13回忌の初恋
綺瀬圭
1
「あれっ? お前……水野だよな? 久しぶり。俺だよ俺。分かる?」
改札前を照らす、カラフルな電飾。夜空を模した人工的なネオンは、チカチカと星空の何倍も眩しく光っている。
あちこちで足早に人々が闊歩し、騒々しい駅構内。雪崩のように激しく行き交うその光景は、年末の忙しなさを表しているようだった。
声をかけられたのは、駅に来たついでにチャージをしようとスイカをカバンから取り出していた時。雑踏に掻き消されてもおかしくなかったのに、なぜか私の耳は小さなその声をはっきりと感じ取ることができた。
顔を上げた瞬間、吸い込まれるような引力を持つ瞳が映りすぐに分かった。
声が低くなった気がするし、以前よりも輪郭に丸みがあるけれど、見間違えるはずがない。
「
私の反応に安堵したのか、久々の再会が喜ばしかったのか、彼の猫のように切れ長な目尻が曲線を描くようにゆっくりと上がっていく。改札から出てきたようで、定期入れを持ったままだった。
「こっちに住んでたのか? いつから?」
「いや、上京してからずっと東京にいたんだけど、つい一昨日、こっちに帰ってきたの。帰省は3年ぶり」
「そっか。じゃあこっち来た時、びっくりしただろ? いろいろ変わってて」
「うん、すっごく驚いた。駅前のガスト無くなってるし、駅にショッピングモールできてるし、マンションもできてて降りる駅間違えたかと思った」
ふっと鼻息交じりに笑う彼の口から白い息が漏れる。その向こうには、熟れた果実のように赤くなった彼の鼻。
それだけで、彼と見たイルミネーションの景色を鮮やかに思い出すことができた。
♢
「イルミネーションっていったって、ただの電気だろ。人混み苦手だし、そもそも俺そういうのあんまり興味ないんだよなぁ」
みんながヒーターの前で脚を温めようとおしくらまんじゅうのように固まっている中、私はこっそりそれを聞いていた。誰にも悟られないよう「寒い寒い」なんて独り言を言いながら。
彼は隣のクラスの女子から、クリスマスに遊園地へ行こうと誘われていた。それは地元にあるなんの変哲もない遊園地なのだけれど、クリスマスシーズンに点灯されるイルミネーションだけは評判がよく、他県からも人が多く訪れるデートスポットだった。
私は心の中で、彼が誘いを断ってくれるようひたすら念じていた。自分の素足にヒーターの風が全然当たっていないことには気づかないほど、必死に。
だからこそ彼のその言葉が聞こえた時、私の表情は不器用に緩んでいた。
12年前、私は恋をしていた。初恋だった。
いや、正確に言えば初恋ではないのかもしれない。小学生の時、同じクラスの佐々木くんにバレンタインチョコをあげたことがある。中学生の時、部活の先輩に憧れたこともある。
でもそんな子どものままごとのようなものではなく、気が付けばその人を探していて、思い出すだけで眠れなくなるほど胸が苦しくなり、ふいに会いたくなって涙が出てしまう、そんな複雑な感情こそが恋だとするならば、12年前のあれこそが私の本当の初恋なのだ。
高校2年の春、桐生くんと初めて同じクラスになった。
彼は同学年だけでなく他学年でも人気があった。
群を抜いて高い身長、風のように速い足、彫刻のように彫りの深い綺麗な顔立ち。
私は授業中、周りの目を盗みながら黒板を見るふりをして彼の横顔をそっと眺めていた。
休み時間、友人とテレビの話をしながら、彼が男子たちとどんな話をしているのか密かに聞き耳を立てていた。
近付きたい一心で、彼と同じ体育委員になったりもした。
♢
「水野、なんかすっかり綺麗になったな。昔はもっと控えめな感じだったのに」
「なにそれ。お世辞はいいよ」
「いや、ほんとだって。別人みたいだよ」
時々思う。時間を巻き戻せたらどんなにいいだろうと。
もしあの日をやり直すことができたのなら、私たちはこうして改札でバッタリ再会するなんてことはなかったかもしれない。
お互いの変化にこうして驚くこともなかったのかもしれない。
私が逃げるように上京したこともなかったかもしれない。
「懐かしいな。卒業以来ずっと会ってなかったもんな。水野は覚えてる? 俺たち同じ体育委員でさ、体育祭準備とかさせられたよな」
「覚えてるよ」
「それによく野球の話とかしたよな? あれ、結構楽しかったな。野球の話できる女子ってあんまりいなかったから。それに意外だった。水野みたいなタイプが野球好きだなんて」
「そう?」
乾いた笑いが零れる。彼と野球の話をしていたあの時の私とどこか似ていた。
彼が突然、ある一点で動きを止めた。黒い瞳に赤や緑の光が宿る。
視線のその先を辿ると、カフェの入り口横に飾られているキラキラとした電飾を纏ったツリーがあった。
「クリスマス終わったのに、あの店、まだツリー出してるんだな」
12年前の私もこうして彼とイルミネーションを眺めた。
今でもはっきりと覚えている。
私は恐らく一生、その日のことを忘れないだろう。
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