第7話 気分はジェットコースター。
念願の休日、しかも朝
「……
「……げ、なんでいるの」
魔術師の男が待ち構えていた。少しやつれた顔に
「すっごい早起きだね?」
「これでも宮廷の職務時間よりは遅いのですが」
「うっそー、めっちゃ早起きじゃん?」
早朝4時頃勤務らしい。
その後、人目の少ない場所に引き込まれ、両腕に何か書き込まれて解放された。『魔獣避けのおまじない』らしいけれど、
「(魔獣避けの薬や色々持っていたから平気なのになぁ)」
と、薬術の魔女は内心で思う。
おまけに、休日なのによく分からないけれど、わざわざ来てくれたらしい。意外と世話焼き、なのだろうか。
「(あんなに疲れてるっぽいのに、ね)」
そう思うと、不思議な気持ちになる。なんとなく、胸の中が温かくなるような心地だ。
「(意外と干渉してくるなぁ)」
手紙も何もなかったあの数日間は何ぞ? と、思いながらも薬術の魔女は山に向かう。
それにしても。
「(…………なんだか、文字が書かれた場所が不思議な感じ……)」
じんわりと肌に拡がる不思議な感覚に、なんだか身体が暖かくなる。
「(確か、魔力で書いた文字……だっけ?)」
そう考えた時に魔力同士の相性、相性結婚のことをふと思い出す。すっかり忘れていた。
「……(『相性が良い』ってどういう感じなんだろ)」
少し唇を尖らせながら思案してみる。
この感覚は、意外と悪くない。
×
山に入ってから数時間。そろそろ日も高くなり始めたので薬草採りを終えることにした。
薬草のついでに山菜も沢山採った。おまじないのおかげか、一切魔獣や動物に
「大漁大漁!」
気分は上々でるんるんである。山の中でずっと動きっぱなしだったせいか、汗だくでもある。早く寮の部屋まで帰ってシャワー浴びたかった。
「……なあ、」
今、速攻で気分は地に落ちた。魔獣避けよりも人避けを頼んだ方が良かっただろうか。
「…………なに」
振り返れば焦茶のウニ頭。その1だ。魔術アカデミーの門前ではなく、その途中の街中で
顔が悪いというわけではないが、休日に拝みたいお顔ではない。どうせならばその3の方が気分が下がらない分まだマシだ。
「お前、あの魔術師に変な事をされていないか?」
「……『変なこと』ってなにさ」
今朝は肌に筆と魔力で呪文書かれたが、それだけであり、あれは彼なりの善意だったのだと思う。
「…………路地裏で何かされた、とか」
気不味そうにこっち見ても何コイツとしか思わない。モジモジすんな。
「えっ? 今朝の見てたの怖っ」
薬術の魔女は悲鳴をあげる。
朝靄かかる早朝だぞ。普通は寝てる時間じゃないのか。
「っ、やっぱり、何かされたのか?」
「いや、おまじないかけてもらっただけだけど」
「……『おまじない』、か?」
「そうだよ。害はないやつ」
言いつつ、掴もうとするその1の手を避ける。なんだか、その1には直接触れない方がいいような、いや。触れたら不味いことになりそうな予感がする。
「……何故避ける?」
「そんな予感」
怪訝な顔のその1にそう答えておく。本当に、明確な根拠はなく、ただの予感でしかないからだ。
「予感……?」
「用事、他はないよね? もう帰って良いよね?」
薬術の魔女はその1から離れる為に歩き出そうとする。
「あ、ちょっと待て!」
パシ、と、腕を掴まれた。
「は? なにさ」
振り払おうと、ぐいぐいと引っ張っても腕が取れない。何故、人の腕を掴んだまま硬直しているのだろう。
「(なんか赤面してる……えぇ……)」
薬術の魔女の内心はドン引きである。
「……あ、悪「通行の邪魔ですよ」
謝ろうとしたその1の言葉を遮り現れた魔術師の男が、二人の腕を掴み引き剥がした。
×
「……うわ、また出た」
「『また出た』とは失敬な。……処で、御二方は道端で何を?」
にこやかに微笑む魔術師の男は、魔女を掴む手だけを離した。どうやら、近くに他人が居る時も外面モードらしい。態度は普段の外面より素の状態に近いけれども。
「わたしはアカデミーの寮に帰ろうとしたところ。そっちは知らない」
「左様で」
薬術の魔女の言葉を聞き、魔術師の男は次にその1の方を見遣る。
「腕を離せ!」
「失礼」
魔術師の男はその1の腕を離した。その1は掴まれた箇所を
「して、貴方は?」
「……お前、そいつに何か変な事してただろ」
「『変な事』……はて。身に覚えがありませぬ」
魔術師の男はゆったりと首を傾げた。その拍子に長い髪がさらりと揺れる。そこで、普段、魔術師の男は髪を結んでいるようだと薬術の魔女は気付いた。アカデミーで見かける時はあまり髪が動く印象が無かったからだ。
「しらばっくれるな! お前、路地裏に引き込んで、」
「『路地裏』、ですか」
腕を組み、「ふむ」と、魔術師の男は思案する様に息を吐く。
そして、「話が長くなりそうですね」と呟きながら、近くにあった道端のオープンテラスの席に腰掛ける。「貴女方もどうぞ」と勧められたので、薬術の魔女は遠慮なく日陰の方に腰掛けた。
「では、その証拠は」
駆けつけた店員がメモを片手に飲み物を伺いに来た。
「アイスティーをひとつ。貴女方は?」
「わたし、シトラスミントのハーブティー」
薬術の魔女は手を軽く上げ、返事をする。
「証拠? この俺が、この目で確かに見たんだぞ」
「其れが何です。
「……ぐっ、」「ねえ早く頼みなよ。店員さん困ってるよ」「……コーラ」「コーラ?」「……なんか炭酸飲料」「じゃあフレーバーソーダね。店員さん、よろしくお願いしまーす」
「
店員が居なくなった後、魔術師の男はそう言い捨てた。柔和な笑顔で。心なしか、言葉に棘を感じる。
「(……ちょっと怖いなぁ)」
と思いつつ、薬術の魔女は二人の様子を大人しく見ている。若干の他人事感があるのは、その1が薬術の魔女を可哀想な被害者だと決めつけている節があるからだろうか。
「俺は、『真実を見通す目』を持っている!」
「……成程」
ややキメ顔のその1に対し、魔術師の男は
「して。その証明は
『先ずはその目の証明を見せろ』、ということのようだ。納得していない様子の魔術師の男に、その1は少し
魔術師の男の態度は、『邪眼』『魔眼』『心眼』等も、一般的には御伽噺として実在しないとされているから当然の対応だろうと、薬術の魔女は思考する。
「嘘も、魔法も見破れる!」
「そのくらい、少し魔術をかじった程度の幼児でも出来ますよ。……ああ、有り難う御座います」
丁度、店員がドリンクを三つ持って来たようで、魔術師の男の元にアイスティーが運ばれた。
「ハーブティーはこっち!」
と、薬術の魔女は手を挙げ、青い液体を受け取る。そして、残った液体がその1の元に運ばれた。
「……なんだこれ」
「『フレーバーソーダ』だよ」
非常に真っ黒なその液体は、店によってやや味の変わる、色々なフレーバーの混ざった炭酸飲料だ。一口飲み、
「……コーラじゃねぇか」
その1が呟く。
「フレーバーソーダだよ」
×
「んー、美味しい。お口の中が爽やか!」
青い液体を飲み、薬術の魔女は、ほう、と息を吐く。さり気無く魔術師の男が去って行く店員に料金を渡しているのを見たので、
「……その青色、なんだよ」
気付いていないらしいその1は不気味なものを見るように、驚くほどに真っ青な液体を見る。
「花の色だよ。加熱しすぎると色落ちちゃうけど」
天然素材で身体にも優しい。有毒な植物だともっと綺麗な青色出るけれど。と思いながら、薬術の魔女は、いつのまにか(その1の一方的な)言い合いが止んでいたことに気付く。……まさか、これを狙って……?
「では、そろそろ行きましょうか。薬術の魔女殿」
魔術師の男は立ち上がり、薬術の魔女の手を取る。
「へっ、どこに?」
「寮ですよ。御帰宅の最中だったのでしょう」
「まあ、そうだけど」
「ちょっと待て、まだ俺の話は終わって「きちんと証拠を揃えてからにして下さいまし。
答えると、慌ててその1が声をあげるが、言い切らせる事も無く魔術師の男はさっさと言い捨てて薬術の魔女を連れて店から出た。
そして、一瞬で魔術アカデミーの裏門の前に着いた。
「うわ、早っ」
移動の魔術はかなり面倒な術式が必要だったはずだが、見上げる魔術師の男はなんでもないと言いた気な澄ました顔だ。
「……なんで、さっきあそこに居たの?」
聞きそびれた疑問を問う。
「占いの結果をずらした後始末をしに参っただけです」
「……ずらした、後始末?」
今朝のおまじないの影響、ということだろうか。
「ええ、まあ。……多分、これで大丈夫だとは思うのですが……」
「なんか不穏……」
考えるように視線を動かし、魔術師の男は薬術の魔女に小さな札を渡す。
「まあ、階段からの転落と火傷にはお気を付けて下され。日が沈む
「なんか良くわかんないけど、はーい」
「宜しい。それでは」
薬術の魔女の返答に頷き、魔術師の男は居なくなった。
×
「ふー、さっぱりした!」
汗を水で流し、薬草についた土を洗い落とし、薬術の魔女は今朝採った薬草と山菜たちの後処理を始める。
今回は、処置が遅れて大変な事になる薬草は無かったものの、結構時間を取られてしまった事が嘆かれる。
あの時、その1などに会わなければ……。と、考えてもしょうがない。気を取り直し、薬術の魔女は処置の続きを行う。
×
「よし、これでいいか」
束にした薬草を紐で縛り、それを室内に張り巡らせた紐に
「では、いよいよ本命……」
にっと笑い、薬術の魔女は薬鍋やすりこぎ、ナイフなどの薬品生成の道具達を並べる。
「ふんふーん、今日は痺れ薬作っちゃうぞー」
袖を
×
「うわあっつ!」
脊髄反射で動いた手にふーふーと息をかける。魔術師の男に言われたので十分に火傷に気を付けていたつもりだったが、弾けた液体の飛沫など避けようがない。
「……これが『火傷』なのかなぁ……」
流水で冷やしつつ、魔術師の男の言葉を思い出す。実際、熱した薬品を溢しかけたり熱された道具が身体に当たりそうになったりと少し危ない目には遭ったが、大事には至っていなかった。
「…………お守りの効果?」
それでも結局は火傷(っぽい感じのもの)を負う運命は変わらなかった、ということだろうか。赤くなっているものの、跡は残らなそうだ。
そして夕方、小さな段差に
「うわっとっと、」
けんけんと数歩前に片足で進んで、壁に手を突く。
「……あぶなかった」
捻挫などはしなかった。……だが、
「……なんだ。カーペットの段差じゃん」
階段じゃないじゃん、と内心で突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます