秘密のピアニッシモ

綾音 リンナ

第一話

わたしの人生のすべては星空で出来上がっている。

幼い頃からよくベランダから身を乗り出して、

海のように広く輝く星を散りばめた夜空を見上げていた。

隣の部屋の幼馴染の天谷小雪とも仲が良かったから、二人で空を眺めて会話をしていた。それくらい、星空が大好きだ。

そして、小雪と一緒の夢を誓ったんだ。


星空の下のステージで輝こう。


今だって忘れてない。

わたしの大切な―――――




思い出だ……




「あぁぁぁ―――――っ!!」

しまった。

昨日の数学の宿題を忘れた。

あれは昨晩、眠気と熱く闘い、死ぬ気で終わらせたプリントだというのに。

わたしは床に崩れ落ちて、手に持っているファイルを落とした。


最近、ツイていないことことばかりだ。


電車には乗り遅れるし、お昼の弁当に嫌いな人参が堂々と入っているし、先生には他の人の答案用紙を渡されるし…………。

肝心のオーディションだって落選した。しかも、第一次審査で。

( はぁ。どうしようかな、数学の先生怖いんだよな。”次からは気をつけろ”だけじゃ済まされないからなぁ~…………… )

椅子を掴みながら座ると、教室に元気よく飛び込む少女を目で捉えた。

「おっはよ――――っ!!」

彼女の声にクラス全員が振り返る。

前髪ぱっつんでストレートに伸ばした金髪をハーフアップに結んで、深緑色のぱっちりとした瞳をした天真爛漫な美少女、望月星奈だ。

クラスの人気者で、文武両道。

彼女はわたしの親友で、お姉さんのような存在でもある。

手を小さく振って笑ってみせると、星奈ちゃんはさも嬉しそうにたくさん振り返してくれた。そしてこちらに走ってきて、「おはよう!」と言ってくる。

まるで、子犬みたいに。

「愛華ちゃん、オーディション受かった?」

やっぱりその質問だよねぇ。

「ううん。落ちた」

さらっと答えると、星奈ちゃんは少し戸惑った様子を見せた。言葉を探しているんだなと思い、気を遣わせている気がして少し気持ち悪くなる。

「でも大丈夫だよ。小雪もいつか考えてくれるから」

「小雪って隣のクラスの子だよね。容姿端麗だけど怖そうだな…………」

小雪の性格は平凡なのにミステリアスな雰囲気を纏っているため、恐がられているらしい。何を考えているのかちっとも分からないという感じで。

幼馴染のわたしだから怖くはないんだけど、星奈ちゃんとかあまり対面したことない人は多少避けている所がある。

でもわたしだっていくらなんでも大丈夫って訳じゃない。

小雪からの謎の笑みは思わずぞわっとする。


正直、心配だ。


「そこまで怖くないよ!考えすぎ!」

「そ、そっか……」

「でも小雪は巻き込まないでって言ってくるし。アイドルが大変だってことはわたしだってよく分かってるのに………」

「えっと、天谷さんが愛華ちゃんの夢を反対してるってことかな」

「そうなんだよねぇ。小雪がさぁ『もう、それは昔の話でしょ。あの頃が馬鹿みたいに思えてくるからやめてよね』って言われちゃって~」

「厳しい人なのね。でも愛華ちゃんを心配してるところは優しいな」

わたしはうーんと首を傾げて、強く唸る。

心配してるのかな?何故か普通にあんたには無理だと自分の意見を反論されている気がして、苛立ちを感じるのだが。他の人からの観点だと、首を縦に振りづらいときがある。得に人間性の部分では……。

「優しい?のかもね」

「天谷さんともう一度話してみたらどう?」

「…………そうしてみる」

わたしはフラれる未来しか見えないので、愛想笑いを浮かべる。自分の席に向かう星奈ちゃんの背中を見送って息を吸い込んだ。

丁度、ショートホームルームが始まる時間になり、皆がそれぞれ席に着く。

話してみよう。

わたしはそう決めて、胸の中に残る複雑な感情をかき消した。


















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