幸せのカタバミ

 窓側の隣の席の宇佐見うさみを表す形容詞は、「無口」のただ一言に尽きる。しかも、極度の。やっぱり今日もいつものように一言も話さないな、と思っていたのだが。



「はい、幸せのおすそ分け!」


 そう言ってクラスメイトの幸坂こうさかは机の上に小さな四つ葉のクローバーを置いた。全員に配って回っているらしい。


「どうしたの、これ?」

「中庭の花壇の雑草抜きしてたらたくさんあったから持ってきた! いいことありそうじゃない?」


 幸坂は美化委員なので、たまに花壇の雑草抜きをするのだ。今日は彼女の担当だったらしい。というか、そんなにいっぱいあったら良いことも何もないと思うけど。こういうのはポツン、とあるから幸せを感じられるものなんじゃないのか? ……という思いは心の中にしまい、「ありがとう」と笑顔で言った。

 幸坂はこういった迷信を信じるタイプの子で、特に幸せに関するものだったら知識はピカイチだ。


「はい、うさみんにも!」


 うさみん、と呼ばれた宇佐見は表情筋一つ動かさずに差し出された四つ葉を受け取り、目をぱちくりさせた。


「あはは、うさみん相変わらず喋らないねぇ。じゃ、他の人にも幸せ、分けてくる!」

 

 そう言って、幸坂は風の如く去って行った。


「四つ葉のクローバーか……何か良いことあるのかな?」


 と、茎の部分を指でくるくる回しながら呟いた。


「クローバーじゃない」

「え?」


 横で滅多に声を出さない宇佐見が声を出した。宇佐見は相変わらず無表情で持っているクローバーを見つめていた。


「カタバミ」

「……カタバミ?」

「これ」


 宇佐見は持っていた四つ葉を近づけてきた。


「……クローバーでしょ?」

「違う」


 バッサリ切られた。もう一度、自分の持っている「クローバー」を見た。そして、宇佐見に見せた。


「カタバミ?」

「そう」

「クローバー?」

「違う」

「カタバミ?」

「そう」


 ……なんかちょっと面白いな、これ。思わず笑みを漏らした。そしてはっ、と宇佐見を見た。宇佐見は怒って……ない。よかった。


「なんで?」

「クローバーは丸。カタバミはハート」


 ……全くもって謎だ。


「ハート?」


 「ハート」と言って、再び手に持っている四つ葉を近づけてきた。

 よく見ると、確かに葉の一枚一枚がハート型になっている。


「ああ、そういうこと。形がハートって意味か」


 宇佐見はこくり、と頷いた。


「クローバーはもっと大きい」

「そうなんだ?」


 まあ、確かに言われてみれば、昔公園で四つ葉のクローバー探しをした時はもうちょっと大きかった気もするが。その頃は手も小さかったので、大きく見えていたのかと思っていた。すると、宇佐見はスマホで画像を見せてきた。


「え、これクローバーだよね? 一緒に写ってるのシロツメクサ? なんで?」

「シロツメクサはクローバー」

「同じ植物⁈」


 宇佐見はまたもや頷いた。


「へええ、全然知らなかった」


 宇佐見は一瞬口角を上げた……ような気がした。瞬きをしたらいつもの無表情だったので本当に気のせいだったのかもしれない。


「カタバミ」


 宇佐見は別の画像を見せてきた。そこには、ハート型の三つ葉と花弁が五枚あるとても小さな黄色い花が写っていた。


「全然違う」

「そう」

卯月うつきー次移動教室」


 友達の熊谷くまがやが教室の扉付近で声を掛けた。


「あ、今行くー」


 隣を見ると、いつの間にか宇佐見がいなくなっていた。


「あれ」


 もう一度扉の方を見ると、宇佐見はちょうど教室を出るところだった。


「……いつの間に」


 結局、幸坂から貰った四つ葉は幸せの四つ葉のクローバーではなく四つ葉のカタバミだったが、良いことはあったから良しとしよう。スキップしそうなほど軽やかな気持ちで次の移動教室に向かった。


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