聖剣と聖者の右腕

八月十五

第一章 せいけんのかくご

 俺の右腕が斧で切断される。血しぶきが派手に舞い、部屋に無数にあるフラスコやビーカーを汚すが、部屋の主にして俺の右腕を切り落とした本人は全く気にした様子はない。

「悪いな、部屋汚しちまった」

「いいのよ。気にしないで」

 優しい顔で微笑む。一見すると天使にも見えるが、その女が魔女であることを俺は知っている。

 紫色の長髪を血で濡らして、優しく微笑む彼女の名はアルマ・ケルスタ。寿命の縛りを超越し、すでに数百年生きているという噂だ。俺はまだ二〇年も生きていないので本当のところは知らない。

 アルマは机の上に置いてあった、干からびてミイラ化した右腕――聖者の右腕を俺の肘の切断面にくっつける。麻酔のおかげで痛みはないが、ジンジンとして不思議な感じだ。

 麻酔は正しく調合しないと一生寝たきりになったり、感覚が戻らなくなったりする上、非常に高額だ。

そのため、王侯貴族が名医を呼んで使うもので、一般庶民が使う機会は滅多にない。

「じゃあ行くわよ。《結合》」

 魔術師だけが使うことができる、力ある不思議な言葉――呪文により、俺の肘と聖者の右腕が結合される。

 俺の血が巡り、干からびてミイラ化していた聖者の右腕が蘇る。

「一応安定したわね。しばらくは派手に動かさないように、この手術台は一晩貸してあげる」

「ああ、助かる」

 実際、俺は凄まじい疲労感と倦怠感に包まれていた。出血多量の上に、干からびてミイラ化していた聖者の右腕を瑞々しく蘇らせるのにもかなりの血液を使っただろう。

「じゃあおやすみ。レイド」

 アルマに礼を言った瞬間、俺の意識は睡魔の海に沈んでいった。


 翌朝、殺人現場のような惨状の手術台で、血まみれの俺は目を覚ました。

 服にも身体にも乾いて固まった血がカピカピにへばりついていて気持ち悪い。

「おはようレイド。調子はどう?」

 アルマが奥の部屋から扉を開けて手術室(実験室かもしれない)に入ってくる。

 調子はどうかと聞かれて俺は気づいた。いや、聞かれるまで気づかなかった。

 右腕に違和感がない。

 先祖とはいえ、赤の他人の腕を強引にくっつけたのだから、違和感や幻肢痛があって当然のはずだ。なのに、それがない。

 俺は聖者の右腕をグルグルと手首を回したりして確かめる。肌の色が若干違うので、強引につないだことはまるわかりだが、驚くほど違和感はない。

「ああ、いいよ」

「そう。じゃあこれ、朝食」

 そう言ってアルマは林檎を俺に向かって投げてくる。俺はあえて右手でキャッチした。

 反応速度や距離感にも問題はない。

これなら、いける……。

 俺はほくそ笑みながら、林檎にかぶりついた。

「とりあえずここを掃除するから、レイドは身体に付いた血を落としてきて」

「いや、掃除くらいは俺が――」

 これは俺の願いで、俺が汚したものなのだから、掃除くらいは俺がやるのが筋だろう。だが、アルマはクスリとほほ笑むと懐に仕舞っていた煙管を手に取り、呪文を唱えた。

「《洗浄》」

 突然水が出てきて、血を洗い流す。だが、手術室は辺り一面水浸しになっていた。

「《乾燥》」

 アルマが新たな呪文を唱えると、まるで何日も経ったかのように、水が少しずつ引いていく。

「魔術ってやつは何でもできるんだな」

「何でもできるわけじゃないわよ。それより、ここは終わったから、あなたは自分の身体に付いた血を落としてきて」

 それも魔術でやってほしいと言おうかとも思ったが、確か魔術というものは魔力という謎の力が必要になるはずだ。それがなくなると魔術が使えなくなる。アルマ自身も何でもできるわけではないと言っていた。あまり多用させるのはよくないかもしれない。

「井戸で洗い流してくる。布をもらえるか?」

 そう思い、俺は井戸に行くことにした。そうすると、アルマはクスリと笑う。

「その廊下を右に曲がると浴室だから、そこを使いなさい」

 なんと、この家には浴室まであるらしい。浴室なんて、金がかかるし、水をためるのも火を見るのも人が必要なので、両方持っている王侯貴族の家にしかないものだ。

いわれた通り廊下を右に曲がり、浴室と書かれた部屋へ入る。

 確かにそこは浴室だった。だが、俺がイメージしていた王侯貴族の入る広い浴室とは少し違う。もう少しこじんまりしている。だが、決して貧相というわけではない。

 アルマは一人暮らしだ。おそらく王侯貴族のように見栄を張って無駄にでかい浴室にしなくても、一人用でいいと考えたのだろう。

 俺は服を脱ぎ、浴槽に張ってあったお湯に身体を沈ませる。俺が手術台で寝ている間に沸かしておいてくれたのだろう。さすがにこれは普通のお湯のようで、さっき見た魔術のように一瞬で身体が奇麗になることはなかった。

 だが、お湯を沸かすのも本来なら重労働だ。アルマはおそらく魔術でやったのだろうが。

 浴槽の隅に置いてあった石鹸を手に取り、それで血の付いた部分をこする。

 もちろん、石鹸も一般庶民には手の届かないものだ。普通は水で濡らした布で身体を擦るのが精一杯だ。

 俺は今、一生分の贅沢をしているのかもしれない。いや、きっとそうに違いない! そう考えた俺は、血がついていない部分も熱心に洗った。ピカピカに擦り上げておいた。

 石鹸を洗い流し、服は血まみれなので、置いてあった腰布を巻いて浴室から出ると、アルマが待っていた。

「服はどうする?」

「洗濯してもいいけど、新しい勇者様があんな服を着ていちゃ示しがつかないし、新調しましょうか」

 そういうと、アルマは巻尺で俺の身体の採寸を始めた。

「採寸なら、服屋に行けばやってくれるんじゃないのか?」

「服屋まで裸で行くつもり? それにどうせ服屋にはいかないわ」

 そういうと、アルマは別の部屋に移動する。ついて行っていいものか迷うが、魔女の裁縫なんて見られる機会は二度とないだろう。

 それに、どうせアルマは俺を殺せない。覚悟を決めて付いていくことにする。

 部屋に移動すると、そこには糸のついていない糸巻き機があった。

「糸はどうするんだ?」

 アルマは部屋の片隅に巣を張っていた蜘蛛を呼び寄せた。蜘蛛はまるでアルマになついているかのように指の先に乗る。

「この子からもらうのよ」

 アルマが指を蜘蛛の尻につけて離すと、蜘蛛の尻からアルマの指に糸が引いていた。その糸を糸巻き機につなぎ、ゆっくりと回す。すると、少しずつ透明な細い糸が集まっていく。

 小さな蜘蛛から俺が着れるサイズの服を作る分の糸を取るのだから、かなり長時間の作業になるかと思ったが、思いのほか早く糸巻き機いっぱいの糸を取ることができた。

「思ったより早かったな」

「この子はね、私の服を作るために品種改良した蜘蛛なのよ」

 つまり、アルマの服も蜘蛛糸製ということだ。

 確かに、アルマの服には不思議な光沢があり、高級感がある。

「蜘蛛の糸なんて、すぐに切れてしまうんじゃないか?」

 子供のころ、蜘蛛の巣を木の枝で壊して遊んだのを思い出す。

「まあ、普通はね。でもこの子の糸は細くて丈夫だし。それに普通の蜘蛛だって、あの細さの糸の割にはかなりの強度を持っているのよ。それこそ、人間には作れないくらいにね」

 まあ、作るのはアルマだし、文句を言うと変な服にされかねないから、これ以上は言わないようにしよう。

 ボビンが完成すると、足踏みミシンで服にしていく。

 白いシャツと青いズボンが完成した。

「あと、これね」

 アルマは手拭いのような白い布を、着替えを終えた俺に手渡してきた。

「これは?」

「聖者の右腕を隠すための布よ。腕の色が途中から変わってたらバレるでしょ?」

「なるほど」

 手拭いを聖者の右腕に巻き付け、色の変わり目を隠す。

「さて、これで準備はすべて整ったわね?」

 俺はアルマの試すような視線をまっすぐに受け止める。

「ああ、行こう」


 俺はその足で聖剣広場に向かった。聖剣広場は、先代勇者が魔王を討伐した後、聖剣を突き立てた場所を広場にしたものだ。

 今もその場所に聖剣は突き立てられており、この聖剣を引き抜いた者が新たな勇者となる仕来りだ。

「挑戦したいんだが」

 俺は、聖剣の番兵兼未届け人に声をかける。

「どうぞ」

 昔は聖剣に挑戦するには挑戦料が必要だったらしいが、あまりに誰も引き抜けないので、民衆に詐欺だと叩かれ、とうとう無料で誰でも挑戦できるようになった。

 今回も見届け人はやる気なく答える。見届け人の仕事は聖剣を引き抜けた時になって初めて始まる。だが、誰も引き抜けない。番兵としての仕事もそもそも聖剣を移動させる術がないのでないに等しいし、仮に聖剣を盗む方法を編み出すような猛者がいたとしたら、雑兵である番兵にはどうにもできない。

 だから番兵兼見届け人は役立たずで、いい左遷先になっているというのは、庶民にも有名な話だった。

 そんなことはさておき、俺は聖剣の柄を握り、聖剣を引き抜く。

 眩い光が溢れ、台座から切っ先が離れる。

 通行人の視線を一身に浴びながら、俺は聖剣を天高く掲げ、名乗りを上げる。

 これも、勇者になったというアピールだ。

「我が名はレイド・マーシャル! 新たな勇者である‼︎」

 ここで名前を覚えて貰えば、何かと便利……らしい。アルマの入れ知恵なので、本当のところは俺にはわからないが。

「おめでとうございます。レイド様。我々がご案内いたしますので、まずは王城で王に御謁見ください」

 俺の挑戦を欠伸混じりに見ていた番兵兼見届け人も、急に下手に出てよっこいしょし始めた。

「分かった。行くぞ、アルマ」

 アルマは俺が必ず聖剣を引き抜けると知っていたので、魔術師らしい高級そうなローブに身を包んでいる。

「アルマ? まさか、アルマ・ケルスタ? あの悪名高い魔女の?」

 アルマの名を聞いた途端、急に顔を青ざめさせて震えだした。まあ無理もない。アルマは人間最強の魔術師だが、その名前はどちらかというと悪名で轟いている。

 アルマは人類最強の魔術師でありながら、王の言うことを聞かず、自由気ままに非人道的な実験を繰り返している。その対象は魔物だけでなく、人間も実験対象だ。

 一度は王国から大規模な討伐隊も派遣されたが、全員返り討ちにされ、死体は人体実験に使用された。

 以降、アルマは魔女と呼ばれるようになり、アルマの住む屋敷に近づく者はいなくなった。

「なあに、ボクちゃん」

 アルマは番兵兼未届け人に顔を近づけ、挑発的な態度をとる。番兵兼未届け人は四〇歳近く、もうボクちゃんなどと呼べる年齢ではないのだが、何百年も生きているアルマからしてみれば、ボクちゃんなのだろう。

「ひ、ひい!」

 番兵兼未届け人は口から泡を吹きだして気絶した。いつの間にか俺が聖剣を引き抜くのを見ていた通行人も、今では遠巻きに様子を伺っている。

 まあ、アルマが嫌われていても俺には協力的だし、アルマの協力なしで魔王を討伐する自信もないので連れていくが。

「アルマ」

 一応反抗されない程度に軽く釘を刺しておき、王城に向けて歩を進める。


 白亜の城と呼ぶに相応しい、漆喰で綺麗に塗られた王城にたどり着いた。

「何者だ!」

 二人の門兵が槍をクロスさせ、門を閉ざす。

 わざわざ話すのもめんどくさいので、門兵の鼻先に聖剣の切っ先を向ける。

「これは――聖剣⁉」

「ということは……失礼しました。勇者様」

 一人の門兵がすべて察したのか、道を開ける。

 聖剣を肩に担いで城門をくぐる。

 中に入ると、門兵が事情を説明してくれて、待合室に通される。

「アルマ、盗聴はされてないか?」

 アルマはキョロキョロと辺りを見回したのち、耳を澄ませる。

「大丈夫ね。本職の仕事だったら見つけられないかもしれないけど」

 ここは王城だ。金も持っているはずだから、一流の本職に仕事を任せることもできるだろう。だが、もしも盗聴がバレれば、困るのは王国側だ。待合室に盗聴器を仕掛けていたという事実がバレれば、王国は信用を失う。

 それだけのリスクがあれば、俺なら盗聴器は仕掛けない。

「この聖剣、内包している力が強大な割に、出力が低い」

 聖剣の力が強大なのは、引き抜いた瞬間に感じた。だが、今の聖剣の力は当初感じたものに比べれば、著しく弱々しい。

 聖剣を机に置き、アルマに調べさせる。

「あ~……」

 アルマは何か気づいたようだ。言いづらそうに口を開いた。

「右腕だけしか勇者じゃないって見抜かれてるわね」

 それはつまり、俺が聖者の右腕を身体にくっつけただけの、偽りの勇者だと聖剣に見抜かれているということだろう。

「そのせいで出力が落ちていると?」

「ええ」

「解決策は?」

「分からないわ」

「おい!」

 聖者の右腕を俺の右腕に接合する提案を出したのはアルマだ。故に、これはアルマの責任となる。

 当のアルマ本人はメモ帳に何事か書き込んでいる。おそらく、聖剣についての今回の収穫でもメモしているのだろう。

「まあ、一番簡単な方法は、あなたが本物の勇者と認められることね」

 それは、アルマにとって一番簡単な方法であって、俺にとっては一番難しい方法だ。

 それができなかったから、俺は自分の右腕を切り落としてまで勇者になったのだから。

「ほかの方法は?」

 アルマはペンで頭を掻きながら答える。

「聖者の右腕との適合率が上がれば、自然と出力も上がると思うんだけどね~」

 それなら、普通に過ごしていれば聖者の右腕は馴染むはずだから、冒険を続けていれば魔王戦前にはかなりの出力になっていることだろう。

「そうか。ならいい」

 俺たちの目的は魔王を倒すことだ。本物の勇者になることじゃない。俺の力が従来の勇者より低いのなら、従来の勇者よりも強い仲間を集めればいい。

 そう俺が結論付けたとき、扉が三回ノックされた。

「勇者様、王との謁見の用意ができました」

 使用人が呼びに来たらしい。

「分かった」

 俺は聖剣を抱えて立ち上がり、扉を開ける。

 使用人に案内され、謁見の間に通される。

 近衛兵が部屋の両端にずらりと立っている。

「なあ、王との謁見に剣を持っているのは不味くないか?」

 俺たちを案内してきた使用人に問いかける。

「ご心配なく。聖剣だけは例外です。それに、聖剣に選ばれた勇者様が、不敬を働くとは思っておりません」

 本当は選ばれてないのだが。

「国王様の御成り!」

 甲高い声が響き、王が玉座に座る。俺は、使用人が跪いたので、慌てて同じように跪く。どうやら、この使用人が俺たちに礼儀作法の見本を見せてくれるらしい。アルマは礼儀作法が一通りできるのか、使用人の動きを見る前に跪いていた。

 アルマは国王に討伐隊を送られているから、何か思うところがあるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったようだ。

「今代の勇者よ。名は何という?」

 王がゆったりとした口調で答える。

「レイド・マーシャルです」

 俺も、使用人に答えていいかと視線を送ってから答える。

「そこにいる女はレイドの仲間か?」

 王がアルマに視線を送る。

「はい」

「名は何という?」

 俺はアルマが答えるのだろうと思って待っていると、使用人に肩を叩かれる。

「なんだ?」

「王との謁見では、勇者以外は王との会話を許されていません。王からの質問は、勇者が全て答えてください」

 つまり、アルマへの質問も、俺が答えないといけないというわけか。めんどくさ。

「アルマ・ケルスタです」

 俺がアルマの名を口にした瞬間、謁見の間がざわざわと騒がしくなる。

「アルマだと⁉」

 大臣たちがざわつきだし、近衛兵が一斉に抜剣する。俺も抜剣するか迷っていると、王が手を打った。

「静まれ」

 王の鶴の一声により、謁見の間が水を打ったように静まり返る。

「アルマほどの魔術師が仲間とは、今回の勇者は頼もしいな」

 王は満足そうに笑う。器が大きいのか、単に欲深いだけなのかは俺には分からない。

「ところで、二人だけでは仲間が少ないように思うのだが?」

 王の言うことはもっともだ。人数が多ければ、それだけ役割分担ができる。例えば、野営の時の見張りも人数が多ければそれだけ一人当たりの睡眠時間を増やせる。

 魔術の使用も、パーティーに魔術師一人なのと二人とでは使用できる回数が大きく変わってくる。

「はい、あと一~二人ほど探そうかと思っております」

「そうか。あの者をここへ」

 王は安心したように笑うと、右手を上げる。

 謁見の間の扉が開いて、俺たちの後ろから人が出てくる。

 白装束を着て、黄金色の錫杖を持った、桃色の髪と瞳を持った整った顔の女性だ。

「彼女はヤナ・ラーマ。今代の聖女だ」

 聖女というのは、初代勇者のパーティーの一人で、聖職者だった人物のことだ。冒険の途中で勇者が死んだ際、自分の命と引き換えに勇者を蘇生させたという伝説から、聖女と呼ばれている。

