ミルフィーユ
窓側の隣の席の
「やっと昼休みだぁ~」
友達の
「よっしゃ。食べるか」
前の席に座った熊谷は鼻歌を歌いながら、袋から巨大なミルフィーユが入った容器を取り出した。
「え。今日それだけ? てか大きくない?」
「これは、期間限定のジャンボミルフィーユ! 通常の三倍の大きさで税込み450円! 2個も買ってしまった!」
そう言って、またもやミルフィーユを袋から取り出した。
「あ、他のやつ持ってくるの忘れた」
熊谷は自席に戻り、かなりの量が入っていそうなビニール袋を二つ手に下げながら再び前の席に座った。なんと、袋から大量のコンビニスイーツが姿を現した。
「今朝コンビニはしごして買ったんだ~。今日はこのために大っ嫌いな英語の授業中も寝ずに死に物狂いで頑張ったと言っても過言ではない!」
「いや、栄養バランス……。てか普段も寝るな」
熊谷はスイーツ大好きの甘党スイーツ暴食神なのだ。特にコンビニスイーツが好きで、スイーツなら何でも食べるし、何なら今日みたく昼はスイーツのみ、なんていうのも珍しくない。
「これが熊谷家流昼食」
「嘘つけ。家のせいにするんじゃない。……さすがにその食生活はどうにかした方が良いと思う」
その間にも熊谷は大口を開けてミルフィーユを早速頬張っていた。
「うまぁ~」
それにしても、熊谷はとても美味しそうにスイーツを食べる。見ているこちらがそこまで甘いもの好きじゃなくても食べてみたいと思ってしまうほどに。そう考えていたことが視線で伝わってしまったのか、
「ん? 卯月も食べたくなった?」
と、熊谷が聞いてきた。
「いや、気にしないで」
「一口くらい、いいって」
そう言って、ミルフィーユを自分の方に押し出し、フォークを差し出した。
「……じゃあ一口だけ」
ミルフィーユが崩れないように慎重にフォークですくい、口に運んだ。
「……おいしい」
「やばいっしょ! 今回のは当たりだったわ~」
熊谷はあっと言う間に一つ目のミルフィーユを平らげてしまった。
「そういえばミルフィーユって何語だっけ? フランス語? 英語?」
「んー雰囲気フランス語だからフランス語で合ってんじゃん? 確実に英語ではない」
熊谷は拒絶反応を起こしているようだ。
「どういう意味だっけ……調べてみよ」
スマホを取り出そうとしたとき、
「千人の女の子」
「え?」
隣の宇佐見だ。
「あ?」
熊谷は口を開けたまま停止した。「え⁈ これ女の子⁈」そして、絶句した。
「いやいやいや、おかしいでしょ、どう考えても」
すると、宇佐見が呟いた。
「ミルフイユ、が正しい発音」
「そうなの? ……意味は?」
「千枚の葉」
「ああ、納得」
「え、ちょっと待て。宇佐見喋れんの?」
「…………」
「黙っちゃった!」
「ミルフィーユが『千人の女の子』っていうのは……?」
「話し続けるの⁈」
つっこむ熊谷をよそに、宇佐見はぽつり、ぽつりと続けた。
「『ミル』は『千』。『フィーユ』は『女の子』。両方フランス語」
「へえ! ちなみに宇佐見が言ってたやつって何だっけ?」と、熊谷が聞いた。
「…………」
「無視⁈」
「ええと、『フイユ』が『葉』っていう意味かな?」
「そう」
熊谷は腑に落ちない顔をした。
「……卯月、宇佐見と仲良かったりする?」
「いや? 普通だと思うけど」と、首を傾げた。
「…………」
「ほら、宇佐見も黙ってるし」
「そ、そっか」
ここで話を終わらせてもよかったのだが、自分の中の好奇心が疼き出したので、宇佐見に聞いた。
「ちなみに、『ミルフイユ』って呼ぶ由来知ってたりする?」
宇佐見はしばらく黙った後、
「……層がたくさんあるから『千』。その層が落ち葉を連想させるから『葉』」と、言った。
「なるほど」
考えていたのと同じ理由だったので、スッキリした。
すると、宇佐見はおもむろに立ち上がった。そして、扉に向かって少しも音を立てずに歩き出した。
「……え、超謎なんだけど。どこ行くんだろ」
「図書室かな」
「わかるの⁈」
「……いつも本読んでるから。さっきも本持って出たし。たぶん」
そう答えながら、ああ、思っているより宇佐見のこと見てたんだな、と実感した。そして、宇佐見は物知りだな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます