第六章 こてさきのまほう
ミンクの服がボロボロになったので、ミンクにフードを着せ、一旦宿屋に戻る。
「結局、ゴブリンはテイムできなかったか……」
ミンクが自室で着替えている間に、アルマとヤナと作戦会議をする。
「でも、そうなるとミンクはスライムだけで強くならないといけないことになるわね」
最弱の魔物であるスライムだけを使役して強くなるなんてのは、蟻だけで像に勝つみたいなものだ。
「何か方法はあるの?」
現状、俺がミンクにしてやれるのは鞭を使った戦闘を強化してやることくらいだ。
そして、今回の戦闘で俺も実感したことがある。もっと強くならなければいけない。今のまままでは仲間を守れない。
「アルマ、頼みがある」
「なに?」
アルマも予想はついているだろうが、俺はあえて頭を下げて頼む。
「俺に魔術を教えてくれ」
過去の勇者の中には、聖剣による剣技だけでなく、魔術や奇跡を併用して戦う者もいたという。
「魔術の修業は厳しいわよ」
アルマは腰に手を当て、真面目な顔で言う。
「ありがとう」
アルマに感謝を伝え、そのまま今度はヤナに頭を下げる。
「ヤナ、頼みがある」
「何ですか?」
「あなたまさか――」
アルマが止めようとするのを止め、強引に言葉を紡ぐ。
「俺に奇跡を教えてくれ」
ヤナの返事を聞く前に、アルマが慌てて止める。
「あなたまさか、賢者になるつもり⁉」
賢者とは、魔術と奇跡が両方とも使える者のことだ。本来、魔術と奇跡は両立し得ない。言うなれば光と闇だ。これを両方使える、本来なら存在しえない者たちを賢者という。
「そうだ」
何をすれば賢者になれる。つまり、魔術と奇跡を両立できるという明確な基準は存在しない。だが、ここには何百年も魔術を極めた者と、聖女といわれるまでに奇跡を極めた者。魔術と奇跡、両方のスペシャリストが揃っている。この二人に教えてもらっても駄目なら、俺は絶対に賢者になれないだろう。
「止めておきなさい。賢者なんてそう簡単になれるものじゃないわ。八〇年くらい前に賢者に会ったわ、滅茶苦茶強かったけど、それ以降賢者の話なんて聞かないわよ」
つまり、最後に賢者が誕生したのは八〇年前ということか。アルマは何百年も生きて目を光らせているからここ数百年で見落としがあったとは思えない。
「確率が低いことはわかってる。まして俺は偽りの勇者だ。でも、それでも頼む。教えてくれ」
頭を下げて目を瞑っている俺には、二人の表情は見えない。
「分かりました」
以外にも、最初に首を縦に振ったのはヤナだった。
「ちょっとヤナ⁉」
アルマもヤナが了承したことに驚いている。
「偽りの勇者でも魔王を倒してもらわなければなりません。少しでも確率が上がるのなら良いでしょう」
ヤナは合理的というか、俺を物としか扱ってない感じがするが、今回はそれが幸いした。
俺はアルマの方を見る。
「……しょうがないわね」
アルマも渋々という感じだが、教えてくれるようだ。
「ありがとう」
俺は三度二人に頭を下げた。
「お待たせしたっす!」
丁度ミンクも着替えが終わったらしい。
「ミンク、悪いがお前の修業、少し遅くなるかもしれない」
ミンクは文句を言うかと思ったが、やさしく俺に笑いかけてくれる。
「話は聞いてたっす。師匠も修業するんすよね?」
どうやらドア越しに聞こえていたらしい。
「ああ」
「なら、あたしも師匠と一緒に強くなるだけっす!」
ミンクはどこまでも前向きだった。せっかくだから話を戻して、ミンクの今日の修業の結果を食堂で食事をとりながら話し合う。
「結局、ミンクはゴブリンを使役できなかったな」
俺のその言葉に、ミンクは申し訳なさそうに肩を縮ませる。
「申し訳ないっす……」
俺はミンクの肩を叩く。
「しかしどうする? 色々な種類の魔物を従えられるのがテイマーの強みの一つだ。このままだと、ミンクはスライムだけで戦うことになる」
誰かに案を求めるが、アルマもヤナも目を逸らす。
「まあ、ミンクの修業は一旦鞭による近接戦闘だけに限定して、レイドの賢者の修業に重きを置きましょう」
アルマの提案に、ミンクが頷く。ミンクがいいのならばいいと、俺もヤナも頷いた。
「じゃあ、午後からは俺の修業ってことでいいかな?」
全員の了承を得て、俺の賢者化計画がスタートした。
まずはアルマが基本的な魔術の基礎を教えてくれる。魔術を室内で発動させるのは危険ということで、俺たちはいつもの草原に移動した。
「まずはこれを持って」
アルマが小さな石ころを俺に持たせる。
「これは?」
「魔術の才能があれば、その属性を教えてくれる魔道具よ。魔力を込めてみて」
魔力を込めるのは聖剣を扱う内にできるようになった。それが俺が賢者になれると思った理由でもある。
石ころに魔力を込めると、石が突然発火した。
「熱い!」
慌てて石ころを放す。俺という魔力供給源から離れた石ころは発火が収まり、地面に落ちた。
「どうやら火の魔術に適正があるみたいね」
火の魔術は中々便利だ。攻撃力が高いし、明かり代わりになるし、野宿のとき薪に火をつけるときにも役立つ。まあ、便利じゃない魔術なんてないのだが。
「魔術は才能がないと使えない~なんて言う人がいるけど、正直初級の魔法なんて、魔術の才能さえあれば誰でも使えるわ」
魔術には既存の六属性がベースになっていることは俺も知っている。火、水、風、土、光、闇の六つだ。魔術師はこれを混ぜ合わせたりして強力な魔術を使う。
「じゃあ、俺は火属性の魔術以外も使えるのか?」
「初級に限れば使えるはずよ」
俺は両手を重ね、早速魔術を使ってみる。
「《火球》」
しかし、プスプスと手から煙が出るだけで火の玉が出ない。
「そう簡単に魔術になるはずないでしょう」
アルマは地面に枝で図を描く。
「基本的に魔術は初級、中級、上級に分かれるわ。六属性それぞれに付随する魔術があるわね」
それを聞いて俺は疑問に思う。
「アルマの魔術はもっといろんなバリエーションがあったと思うが?」
「あれは私のオリジナル魔術よ」
魔術のことを知れば知るほど、改めてアルマの凄さが分かる。
「レイドは魔力を流すってことは聖剣で練習してるはずだから、続けることね」
今日のアルマの授業はこれで終わり。続いてヤナの授業に移る。
「奇跡は神様の声さえ聞くことができれば誰にでも使えます。逆に言えば、それが才能ということですね」
「それで、なんなんだこの格好は?」
俺はヤナと似たような白装束に着替えさせられていた。宿屋まで帰るのも時間の無駄だったので、そこの草陰で着替えた。
「聖職者の修業服です。聖職者は身分や実力にかかわらず皆これを着ます」
ヤナの指示により、草原のど真ん中で座禅を組まされる。
「神様の声が聞こえたら、その声を口にするだけで奇跡は発動するはずです」
しばらく座禅をしていると、うすぼんやりと何かが聞こえてくるような気がした。
「《聖壁》」
目の前に光の壁が現れた。
「これは初級の奇跡なのか?」
俺が光の壁を突く。かなりの強度がありそうだが、もしこれで初級の奇跡なら、中級、上級の奇跡はどんな威力になるのだろう。
「奇跡には魔術のように初級、中級、上級の区別はありません。神様から賜った奇跡はすべからく平等です」
つまり、多少の強弱はありそうだが、奇跡には階級が存在しないらしい。どちらかというと、聖職者は皆平等ということで、階級を有耶無耶にしているように感じるが。そこはデリケートな部分だし、ヤナを怒らせたいわけでもないので黙っておく。
「奇跡は毎日の積み重ねが大事です。毎朝お祈りを欠かさないようにしてください」
そういうとヤナは膝をつき、お祈りの仕方を教えてくれる。
「ヤナは毎日してるのか?」
「はい。毎朝お祈りをしています」
ヤナの扱える奇跡の質、量。それは日々のたゆまぬ鍛錬のたまものなのかもしれない。
今日の奇跡の練習はここで終わり、夕食をいつも通り宿屋の食堂でとることにしようとしたのだが……。
「流石にそろそろ飽きてきたわね」
「確かに。不味くはないけど、もう何日も連続ですからね」
「あたしは皆さんが野宿してた時に食べてたものを食べてみたいっす」
人間とは罪なもので、皆宿屋の食堂の料理では不満を言うようになった。
「なら、せっかくワイバーンの素材も売れたことだし、たまには高いところで食べてみるか?」
今なら資金も潤沢にあることだし、たまには贅沢したっていいだろう。
「いいんじゃない」
「聖職者は質素な食事をしなければならないのですが、まあ、旅にまで聖職者のルールを持ち込むのも堅苦しいですしね」
「だったらいい店を知ってるっす」
ミンクの案内で、町の中央にある大きなレストランまでやってきた。よくよく考えたら、今までこれだけ大きい町なのに、散策とかもせずに、今まで町の入り口付近だけでひたすら修行に明け暮れていたのだから、かなり頑張ったと思う。
「ここは高級な食材を贅沢に使った料理が食べられるんすよ。親父がまだ生きてたことろに何度か食べにきたっす」
どうやらミンクにとって家族との思い出の場所らしい。
ミンクを先頭にドアを開けて入る。
「おお、ミンクちゃん。久しぶりだね!」
「ちわっす。仲間と一緒に食べにきたっす」
俺たちはテーブルに着くき、メニューを見ようとするが、メニュー表が見当たらなかった。
「メニューは?」
「初めて来た人に料理の名前だけ見せてもしょうがないってことで、メニューは置いてないっす。その代わり、この店は紹介制なので、紹介した人がオーダーをするか、食べたい食材を言えば、大体のものは作ってくれるっす」
なるほど、余程自信があるということか。
「なら、おすすめの料理を四つ」
「かしこまり!」
注文をしてしばらくたつと、いい匂いが漂ってきた。これは期待できそうだ。
「へいお待ち。ワイバーンのビーフシチューだよ」
それを聞いた瞬間、ミンク以外の三人が固まった。もちろん、俺も含めて。
「? 皆さん、どうしたっすか?」
そういえばミンクには説明していなかった。ワイバーンは魔王討伐の旅でよく食べたのだ。確かに、普通はワイバーンは騎士団を編成して討伐するほどの強敵で、確かに肉も旨かったが。
「気にするな。じゃあ食べるか」
さすがに今更キャンセルもできないし、ここはミンクの良くしてもらっている店だ。不義理な真似はしたくない。諦めてビーフシチューに口をつける。
「――っ⁉」
美味い。肉は歯で噛むというよりも舌に蕩ける様に口の中で溶けた。にもかかわらず、ちゃんと濃厚な肉々しさが口の中を駆け巡る。慌ててシチューも飲むと、こちらもコクがあり、しかしそれでいてしつこくない。無限に食べ続けられる味だ。
「美味い!」
俺が感想を言えたのは、ビーフシチューの皿が空になってからだった。
「最後のお客さんがミンクちゃんでよかったよ」
ポツリと店主が呟いたその言葉に、俺は首をかしげる。
「これだけ美味ければ客はこぞって来るんじゃないか?」
「お客さんには困ってないんだけど、食材がね……」
俺たちは四人で顔を見合わせる。何をすべきかはもう決まっていた。
「詳しく聞かせてもらおうか」
店主曰く、ワイバーンの肉が取れず、値段が高騰しているらしい。だが、パーティーでワイバーンを狩れる俺たちなら助けられる。
「俺たちに任せろ」
「でも、お代が……」
店を閉める程の資金不足なら、俺たちに支払う報酬もないのだろう。
「分割でいい。もしくはこの店の食べ放題券」
「分かりました。よろしくお願いします」
店主が頭を下げたとき、俺たちも覚悟した。この超絶美味しい店を潰さないことを。
翌朝、ワイバーンの肉を求めて俺たちは魔物の領域に出向いていた。ついでにミンクがワイバーンをテイムできるかも試す。ゴブリンをテイムできなかった時点で無理だとは思うが、試してみる価値はあるだろう。
「ワイバーン、いませんね」
しかし、ヤナの言う通り、どれだけ探してもワイバーンは見つからなかった。普段は向こうからやってくるのに。
「なあアルマ。これってまさか、俺たちがワイバーン狩りまくったからいなくなったってことはないか?」
アルマは顎に手を当て、考え込む。
「そうね。もし魔王が私たちにワイバーンをけしかけたのだとしたら、この辺りのワイバーンがいなくなったのも頷けるわね」
飛竜がこの町からいなくなった原因は俺たちだった。不味い。だとしたらあの店は俺たちが原因で潰れかけていることになる。絶対にミンクに知られるわけにはいかない。ミンクに気づかれずに、ワイバーンの肉を手に入れなければ。
「餌で釣るか」
俺は荷物から干し肉を取り出し、近くの枝をへし折り、地面に突き刺した枝に干し肉を刺す。枯れ枝を集め、枯草も少し集める。
「《着火》」
枯草に火種を放り込み、枯れ枝に火を移す。
「ちょっ、ちょっと!」
俺が誘き出すための焚火の用意をしていると、アルマに肩をつかまれた。本気で掴んでいるのか、結構痛い。
「何だよ?」
「さっきの魔術、いつの間に覚えたの⁉」
さっきの魔術というのはどう考えても《着火》だろう。
「ああ、あれお前のオリジナル魔術なんだっけ?」
オリジナル魔術というのは、おそらく開発に時間や技術がかかるだけで、使用自体はそこまで難しくないのだろう。実際、《火球》よりも簡単だ。それをアルマに伝えると、アルマはギョッとしていた。
「確かにその通りだけど、それに自力で気が付くだけで大したものよ」
「え、マジで! 俺才能ある⁉」
アルマからの拳骨が俺の頭に振り下ろされる。魔術師のくせにかなり痛い。普通、戦士と魔術師では筋力や耐久力にかなり違いがあるはずなので、そこまで痛くないはずなんだが。アルマは普通に戦士としてもやっていけると思う。剣が使えるのかは知らないが。
「調子に乗らない。魔術師なんて才能があって当たり前の世界なんだから」
俺の作った罠にワイバーンが引っかかるかは分からないが、ワイバーンは頭がいい。焚火をしていれば、冒険者がいると思ってやってくるはずだ。肉の匂いがすればなおさら。
しばらく草陰で潜んで見ていると、一匹のワイバーンが着陸してきた。
「今だ! 攻撃開始!」
俺は一番に飛び出し、聖剣で翼を狙う。
「《火球》」
アルマが放つ《火球》は初級とは思えないほどの威力だ。やはり魔術は使った魔術師の技量や魔力量によって威力が変わるらしい。それでもわざわざ初級魔術を使ったのは、殺さないように手加減したのだろう。ミンクにテイムさせなけばいけないからな。
俺は《火球》をモロに受けたワイバーンの翼に聖剣を突き立て、皮膜と手足を切り裂く。
「あとはタコ殴りだ!」
俺は聖剣で、アルマは魔術を温存し杖で、ヤナは錫杖で、ミンクは鞭で攻撃する。
ワイバーンを瀕死まで追い込んだ後、ミンクにテイムさせる。
「……おいで」
しかし、ワイバーンは顔を背けた。
「駄目か」
「まあ、ゴブリンもできなかったわけだし、普通に考えたら無茶よね」
「そもそもこれだけ痛めつけられているのにいうことを聞く気になるのでしょうか?」
「申し訳ないっす。せっかく生け捕りしてくれたのに」
四者四様の台詞を言いながら、ワイバーンにとどめを刺す。
「じゃあ解体するか」
俺が聖剣でワイバーンの身体を適当に斬っていき、アルマとヤナが荷物にまとめていく。
「よし。じゃあ帰るか」
「待ってくださいっす!」
ワイバーンの解体が終わり、帰るという時になってミンクが待ったをかけた。
「ミンクどうした?」
「骨も持って行った方がいいと思うっす」
「骨ぇ?」
俺だけでなく、アルマとヤナも首をかしげる。俺たちにとっては骨なんて食べられないし、武器に加工するか他の魔物を誘き寄せるのに使うか。中にはアクセサリーに加工して売り、小遣いを稼ぐ冒険者もいるらしいが、俺達にはそんな暇はない。
「出汁をとるのに使うって前に言ってた気がしたっす」
それを聞いて納得した。確かに料理には出汁が不可欠だ。それに、後から実は必要だったということになっても面倒くさい。
「なら、出汁用に骨も少し持っていくか」
流石にそこまで大量には持っていけない。肉や皮だけでもかなりの量になるというのに、その上骨まで大量に持っていくことはできない。四人で運べる量には限界がある。
「重いわね」
「重いですね」
「重いっす」
女子三人が苦言を漏らす。だが、俺だって重いし、そもそも普段から体を鍛えておけばこんなことにはならない。普段から俺に荷物持ちを一任させているからこういうことになるのだ。
三人の苦言を聞きながら、愚直に魔物の領域を進み、城壁を超え、レストランに入る。
「おお! よかった。無事だったんですね‼」
店主が店から出てきて、俺たちを出迎える。
俺たちはワイバーンの肉やら皮やら骨やらを降ろし、椅子に腰掛ける。女子三人はぐったりとしていたが、日々鍛えている俺はまだ耐えられる。
「奥に運びます」
俺は店主と二人でワイバーンの素材を運ぶ。
「じゃあ、牙と鱗は俺たちが貰いますよ」
「どうぞどうぞ。おっ、骨も持ってきてくれたんですね。言い忘れていたので良かった」
ミンクに感謝しろ、店主。
俺も再び皆の座っているテーブルの椅子に腰かける。
「今日は疲れたわね」
「そうですね」
「そうっすね」
「これに懲りたら、最低限の筋トレはしておくことだな」
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