第2話 煙りの町

オレが育ったのは、いわゆる下町で、小さな工場が多く、労働者が多く、男は作業着姿で歩いている人が多く、女も前掛けをしたまま買い物に歩いていくような人々が暮らす地域だった。田舎のように、静かに感じる空気の音と川の流れの音と青い空の光を感じながら等の表現とは真逆な地域だった。工場は、「ガッタンガッタン」としきりなく音をたて、線路からは10分おきに電車の音、特に特急電車は「ゴー」と凄まじい音をあげる。それに加え、子供のわめいている声、猫の泣き声、犬が吠える声、がハーモニーしている。今、あまり耳が良くないのだが、おそらくこの地域に小さい頃から暮らしていたのだからだろうと思う。空は、当時規制が緩かったのか、ものすごい煙りが空を埋め尽くしていた。ここは東京の外れで川を渡れば川崎があり、川向こうからも、ものすごい量の煙りと匂いがこっちに飛んできていた。

オレの父は家からは15分くらい少し離れたところだったが、工場を営んでおり、母ちゃんは、平日は、缶工場で働き、土曜は父の工場を手伝っていた。

母ちゃんは生まれ育った田舎が嫌で、家出して東京に出てきたそうだ。農業を手伝うのが本当に嫌だったみたいで、逃げ出してきたそうだ。

今では、そんなとっぽいことをしたようには全く見えない母ちゃんだが、東京に出て、いきなり自由が丘で仕事をしたそうだ。これまた自由が丘とは全く結びつかない見た目の母ちゃんだが、自由が丘の大きな屋敷のお手伝いさんをしていたらしい。

そこで屋敷に着物を届けていた呉服屋の父と知り合ったらしい。

へー!?と最初に聞いたときは、なんてハイカラな小説のような出会いと思ったが、

話すことの八割がたは嘘の話しの母ちゃんだが、これは本当らしい。

母ちゃんは、田舎育ちの勉強嫌いだったようだが、父は商業高校で勉強は好きだったようで、母ちゃんに比べれば、学があった。

ただ、それをオレに押し付けるのが嫌だった。学校から帰ったら、父が選んだ学習ドリルの今日のノルマのページを終わらせなければ遊びを許してくれなかった。

あと、名前を漢字で100個書くとか、全部終わらせられたら、ようやく遊びに行ける。当時の時代は、空き地や土手で野球をするのが、代表の遊び方で、玄関にグローブと、バットを用意して、すぐ遊びに行ける用意を、ややフライング気味にしておいて。さっと今日のノルマを終わらせるぞ。終わった!と思うと、「ここがまだだ」とドリルを丸付けしながら、オレを中々遊びに行かせない。父は自分一人でやっていた工場をいい事に、さぼってばっかいた。週に1、2度仕事に行けばいい方で、一か月くらい1日も行かない日もあった。なのでノルマと丸付けはほぼ毎日行われる。

こんな生活とこの父が本当に嫌いで、嫌いで、話すのは、ほとんど母ちゃんとだけだった。

がしかし、小学校の高学年になった頃、父は家出していなくなってしまった。

正直、半分は悲しかったが、半分は嬉しかった。

そこからは、母子家庭になる。母ちゃんは学がないので、むずかしいことや、大事なことは、小学生ながら、オレが判断したり、書類を書いたりするようになった。

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