冴えない僕の、大好きな人
雪音あお
1話
誰も居ない深夜のオフィス。まるでスポットライトのように、僕のデスクの周りに灯る蛍光灯。コートが手放せない今日この頃。暖房の切られたオフィスで、惨めに震えながら、僕はパソコンに向かっていた。
そう、僕は仕事でつまらないミスを犯し、オフィスに残っていた。重大なミスではないことだけが、不幸中の幸いだった。本当につまらないミスをした…いや、つまらないとか言ってはダメだな。ごめんなさい。
課長にも「こんな凡ミス、フォローしないよ?自分で今日中に、処理できるよね?」と呆れられる始末。—ええ。それはもちろん。と平謝り。
「どこか上の空のようだったし。しっかりしなさい。」と諭される。—ごもっともです。すみません。
上司のありがたいお言葉を聞きながら、上の空だというご指摘に、内心ドキりとしていた。僕には今日、気がかりなことがあって、仕事に集中出来ていなかったのだ。
何だかんだ定時を過ぎても、課長は僕の仕事を手伝ってくれた。僕の浮ついた心が招いたミスに付き合わせてしまい、本当に申し訳なく思う。今度何か奢ります、と心の中で拝み倒す。
終わりの目処が立った頃、「後は頼んだぞ。」と言って席を立つ課長。—本当に助かりました。ありがとうございます。と感謝する僕。課長は去り際、僕の目をしっかり見つめながら、オフィスの大部分の電灯と、暖房を切ってからお帰りになった。やはり、怒っておられたようだ。
「…へっ、くしゅん!」
そして、現在に至る。せめてもの自分への戒めとして、消された電気と暖房はそのままに、薄暗く寒いオフィスで僕は震えながら、黙々と仕事をこなしていた。窓の外に見えるビルの、あちらこちらに灯る光。同志たちの存在を感じ、心が少し温まる。
ふと壁にかけられたホワイトボードが目に入る。そこには、社員の予定が書き込まれている。春川、その名前をつい見つめてしまう。名前を見つめただけで、胸が甘く疼く。それ程までに、僕は春川先輩の事が好きだった。
春川先輩の上には、藤崎という名前。うちの課のエースだ。非の打ち所がないとは、彼のような人を言うのだろう。そんな二人の横には、『日帰り出張。直行直帰。』の文字。今日の僕を悩ませていた原因はこれだ。
憧れの春川先輩とエースの藤崎さんが二人で出張なんて。ラヴシュチュエーション過ぎないか!いや仕事で行くんだし、日帰りだし、二人とも大人なんだから…ギリセーフ!いや、大人だからこそか。くっ!でも、二人ともそんなそぶりないし。僕の方が、春川先輩とよく話すし。仲良いし!…たぶん!
一日中、僕はそんなことばかり考えていたのだ。春川先輩、今頃何してるのかな。もう家に着いたのだろうか。それとも二人で仲良く、ご飯でも食べているのだろうか。嫌な想像ばかりしてしまう。僕に好きだと言える勇気があれば。
「…春川先輩、好きで」
—ガチャ。
背後で扉の開く音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます