第9話 物事のたしなみと身だしなみ。
「あ、また一位じゃん」
「本当ね。凄いじゃない」
「んー、そんなことないよ」
廊下に、共通中間テストの結果が貼り出されていた。
名称の通り、魔術アカデミー全コース共通の科目で構成されたテストの結果だ。
内容は主に、基本魔術、基本薬学、魔術操作、体術、法律、一般常識の6科目で、それらの総合点を競うのだ。
「あなた、法律赤点ぎりぎりだったのによく取れたわね、学年一位」
友人Aが感心したように言うと、
「あれでしょ、それ以外全部ほぼ満点で基本薬学と魔術操作が取れる奴が少なかった、みたいな」
「二つとも平均点が赤点近くだったらしいし」と友人Bがそう答えた。
「……それにしても、技量あるのに法律知らないとか怖いわね……」
「うるさいなー、点取れたからいいじゃん」
言い合いをしながら、薬術の魔女は貼り出された順位表を眺める。
「(去年までは成績表と一緒にこっそりだったのになぁ)」
何故だか、四年から成績が堂々と廊下に張り出されるようになっているのだ。そういえば、相性結婚の通知が誰に届いたのかも貼り出していたのを思い出した。
「(……ほとんど貴族コースの人ばっかり)」
名簿の名前の殆どに、貴族コースの名が引っ付いている。ちゃんと正当に評価しているのか気になったが、薬学コースの自分が一位ならば多分、正当な評価
「……(…あ、
薬術コースの、女学生のようだ。順位は第6位。他は貴族コースの男子ばかりだ。
「(惜しいなー。5位だったら学生会に入れたのに)」
何かを忘れている気がしたが、気にしないことにした。
×
共通中間テストが終わった頃には、一気に空気感が秋めいたものに変わる。強かった日差しはやや弱く、風が冷たくなり、緑味がかった植物達も色付き始める。
「んー……なんだか見られてる気がするぅ……」
きょろきょろと周囲を見た後、薬術の魔女は友人Aに引っ付いた。
「あなたが気にするなんて、よっぽどな目線?」
「えっ? それってどゆこと?」
首を傾げる薬術の魔女に「なんでもないわ」と友人Aは首を振る。
さっきまでは『薬に関する法令』の時間で、今は休み時間だ。意外と早く授業が終わったので、次の共通科目の教室まで移動しているところだった。
「というか、離れなさいよ。歩きにくいわ」
「だってー」
ぎゅむ、と更に友人Aへくっつくが、「仕方ないわね」と苦笑いするだけで振り払いはしなかった。
「あっれー、人に引っ付いたり物に触ったりする癖、まだ治ってないのー?」
引っ付いたままでいると、友人Bが後ろから小走りで追いつく。友人Aは同じ薬術コースで友人Bは魔術師コースなので別行動になっていた。
「そうみたい。まだ子供よね」
「……子供っぽくて悪かったね。ってか廊下走ると危ないよ」
少し口を尖らせ、友人Bの行動をたしなめると、
「お前がいうな、危険物」
胡乱な目で友人Bは薬術の魔女に言い放つ。
「えっ、危険物って何さ?」
「一年の頃に、散々薬品持ち込んで怒られていたのはどこのどいつだー?」
「……今は持ってきてないからいいじゃん」
「「…………」」
薬術の魔女の視線の逸らしようで、また何か作っているらしい事を悟る友人達だった。
ちなみにその一年時の行動や、教師が作れない程度の薬品の生成を行ったことなどにより、『薬術の魔女』というあだ名が付き、鑑賞用美人となる道が決まった。(美人だけど薬の実験台にされそうだから付き合いたくないとのこと。)
「なんでそんなにひっつくのかねー?」
「だってなんだか落ち着くしー」
友人Bの問いかけに、不貞腐れながらも答える。
「きみたちも、わたしに色々いうわりには振り払わないよね?」
「んー……それは……」
「なんというか、なんだか離れがたいのよね、そのもち肌」
なんだか言いにくそうだった友人Bに代わり、友人Aが薬術の魔女の質問に答えた。
「もち肌?」
自身の頬をもにもにと触りながら訊き返す。
「そう。なんだか吸い付くような感じがするのよ」
「へー」
スキンケアとか薬草の搾りかすでしかやってないけど、なんて言ったら怒られそうな気がした。特に友人Aから。
×
「えー、それでは何度も言いますが。魔術の扱いに関して……魔力の放出器官は、基本的には手のひらにあり……」
「……あの先生、毎度同じ事初めに言うよね」
授業を聞きながら、友人Bは友人Aと薬術の魔女に耳打ちをする。
魔術の使い方、魔術を使う時の身体の使い方などについて、この教師は授業の開始時に必ず言及する。以前は軍部に居たらしく、また、放出器官について色々と何かあったらしい、という噂がある。詳しくは興味がなかったので聞き流していた薬術の魔女だった。
「……
そこまで言うと、薬術の魔女を指名する。
「はい」
こうして指名されるのも何度目だろうか。内心で少しうんざりしながらも、素直に立つ。評価とお菓子くれるし。
「このように、身体全身を
教師の説明に合わせ、薬術の魔女は制服の
毎度、この授業の度に腕をまくって見せているので、魔術師の男に頼まれてもあまり気にはしなかったのだ。……捲ってから、素肌だったことを思い出したのだが。
「……はい。ありがとうございます」
そう言い、教師は薬術の魔女の使う机の上に魔法で飴を置いた。
「先生ー。それひいきじゃないんですかー」
「毎度手伝ってくれるのでそのお礼です。……それでは、この間の続きから始めます」
と、途中で飛んだ野次を
×
授業が終わると、アカデミー生達は
それに混ざるようにまた視線を感じた薬術の魔女だったが、そのまま無視をした。
「やっぱりいつも思うんだけど、その服暑くない? 窮屈そうだし」
教室から退出する人の塊を待つ間に、友人Bは薬術の魔女に問う。
「んー、別に? ってか今更だよ。 一年の頃からこの服だし」
袖から覗くアームカバーを見ながら薬術の魔女は答えた。しかも、秋が深まり始めた今頃に言われても、という心境だ。
「更に言えば初等部の辺りからずっとこう」
「うへー、大変だなぁ」
その返答に友人Bは感嘆の声を上げ、
「あなたさ、初等部から社会生活送ってるのに、なんで一年の時に薬品持ち込んでたのよ」
友人Aは呆れたように言う。
「みんな持ってると思ってたんだよ。日常のたしなみ、みたいな?」
「んな物騒なもん
「えー」
「可愛く『えー』なんて言っても物騒は物騒だし、アンタは口調。乱れてるわよ」
話しているうちに人の流れが収まってきたので、薬術の魔女達も教室を出る。
「じゃあ、また3限目の授業でね」
「
友人Aと友人Bがそれぞれのことを言い、薬術の魔女に手を振る。
「うん、ばいばーい」
手を振り返し、薬術の魔女は弁当を持って薬草園に向かった。
×
「……その3じゃあないんだよなー」
謎の視線の正体が、少し気になる。今日は少し雨が降っていたので、薬術の魔女は薬草園近くにある温室のベンチに座っていた。
温室だからか、秋の中頃でもかなり暖かい。だが、植物のにおいが強すぎるためか、開放されていても利用者は少ない。
「だからといって、きみでもないんだよ」
「なんの話だ」
ジト目でその1を見る。なんだか、あの薬草採りの帰りに遭遇してからやけに接触してくるのだ。じゃあ、誰の視線だろう? と考えても心当たりがない。
しかし、前よりその1に見られているのは気付いている。問い詰めるのも面倒なのでそのまま放置しているが。
「なんの用事?」
「……いや、用事っていうか……」
