第18話 神にもいろんな種類がいるのだと知った③
その日の夜だ、夢を見た。いや、夢とは思えなかった。宮殿のような場所に桂華はいた。豪奢な調度品が飾られており、周囲には多種多様な猫と猫科の動物たちがたくさんいた。数えきれないほどにいて、桂華はきょろきょろと見渡してしまう。
そんな中、猫たちが道を空ける。誰かがゆったりとした足取りで歩いてやってきた。一言でいうならば、人間ではなかった。猫の頭部に女性の身体をした美しい存在がいた。彼女は桂華の目の前までやってきて見下ろしてくる。
「我が信者を助けてくれた人の子よ、感謝しよう」
信者、助けた。それを聞いて猫のことを思い出す、その中で聞いた神の名前。
「ば、バースト……」
「そう我が名はバースト。そなたの行いに感謝を伝えるべく夢をへてやってきた」
彼女はどうやら猫を助けたことへの礼をしにやってきたらしい。助けたと言っても子猫を預かって、迷い猫を飼い主に引き渡し、轢かれそうになった猫を抱き抱えて避難させただけだ。それでも彼女は助けたと言った。
「今の世、そのように親切にするという者は少ない」
皆が皆、他人事だと見て見ぬふりをする。時に邪な考えを持って行動し、時に傷つける。そうしない心を、優しさを持っているそなたに礼を言いたかったのだとバーストは話す。
神というのは怖いものだと思っていたが、バーストは違うように感じた。彼女からは邪悪さは感じなかったし、悪意というのもない。殺されるかもしれない恐怖も味わっていないので、信者である猫たちに何かしない限りが大丈夫なのだろうと桂華は思った。
「して、何か一つ褒美をやろう」
「いえ、結構です」
思わず即答してしまった。お礼が欲しくてやった訳ではないのだ。ただ、頼まれて、放っておけなくてやったことなのでお礼を貰うほどではない。
素直にそう答えるとバーストは「欲がない人間だ」と不思議そうにしていた。そんな反応をされても困るのだが、彼女にとっては珍しいようだ。
「こういう時は喜ぶだろうに」
「いえ、私には必要ないもので……」
「そう断られるとますます何か与えたくなる」
バーストは「さてどうするかと」顎に手をやった。「いや、考えなくていいですよ!」と桂華は言うのだが、聞く耳を持ってはくれない。こういうところはあの化け物と似ているなと思った。
考えるバーストだったが、何かに気づいたように周囲を見渡した。
「そなた、面倒なものに気に入られているねぇ」
「え、えっと」
「あの忌々しい神だよ」
はぁと息を吐いてバーストは周囲に響くように言った。
「こそこそと覗いていないで出てくるといい。ニャルラトホテプよ」
バーストの覇気ある声に猫たちが波のように引いていった。するとかつりかつりと靴音が響く。
振り返ってみれば、ニャルラトホテプがその整った顔ににっこりと笑みを浮かべている。見つかってしまったねと冷めた瞳をバーストに向けていた。
「余計なことをしないでほしいのだけれど?」
「安心するといい。我はただ、そうただ礼をしにきたのだ」
バーストが「信者を助けた人間に礼を言うのは悪いことかね」と目を細める。それにニャルラトホテプは「悪くはない」と答えた。そう返すしかないのだ。
誰が礼をするかなど勝手なのだから、それを誰かに止められる権利はない。
「何、私はこの娘を助ける気はないさ。そんなことをしてお前とやり合うなど御免だからね」
「そうしてくれるとこちらも助かるね」
ニャルラトホテプの返しにバーストは「なるほど」と頷きながら桂華を見遣る。
「余程、気に入っているのだねぇ」
バーストは「お前は可哀想に」と哀れむように桂華に言う。バーストはニャルラトホテプがどういった神なのか知っているようだった。
慈悲深き優しい瞳に桂華は緊張していた心が解れていく感覚がした。そんな視線にニャルラトホテプは眉を寄せて冷めた瞳を向ける。冷たい冷たい氷のような視線にバーストは小さく笑った。
「何、奪ったりしないさ。何度も言うが、お前とやり合うなど面倒すぎる」
「それはよかった」
バーストは桂華をニャルラトホテプから助ける気はないらしい。なんとなくわかってはいたけれど、それはそれで残念だった。
バーストは「これに気に入られたら最後さ」と言って、同情するような眼を向けてきた。神から見ても、ひどく面倒な存在に気に入られてしまったのだろう。桂華は「もう諦めてます」と現実を受け止めたように言う。
それにバーストはくすくすと笑いながら、ニャルラトホテプに「安心するといい」と言った。
「ただ、そうただ礼をしたいだけさ。……そうだねぇ。お前は随分と怪異に巻き込まれやすくなっている……」
バーストはふむと考えて頷くと、自身の手を合わせて軽く摩る。すると猫の形をした手のひらサイズの小物を作り出した。
よくある猫の置物ようで、黒地に金の装飾がなされている。見た目は可愛らしくて女性が持っていても不自然ではなかった。それをバーストは桂華に差し出す。
「これを持っていればあらゆる猫たちがお前を助けてくれる。そして、定期的にお前の精神を癒してくれる。これで帳尻は合うだろう」
バーストは「その神と一緒にいるのだから」と桂華にそれを握らせた。本当に貰っていいのだろうかと彼女を見ると優しく微笑まれた。
「安心するといい。無くさないように
「面倒なものを」
ニャルラトホテプは眉を下げてそれを眺めていた。「貰っておきなさい」とバーストにまた言われて桂華は頷いた。お礼を言おうと口を開こうとして、そっと指を唇に当てられる。
「そなたが礼を言う必要はない。それは我からの細やかな礼と、哀れに思った慈悲だ」
バーストは「この神はお前を捕らえて離さないから」と哀れむように目を細めた。
***
目が覚めるとニャルラトホテプに抱きしめられながら寝ていた。彼はものすごく不機嫌そうに見つめている。桂華は手のひらに何か握っているのを感じた。
見てみればバーストからもらった置物だった。それを見てまたニャルラトホテプが眉を寄せる。
「なんで、そんなに不機嫌そうなの」
「キミを気に入っていいのはボクだけなのだが?」
嫉妬か。桂華は呆れてしまう、なんと嫉妬深い化け物なのだろうかと。
バーストに気に入られたわけではないと桂華は思っている。彼女はただ、礼を言いにきただけなのだ。そして、ニャルラトホテプに気に入られた哀れな人間に、細やかな慈悲を与えてくれただけにすぎない。
「キミ、本当に幸運だよね」
「そうだね」
はぁと溜息をついてニャルラトホテプは桂華を抱きしめた。このやろう、このまま抱き枕にするつもりか。桂華が文句を言おうと目を向けて、瞬かせる。彼が甘えるような視線を向けていたのだ。
なんだ、こいつはと桂華は動揺してしまった。顔の良い男の甘える視線というのはとても映えるのだ。お、おうと桂華は声を零す。
「暫くこうしていたのだが」
「は?」
「いたいのだが?」
有無を言わさないその言葉に桂華は「おう……」と頷いてしまった。
そんなに嫌だったのか、それほどまでに気に入られているのか桂華は分からなくなっていた。
ニャルラトホテプは猫のように桂華の胸に額を当てて抱きしめている。少しだけ、そう少しだけ「可愛いかもしれない」と思ってしまったのはきっと気のせいだと思いたかった。
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