元気良く返事をした麻実は、クシャクシャになる程の笑顔を浮かべている。
……まだ暫くは、僕がこの笑顔を守らないといけないみたいだな。
その分、出来なかったお兄ちゃんを取り戻す期間が有るから良いのだけど。
ただ、1つだけ……。
さっきの人だかりの中に有った、ついさっき信行に偶々映り込んでいた写真を見せて貰った顔。
……何で、藤枝先輩があの場に居たんですか。
握り締めた拳に、明日への気合が籠った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます