十四.人外に言葉など通用しない

第35話 ほんと、化け物には言葉が通用しないな!①



 いつものように桂華はソファに腰をかけながらスマートフォンを弄って休んでいた。休みの日だというのに規則正しい生活を余儀なくされているので、朝しっかりと起きて朝食を食べている。


 ニャルラトホテプという化け物、いや邪神に好かれてからというもの彼に依存するような生活になりつつある。というか、もうなっている。それに慣れてしまってきている自分がいるのでそれがまた嫌だった。


 彼は人間に擬態しているので今日は仕事に出ている。駅前の喫茶店で働いてるのだが、あんな店に行かなければ自分はまともな生活をできていたのだと思うとげんなりした。


 引っ付いてくる相手がいないので楽ではあるのだが、なんとも暇だった。どこか出かけるかなとかぼんやりと考えているとメッセージが入る。



「あ、千歌さんじゃん」



 千歌からの連絡になんだろうかと確認すると、「午後から食事しません?」という誘いだった。突然だなと思いながらも彼女がこうやって誘うことはよくあったので、桂華は特に気にすることなく「いいよ」と返事を送った。


    ***


 駅前で待ち合わせをして千歌と合流した桂華は彼女に誘われるがままにレストランへと入った。最近できた店らしく店内はとても綺麗で落ち着いた雰囲気だ。頼んだランチメニューは桂華の舌に合っていて食が進む。


 桂華は美味しい料理に舌鼓を打ちながら千歌の話を聞いていた。仕事の愚痴や恋愛のことなど彼女は一度、話し出したら止まらない。よく話すことあるなぁと桂華が思っていると、思い出したといったふうに千歌は言う。



「桂華さん、最近人気の占い師って知ってます?」

「占い師?」



 千歌は「この辺りに占いの館っていうのがあるんですよ」と話す。占いの館には何人かの占い師がローテーションを組んで在中しているのだが、その中によく当たる占い師というのがいるらしい。


 恋愛・仕事・家庭環境などあらゆる悩みを解決に導いているという噂がたって今、かなりの人気なのだという。ただ、不定期にいるため予約を取ることができず、遭遇できればラッキーなのだとか。



「ちょっと試しに行ってみませんか?」

「此処から近いんだっけ?」

「近いですよ、すぐそこです!」



 物は試しに行くのもいいじゃないかと言う千歌にまぁ、近いならいいかと桂華は了承した。



 食事を終えてさっそくと足取り早い千歌に案内されながらやってきたのは館と言われれば確かにそう見える建物だった。レンガ調の洋館で入り口には占いの館と看板が掛けられている。


 中にはいるとこれまた古めかしい造りでアンティークの家具や調度品が置かれていた。少しばかり薄暗い室内ではあるけれど、悪い雰囲気というのはない。受付で千歌が「今日はどんな占い師さんがいるんですか?」と案内人に聞いていた。



「今日は巳蛇みへび先生がいますよ」

「巳蛇先生?」

「ここ最近、人気の占い師です」



 噂を知ってきたのではと案内人の女性に言われて千歌はぱっと表情を明るくさせる。物は試しにと来てみたがまさか、チャンスが巡ってくるとは思っていなかったようで、「今からって大丈夫ですか!」と前のめりで聞いていた。


 丁度、客がはけたあとらしく「大丈夫みたいです」と連絡を取った案内人に言われて、千歌は「ぜひ、お願いします!」と噂の占い師を指名した。


 案内されたのは二階の一番端の部屋だった。室内はさらに暗く、淡いオレンジの照明が灯っているだけだ。部屋は飾りっけがなくて、もともと置かれていただろうアンティークの調度品ぐらいだった。


 丸いテーブルに黒いクロスを敷いてありその上にはタロットカードが置かれている。巳蛇という人は色白な女性だ。黒髪をお団子のように後ろで結っていて、これまた淡い色の着物を着ている。


 少し細目の目をにこっと微笑ませて「ようこそ」と手招きをしてきた。恐る恐るといった感じで近寄ってみると、どことなく甘い香りが鼻を突く。桂華はなんだろうかと思うながらも巳蛇の話を聞いた。



「二人とも占うのかしら?」

「あ、私はいいです」

「え、桂華さんいいんですか?」

「私はほら、千歌さんの聞くだけで満足だから」



 占いに興味が全くないというのもあるが、これをニャルラトホテプが聞けば笑われそうだったのでやめておくことにした。


 千歌は「勿体無い!」と言っていたが、桂華に「ほら占ってもらいなよ」と言われてテーブルの前にあった椅子に座った。巳蛇は「何が聞きたいですか?」と問う。千歌は恋愛について聞いてみることにしたらしく、運命の人について質問していた。


 巳蛇は赤い糸というのは存在するのだと話しながらタロットカードをシャッフルして並べていく。話をしながら占っていく巳蛇を眺めていた桂華だが、何か違和感を覚えた。


 何がおかしいのかはわからないのだが、巳蛇を見ているとどことなく嫌な感じがするのだ。違和感とこの嫌な感覚はなんだろうか、桂華は考えるけれど思い浮かばない。


 なんだろうなと思いながら占いを聞いていること数分。終わったらしく、千歌はありがとうございますと頭を下げていた。



「良いお人が見つかるといいですね」

「アドバイスの通りにやってみます!」

「応援してますわ。あぁ、そこのお嬢さん」



 巳蛇に桂華は呼ばれて「なんでしょうか?」と首を傾げる。彼女は「あなた、素敵なネックレスをつけているのね」と指をさした。それはニャルラトホテプに誕生日プレゼントとしてもらったアーティファクトのネックレスで。


 あぁと桂華はそれに触れながら「貰ったもので」と返す。千歌が「彼氏さんに貰ったんですよねー」と付け加えるように言った。それを聞いた巳蛇は「まぁ、羨ましい」と笑む。



「とてもよく似合っていたから聞いてみたの。そう、貰ったものなのね」

「えぇ、まぁ……」

「でも、少しそのネックレスから嫌な気を感じるわ」



 嫌な気と言われて桂華はどきりとした。これはニャルラトホテプが作ったものなのだから邪神の力を嫌な気だと言われてもおかしくはない。この人は感じるタイプなのだろうかと思いながらも「そうですか」と返す。



「うちなら浄化作業できるし、預けてみない?」



 あまりよくない気だからと言われて桂華はどうしたものかと考える。彼女にどうにかできるようには見えなかったし、ネックレスはつけていろとニャルラトホテプに言われているのだ。


 これでつけていなかったら何を言われるか分からない。なので、桂華は「大丈夫です」とその申し出を断った。



「そういうの平気なんで、私」

「そう? それなら無理強いはできないわね。気を付けてね?」



 桂華は気遣いに感謝しながら千歌とともに部屋を出る。瞬間、ちらりと見えた巳蛇の目が蛇のように細まっていたような気がして、桂華はぞくりと寒気がした。



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