 その伝説以降、最も優れた女性聖職者に聖女の称号を与える風習ができた。

 以降、勇者パーティーの中に聖女を入れるのはルールではないが、暗黙の了解となっている。

「彼女をパーティーに加えてくれるな?」

「はい、喜んで」

 前述したように、聖女を勇者パーティーに入れるのは暗黙の了解だ。今代だけ聖女が勇者パーティーにいないと、今代の勇者と協会は仲が悪いのかなどと痛くもない腹を探られることになる。

 なので、彼女を勇者パーティーに入れるのは必要なことだ。それに、回復役はどのみち必要になる。ならば、身元が保証され、腕のいい聖女を仲間に入れることは、間違っていないはずだ。

 王は俺の返事を聞くと、指を鳴らして使用人に合図を送る。

 俺の前に剣の鞘と中身の詰まった袋がお盆に乗ってやってくる。

「聖剣の鞘と金貨一〇〇枚を進呈する。魔王討伐、頼んだぞ」

「はい!」

 王が玉座を離れた後に、三人で謁見の間を出る。

「これからどうする?」

 アルマとヤナに聞く。

「出発の準備をするのがよろしいのではないでしょうか?」

 ヤナが丁寧な口調で言う。

「すぐに出発するならそうね」

 アルマも同意する。

「俺は故郷が遠くだから、家を出るときに戸締りも必要な道具の整理もやったが、アルマとヤナは家が近いだろう? 戸締りとか、出発の準備はいいのか?」

 俺の必需品はリュックサックの中に入っている。地図やナイフなど、だれでも持っているものだけだが、この町までくる中で役立った品々だ。

「私は王城に呼ばれた際に自室の整理は終えております。必要なものは買いそろえると思っていたので、この錫杖以外は持ってきておりません」

 確かに、聖職者だからと言って冒険に慣れているわけではない。まして聖女ということは、小さいころから才能があり、蝶よ花よと愛でられて育てられたのだろう。

「両親への別れはいいのか?」

 俺やアルマには縁のない話だが、ヤナはまだ両親が生きていてもおかしくない年だ。両親とのしばしの別れの挨拶なども、命がけの冒険に行くのだから必要だろう。

「私は捨て子で、幼いころから教会に育てられましたので、両親へ別れ挨拶をする必要はありません」

 とんでもないことを何でもない顔でサラッというヤナ。

「じゃあ、このまま準備して出発ということでいいか?」

「ええ」

「はい」

 全員が合意したので、そのまま武器屋に向かう。

 この町に来た時に気付いたが、武器屋、防具屋、道具屋が町の出入り口のすぐそばに隣接しているのだ。

「なあヤナ。この町って何で武器屋と防具屋と道具屋が町はずれに隣接してるんだ?」

 ヤナはその三店舗の向かいにある大きな建物を指さした。

「あの大きな建物が冒険者ギルドだからですね」

「どういうことだ?」

 アルマも会話に入れたほうがいいかと思って、今度はアルマに聞く。

「町の中に冒険者みたいなならず者一歩手前な連中を入れたくないのよ。ちなみに冒険者ギドは一階が酒場、二階が宿屋を兼ねているわ」

 なるほど合点がいった。冒険者である以上、常に武器を持っていることだろう。町の中で他に武器を持つ職業なんて言うのは衛兵くらいものだ。そして、冒険者になる手続きは簡単だ。

 ならず者一歩手前のような冒険者が街中で武器を持っていれば、市民は快く思わない。当然のことだ。

「なるほどね」

 少ししょっぱい気分になった。

「俺は聖剣があるから武器はいい。二人は?」

 アルマもヤナも杖を持っているから、いらないかもしれない。

「私は自前の杖があるし、いざとなったら煙管でも魔術を発動できるからいらないわ」

「私もこの錫杖がありますから、必要ありません」

 二人が要らないなら、武器屋はスルーしていいか。

 次は防具屋だ。防具屋には俺も用事があるので入る。

「いらっしゃい」

 防具屋の中には所狭しと鎧が並べられ、盾が飾られていた。

「革鎧と丸盾を」

 聖剣はバスタードソードだ。両手でも片手でも使える。だから、盾を持つ選択はありだと思う。

 金属鎧という選択肢もあったが、アルマやヤナを守ることも考えなくてはいけない。そこで動きやすい革鎧というわけだ。

「勇者様に盾や鎧は必要ないのでは?」

 ヤナが鋭いところを突いてきた。歴代勇者の中には聖剣と腰布一枚で魔王討伐を成し遂げた勇者もいる。なぜそんなことができるのか、それは加護によるところが大きい。

 聖剣は引き抜いた主を不思議な力の膜で覆い、守っているらしい。それが加護と呼ばれているもので、この加護は魔物の牙や鉄の剣くらいなら傷一つつかない代物らしい。

 だが、俺は聖者の右腕を強引につないだだけの偽りの勇者だ。

 加護もないわけではないようだが、著しく弱い。投石くらいは耐えられそうだが、これでは弓矢や魔物の牙爪には耐えられないだろう。故に、防具が必要なのだ。

 だが、それを素直に話していいものか。俺はアルマとの会話を思い出す。


「いいレイド。聖職者を仲間にするなら、聖者の右腕のことは隠し通すのよ」

 聖者の右腕は勇者の墓からこっそり盗み取ってきたものだ。バレればただでは済まない。それが聖剣と勇者を信仰する聖職者にバレたとなれば、その場で襲い掛かられかねない。

「でも、いつかバレるんじゃないか?」

「隠し通しなさい。魔王を討伐して無事帰ってこれたら《分離》で《結合》した聖者の右腕を切り離して、あなたの腕につけ戻して、聖者の右腕を先代勇者の墓に埋葬しなおせるわ」


 さてどう乗り切るか。

「加護があっても心配だから、一応革鎧くらいは持っておこうと思ってな。それにアルマやヤナを守るためにも丸盾は必要だろう」

 パーティーには役割というものがある。ギルドでは冒険者をタンク、アタッカー、ヒーラー、サポーターの四つの役割に分けている。

 このパーティーでいうと、俺がタンク、アルマがアタッカー、ヤナがヒーラーということになる。サポーターはいない。

 仲間に敵の攻撃が行かないように一手に引き受けるのが俺の役目だ。それなのに盾を持っていなかったのでは守るものも守れない。

「なるほど、私たちのためにありがとうございます」

 ヤナを丸め込み、革鎧と丸盾を購入し、試着室で着ける。

「二人は防具はどうする?」

 アルマはローブを、ヤナは白装束を着ているので、鎧は無理だろう。それに魔術師や聖職者はあまり前に出ないので鎧をつけない。鎧をつけるのは前衛が多い。

「私は鎖帷子を買っておこうかしら」

 アルマはローブの下に鎖帷子を買っておくようだ。確かに鎖帷子ならローブや白装束の下からでも着られるし、それなりの防御力も見込める。まあ、鎧に比べると防御力は落ちるが、それは利便性が上な分しょうがないだろう。

「ヤナも買っておけ」

「はい」

 ヤナにも勧める。正装だからと断るかとも思ったが、意外と素直に応じた。冒険の危険性をある程度は認識しているようだ。

 二人が試着室で着替えを終えて出てくるのを待ち、防具屋を後にする。

 そのまま隣の道具屋に入る。

「準備で金を使うとしたらここが最後だろうから、欲しいものがあったら言ってくれ」

 道具屋は薬なども売っている。必要なものも多いだろう。

「ポーションとアンチドーテ、万能薬を三つずつくれ」

 万能薬は少し値が張ったが、王からの支度金が多かったため、買えない額ではない。

 地図は持っている。ナイフ、ロープ、ランタンもある。

「俺はこれで準備できたと思うが、どうだ?」

「そうね、いいんじゃないかしら」

「はい、問題ありません」

 それぞれが自分の荷物を確認しながら言う。

「じゃあ、出発だ!」

 俺たちは国境を踏み越え、魔物の領域へ足を踏み出した。

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