隣の席の無口な美少女が、俺が正体を隠して活動している音楽ユニットのライブに来て、目を輝かせていた件

斎藤ニコ・天道源

第1話 はじまりの歌

 曲を作ることは、俺にとっての人付き合いだったのかもしれない。


 母親が「あんた、小さいころ『ピーマン食べられないから残したい』っていう歌つくったからね。歌にするほうが面倒くさいと思うけどさあ」と笑っていた。


 小学生のとき、親父に打ち込みの方法を教えてもらって、数カ月後に初めてオリジナル曲を作った。機械音声に歌わせてネットにアップしたら、そこそこバズった。


 中学生になっても、曲は作り続けた。

 ファンと呼べる人たちが増えてきて、毎日のようにメッセージが届いた。

「元気が出ます」とか「生きてていいんだ、って思えました」とか、そんなことを言われて、多少戸惑いもしたけど、少し嬉しかったのも事実だった。


 高校一年も終わろうとしたときに、大手のレーベルから「デビュー予定の女性ボーカリストに楽曲提供をしてもらえないか」と打診があり、親を驚かせた。というかレーベルの社員も、俺の年齢に驚いていた。


 高校二年に上がるころには具体的な話がすすみ、なぜか俺と女性ボーカルとで音楽ユニットを組んでデビューすることになったが、俺は顔を隠すことになった。

 世間に正体をバラさないこと。それなら音楽活動でお金を稼いでも良しーーこれは母親が出した条件。

 俺は顔が出ようが出まいが、どちらでもよかった。ただ、自分のもとに相変わらず送られてくるメッセージに、すこしでも応えたいと思ったのだ。


「勉強の合間に聞いてます」とか。

「悲しいこと、忘れられます」とか。

「いつも、ありがとうございます」とか。


 そんなことを言われると、感情表現があまり得意ではない俺でも、なんだかはしゃぎたくなってくる。

 そんなことを伝えてくれる人たちに、こちらこそ感謝を伝えたくなってくる。


「暗ine(クライネ)」と名付けられた音楽ユニット。

 正体はアンノウン。

 ジャケットにうつるボーカルのクーラはシュールなウサギの仮面で顔を隠し、楽曲提供者のイネはフードを被り下を向き陰影で顔バレを防ぐ。


 ちなみにイネってのは俺のこと。

 名前が「稲瀬潤(いなせじゅん)」だから、イネ。がっかりだろ?

 でも初ミニアルバムはヒットした。

 購入者だけが応募できる、プレミアム・プライベートコンサート五十名のみご招待の抽選には数万人の応募があったらしい。


 俺は嬉しかった。

 初めて、俺の曲を聞く人間の顔が見れるからさ。


 母さんとの約束もあったので、念の為、ステージに上がるのはクーラだけとなった。

 音響もスタッフさんに任せて、俺はそれっぽいビデオメッセージだけを残し、それ以外は袖から観客席を見ているだけ。


 会場は小さな箱だ。

 宝石箱みたいだった。

 五十人の観客が、目で、耳で、クーラの声帯が発する振動を、全身で受け止めていた。

 俺は感動して、一人一人の顔を目に焼き付けようと頑張った――で、三十九人目。俺はソイツを見つけたんだ。


 女子高校生だった。

 普通、こういうところって私服でくると思うんだけど、そいつは学生服をきていた。


 目を輝かせて、本当に真剣に曲に向き合っていた。

 俺の伝えたい思いの全てを、全身で受け止めようとしているみたいだった。

 いつも他人に見せている、氷みたいにクールな部分はどこにも見当たらなかった。


――そう。


 俺はそいつの普段の姿を知っていた。

 その女子高校生は、普段、俺が通っている高校の――隣の席に座っている女子だったからだ。

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