なんだか言いにくそうにその1は頬を掻く。言いたいことがあるんならさっさと言って欲しいものだ。
「わたしは一人でご飯が食べたいんだよ。用事がないんならあっち行ってくれる?」
そう、薬術の魔女は首を傾げる。
「っ、ああ。悪かった」
気不味そうに頷き、その1は居なくなった。……本当に、なんの用事で来たのだろうか。
そういえばなんだか早朝に学校周辺を走りだすようになったらしいとか噂を聞いたが、一体どんな心境の変化なのか。全く興味はないけれど。
ちなみに、薬術の魔女は早朝の薬草採りに行きにくくて迷惑だとしか思っていない。早朝から鉢合わせなどしたくないからだ。
完全に居なくなったことを確認してから、
「では、気を取り直してー」
薬術の魔女は弁当箱を開ける。開けたそばから、わさっと薬草の緑の葉が溢れた。
「いっただっきまー……」
弁当箱を閉じて、顔を上げる。
「最近来てなかったのに」
思わず不満を零す。その言葉に、煌めく赤い髪の男子生徒も顔をしかめる。
学生会会長だ。忘れていたことはこれだったか、と薬術の魔女は思い至った。(すでに遅いのだが。)
「勧誘を諦めたんじゃなかったの」
「諦めるわけがないだろう。学年一位という、優秀な頭脳だぞ?!」
学力と頭脳が常に一致しているわけではないと薬術の魔女は思うのだが、学生会会長はそうではないらしい。
「じゃあ、最近来なかった理由は?」
純粋に生じた疑問を問うと、学生会会長は目を泳がせる。……なんだか、物事が言いにくい奴が多いようだ。
「……骨を折って入院していたんだ。……少し急いでいて走ったら、足を滑らせて」
「それはー……お疲れ様です?」
なにか言うのかな、とただ見ていただけだったが、学生会会長は急に理由を話しだした。
『足を滑らせた』? なんか、魔術師の男が『足元にお気を付け下さいませ』とか言っていたような。偶然だろうか。
「この間の中間テストでも、主席だっただろう?」
「周囲より正答率が高かっただけじゃん」
法律とかぎりぎり赤点回避だぞ、とは言いやしなかった。
そして、婚約者の魔術師の男が『入学から卒業まで満点だった』などと言っていたのも思い出し、顔をしかめそうになる。……彼も、学生会の会長をしたのだろうか?
「……なんで断るんだ? 庶民だと滅多に味わえないような、折角の権力だぞ」
薬術の魔女のしかめかけた表情をどう思ったのか、
「いや、権力とか要らないし」
権力で新しい薬品作れるんならいいかもしれないけどね、と心にもないことを内心でてきとうに抜かしておいた。
「……お前、頭がおかしいのか?」
珍獣を見るかのような目で見られた。
「自分の頭で理解出来ないものを
「ぐっ、」
言葉に詰まるということは、それを理解できている証拠だ。
「前も言ったけど、わたしは
きっぱりと言い切ると、
「……わかった」
学生会会長は絞り出すようにそう答えた。……そんなに勧誘したかったのだろうか、『学年一位』とやらを。
「あとさ、そこまでして勧誘する価値ないよわたし。法律赤点ギリ回避だったし」
「……何っ?!」
「あっ、」
思わず言ってしまった。せっかくなので、ここで採用しない方が良い理由にして勧誘を諦めてもらう材料にする。
「だから、学生会運営とか絶対やらせない方が良いって」
「…………そうかもしれないな」
さっきよりも割とあっさりと諦めてくれそうな雰囲気になった。
いささか不本意な気持ちになったが、勧誘を諦めてくれるならば安いものだろう。考えている様子で、そこから去っていった。
「ふー、ようやく人がいなくなった」
そして、薬術の魔女は、やっと薬草弁当にありつくことができたのだった。
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