第二章 成虫

第19話 幼虫

 眠りから覚めるとお腹がひどく空いていた。

 ご飯をもらえるのはいつも生まれた順番だったけれど、待ちきれないとばかりにまわりの壁をかじると、頭上に影がさした。

 物心ついた時には暗闇の中にいて、頭の上にぽっかりと空いた穴が外へとつながる唯一の場所だった。壁の向こうには同じような巣穴がいくつもあり、姉たちがいた。そのうち妹たちも生まれた。

 外へは出たことがない。体をもぞもぞ動かして出ようとすれば誰かに頭をバシりと叩かれた。あまりにも痛いからすぐに引っ込めるしかない。

 頭を叩くそれは、僕たちが持っていない二本の足で忙しなく動いて、姉たちからせっせとごはんをあげていく。僕の番になると、口元にやわらかいかたまりをぽいと投げ込まれるので一気に飲み込むんだ。

 ごはんを食べると心が満たされるけれど、その後のことを考えるといつも憂鬱だった。口をぐいっとつかまれ、のどから出る甘い露をだせとぐいぐい押されるのだ。もっとだせもっとだせと限界まで吐かされるのが嫌だった。毎日毎日ごはんをもらって、甘い水を渡して、ひたすら寝た。体がどんどん大きくなって穴が狭くなってきた頃、ふと姉たちの信号がぽつぽつ途絶えていくことに気づいた。

 最初はこの穴の外へ行ったからと思っていたけれど、信号が消える瞬間にひときわ大きく聞こえる信号が断末魔であることに、ある日気づいた。

 誰かの信号が消えると、ご飯をもらえる順番が早くなる。三番目にご飯をもらえるようになった頃には、次の次は僕の信号が消える番だと確信した。

 信号が消えたら無になる。嫌だった。この壁の向こうの世界を一度でもいいから見たかった。姉たちと同じ道を辿りたくない。何か違うことをしなくてはと必死に考えていたら、気づくと体が変化していた。体から二本ずつ棒が突き出ていた。ごはんをくれるあいつらと同じ形になっていた。

 棒を動かしてみると、すっぽり僕を覆っていた壁に当たった。そうやってジタバタしていたらごはんをくれるあいつらに見つかって穴の中から誰かに引きずり出された。信号が消されると震えていたら、違う場所にうつされて、そこでごはんをいつでも好きな時にたっぷりもらえた。

 どうやら助かったようだった。

 あくる日、妹の断末魔を聞きながら、そう思った。

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