薬術の魔女の結婚事情

4^2/月乃宮 夜

結婚するまでの三年間

一年目

第1話 相性結婚。

『身分を問わず、魔力の相性が良い相手と婚姻すべし』


 ある時、少子高齢化の進んだ魔術社会で、そんな気の狂った法律が出来た。それは『相性結婚』と、俗世では呼称された。

 『魔力の相性が良ければ身体の相性も良く、(生殖機能に問題がなければ)ほぼ間違いなく子を産める』という迷信のような事実があり、この法律のもと、国が最も相性の良い相手を見つけてくれるらしい。

 この国では生まれた時に身分問わず魔力の含んだ唾液などを採取し、その記録を取っているため無理のない法律だった。

 しかし。

 魔力の相性が良かろうが子をやすかろうが、『身分』というものの影響は大きい。特に貴族は『平民と結婚なんてやってられるか!』との声がほとんどで、この制度を排除する働きが起きていた。

 おまけに、法律では『(性格の不一致等の)問題があれば、婚約期間(ひと月)を過ぎた後に相手を変更できる』という補足があるので、決められた相手同士で素直に結婚した者達はそうなかった。


×


 夏の騒がしさが身をひそめ実りへと向かい始める、秋のある日。一通の手紙が少女の元に届いた。


「『貴女の相手が決まりましたので、○月×日の△時に□へお越しください』……ね」


 届いた手紙を読み、ふーん、と息をく。

 そろそろこの法律も無くなるというのに、逃げ切れずに通知が届いてしまったようだ。決まった日付は今日から3日後で、指定場所は城の中だった。

 理由は、『相手の職場が城の中だから』らしい。


「まあ、決まったんなら行くしかないなぁ」


 よわい15の少女は伸びをし、手紙をそのまま机の上にほうる。手紙がコツン、と薬品の入った小瓶にぶつかり、


「わわっと、」


床にぶつかる前に掴む。拍子に中の琥珀こはく色の液体がゆるりと揺れた。


「あっぶな」


 ほっと安堵あんどする彼女は『薬術の魔女』と呼ばれるだけの、ただの平民だ。そう呼ばれる理由は至極しごく簡単。薬の製作が異様に上手いからだ。


「課題のコレ、作るの面倒なくせに効果すっごく薄いんだよねー」


珊瑚珠さんごしゅ色の目は、鬱陶うっとおしそうに手元の瓶を見る。そして溜息ためいきき小瓶を机の上に置き直す。少し癖のある蜜柑みかん色の髪を結び直し、彼女は立ち上がった。


明々後日しあさってかー。まあ、アカデミーは休みだから良いけどさ」


 そして、『薬術の魔女』は、魔術アカデミーの学生でもあった。


 魔術アカデミーは『魔術社会の技術向上』等のスローガンの元に、一応、身分問わず魔力を保有する者達が平等に学ぶ事ができる教育機関だ。

 入学可能な年齢は12歳のみで、18歳まで飛び級、留年無しで6年間通う。

 ちなみにこのアカデミー以外にも複数の教育機関があり、中には飛び級や留年が出来る学校もある。

 また、膨大な蔵書数をほこる魔術アカデミーの図書館は特定の区域を除き、どの本も自由に読む事ができるので『先の勉強がしたいのにできない!』なんて事にはならないようになっている。

 城勤しろづとめや軍事の職場に入りやすい事が平民にとって、高度な教育が施される事が貴族にとって一種のステータスとなっているので、この魔術アカデミーは平民、貴族両方が通う、特殊な学校だった。


×


 指定日。


 薬術の魔女は指定された場所に来ていた。——要は登城し、案内のままに城内を歩き、簡易的な一室で待機させられた。

 初めて入った城はきらびやかでぜいの限りを凝らしている。あまり好きじゃない派手派手しさだ。

 指定場所に来ても相手の姿が無い事に首を傾げたが、どうやら相手は少し仕事に手間取って少し遅れるらしい話を案内人から告げられる。

 ちなみに、案内人は彼女の姿を見るなり、『なんだ、平民の女か』としか言いようのない態度でふっと鼻で笑った。


「(——なんだコイツ)」


と、内心で思ったものの顔には出さずに薬術の魔女は通された部屋で大人しく待つ。お茶菓子も無いらしい。


 しばらくして。


 案内人が人を連れて再び部屋に入ってくる。その人物が、『国内で一番相性の良い相手』だ。そしてその服装はきちんとしたもので、特別な職しか着れないという——確か、


わたくし、『宮廷魔術師』をしております。よろしくお願いいたします」


と、思考をめぐらせている間に、上から挨拶をされる。薬術の魔女は声の主の顔を見ようと見上げ、


「……(うわ、目付き悪っ)」


その氷のような鋭い視線にひゅっとなった。いや、目付きが悪い訳ではなさそうだ。ただ視線が鋭いだけで。


「……私が挨拶をしたというのに、御返事は無いのでしょうか? それとも、私のよ

うな宮廷の犬とは挨拶をしたくないと?」


 随分なですね、と彼は口元に手を遣り、値踏みするかの様に目を細める。相性結婚の相手は、紫黒しこく色の長い緩やかな髪と常盤ときわ色の目を持つ、かなり上背のある男性だった。薬術の魔女が今まで出会った人間の中で一番だ。


「あっ、ごめん! ……なさい、ちょっとびっくり、あ、少し驚いただけ、なので」


「体裁など如何どうでもよろしいので、お好きなように話してくださって構いませんよ。その方が気が楽でしょう」


頭を下げると楽にして良いと言われた。本音は「いちいちつっかえる方が会話が進まなくて面倒だ」とでも思っているのかもしれない。


「えーっと、じゃあお言葉に甘えて。わたしは「『薬術の魔女』、齢は15の魔術アカデミーの第四学年生、でしょう」……そうだけど」


 遮られ不満気にその顔を見上げると、宮廷魔術師は何が楽しいのか口元に手をあててたまま、深い緑色の目を三日月のように細めて笑みを浮かべていた。

 あだ名については知らないが、彼の言った所属については、服装を見ればすぐに判るものだった。薬術の魔女は、魔術アカデミーの制服を着ていたのだから。貴族にはドレスやスーツなどの正装があるが、ただの学生平民には制服が一番の正装になるので仕方がない。


「(……というか、自己紹介くらい自分でさせてよ)」


×


「アカデミー生ということは、寮にお住まいですか」


 魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。


「そうだよ。さっききみが言った通り学年は第四学年で、薬学コース」


 頭2つ分ほど背の高い魔術師と薬術の魔女は目線を合わせるためにも部屋にあった椅子に座り、情報交換をすることにした。


「ふむ、魔術師コースではなく?」


「うん。興味なかったからね。あと、薬学の方が面白そうだった。実際面白いよ」


「左様ですか」


 あまり興味なさそうな相槌あいづちを打ちながらも、魔術師の男は聞いた事をメモしているようだ。


「きみの方は?」


「私は宮廷で魔術の研究と為政者いせいしゃの真似事をしておりますよ。……他は守秘義務が生じるので言えませぬ」


「分かった。ちなみに、寮住みだったら何か問題ある?」


「いいえ。お試し期間……いえ、婚約期間を何時いつから始めようものかを考えておりましたもので」


「あ、同棲どうせいとか必要なんだっけ?」


「ええ、まあ。なので……卒業後からの方が好ましいでしょうか」


「あと3年後くらい?」


「そうです。まあ、制度はあくまでも制度ですので……その間に良い方を見つけたのならばくらえしても構いやしませんが」


鞍替えってなんだ。


「……初対面の婚約相手に堂々と別れの話ってどうなの」


「私は虫除け程度にしかこの制度を利用するつもりが無いもので」


 胡乱うろんな目の薬術の魔女の構わず、魔術師の男は答える。


「権力とか色々擦り寄ってくるのが面倒って事ね」


「そうです」


「はっきり言うね」


「なので、気になるお方がいらっしゃってもお気づかい無く、そのお方と付き合うなり逢瀬おうせするなりしても構いません」


「へぇ。そんな相手出来るか知らないけどね」


「あと、未成年に手を出したとなると見聞けんぶんが悪い、いえ、悪過ぎますからね」


「そうだね」


 という事で。婚約者とはなったものの、同棲や性格の相性の確認は卒業後からという事になった。そもそも、婚約期間の終了後に結婚するかも怪しいのだが。因みに魔術師の男は24歳らしい。9つも年上だった。

 そして、この2年の間に誰か良い相手ができても基本的には無干渉で、という事も決定した。絵に描いたような契約結婚(婚約)だ。


×


「それってあなた的にどうなの」


 同級生の友人2人に「昨日はどうだった?」と訊かれたので、大まかな内容を伝えると、2人共に、怪訝けげんな顔をした。


「ん、まあそんなもんだよなぁって」


「結構冷静ね」


 同じアカデミーの制服を可愛らしく着こなす友人Aはふわふわなブルネットの髪を弄りながら、溜息を吐いた。


「だって結構年齢離れてたし、引く手数多あまたっぽそうだったし」


「どんな人?」


 友人Aと違い規定通りに制服を着る友人Bは、少し前のめりになって問いかける。


「顔は良い人」


「あなたが言うほどって事は結構整ってそうね」


「そうじゃなくて、お仕事とか」


相槌を打ちながらも興味皆無かいむな友人Aと、薬術の魔女の返答に「違う」と首を振る友人B。

 首を振った拍子に揺れる、友人Bの癖のない亜麻色の髪が綺麗だなぁと、思いながら


「宮廷で魔術師やってるらしい人」


そう答えた。向こうはあんまり教えてくれなかったので、答えようもなかった。


随分ずいぶんすごい人、捕まえたんだね」


「ただの確率だよ。そんな凄いものじゃないって。あと捕まえてもないし」


 相性結婚の通知が来た次の日、薬術の魔女はアカデミーに来ていた。ただの登校である。

 アカデミーでは昨日の薬術の魔女のような、相性結婚の話題で持ちきりになっていた。理由は、その相性結婚の通知が15歳ほど、つまりアカデミー四年生になる頃に届き始めるためだ。そして先週の学期初めから、その身に通知が届いた同級生が大量に発生していた。


 薬術の魔女は『とうとう撤廃てっぱいしそうだからできる限り組み合わせを叩き出してわずかでも成果を上げたい』とかそんな理由だろうと思っている。

 「好きな人いるのに」とか「見た目が好きじゃない」とか、そういった話題で同級生達はさわいだ。おまけに、誰に通知が来たのか廊下に貼り出す迷惑仕様なので、薬術の魔女に通知が届いている事も大勢に知られている。


「席に着けー。HRホームルームを始めるぞー」


 担任の声に、ようやく教室は静かになった。


×


 数週間ほど経つと、『相性結婚の相手が気に入らない』という声がちらほらと聞こえ始める。通知が来てすぐに同棲を始めたり、色々やってみたりしている人達の、不満の声だ。そして、


「確かに、相性いいんだけどね」


という言葉がそれの文頭か文末に大体付く。

 何が、とは言わなくともなんとなくは分かる。魔力の相性の話だ。魔力の相性が良いと『色々とイイらしい』という話もよく聞くので、まあ、そういうことだ。


 薬術の魔女は、図書館で本を読んでいた。普段は薬草の図鑑や学術書を読むが、なんとなくで物語の本を読む。すると、


「本当に、無理。もうやめたい」


と、なげく学生の声が聞こえた。その周辺にその学生の友人もいるようだ。

 盗み聞……偶然聞こえた内容を要約すると、『魔力の相性は良いかもしれないが、性格が絶望的に合わなかった』ということのようだ。学生でも寮生活を途中で辞めて同棲している話はよく聞いていたので、あまり驚きは無い。


「……(割と色々やってるもんだなぁ)」


 自分のところとは大違いだ、と思いながら、『虫除けにしたい』と言っていた魔術師の男を思い出す。思い出しながら、


「(あの古臭い言葉づかいは貴族だよなぁ)」


とも、なんとなく思った。所作しょさもどことなく上品だったし。

 そして、貴族の大半はこの制度に反対している事、この制度の弊害へいがいで哀れな平民がどんな目にっているのかを、思い出す。平民とは結婚したくないが『相性が良い』その部分を捨て切れない貴族に、娼婦しょうふもどきをやらされている平民が、実は結構多いのだ。


「(ま、本当に虫よけ程度ていどにしか考えてなさそうだし)」


 この数週間、全くの音沙汰もない。手紙の一つだって届きやしない。


「(わたしも似たようなものだよね。何もやってないし)」


 こちらに干渉してこないのならば別にどうだって良いと思う薬術の魔女だった。


×


 秋の中旬。大体の学生が新しいクラスや授業に慣れ始めた頃に、新しい刺激がやってくる。


「——ということで。例年と同じように、しばらく卒業生の方々が視察で来ています。失礼の無いように」


 1限目の冒頭で、共通科目の基本魔術応用の教師は学生達に告げた。

 卒業生、というか城勤や軍部の魔術師達が、未来の同僚を漁りに、又は質の確認に来たのだ(と、薬術の魔女は思っている)。魔術師達が居る間は、学生達もそれなりに静かでいてくれるだろう。


 この視察は毎年の始まりから大体半月から1年の間かけて行われる。この期間の差は、ただ単に半月で来るのを辞めるか、1年通い切るかの差だ。そういう契約なのか、ただの自由意志なのかは定かではない。

 大体、初めの頃は毎日のように来て、やがてフェードアウトしていく魔術師が多い。あと、後期の冒頭にも続投が来る。


「(あんまりわたしには関係ないなぁ)」


 と、頬杖を突きながら、視察に来たらしい魔術師達を見る。魔術師達が視るのは主に魔術師コースの生徒や授業の様子であって、薬学コースの授業には一切来ないし興味も持っていないだろうから。


 若い魔術師達は丁寧に挨拶をするものの、なんとなく学生達こちらを見下しているようにお高くとまった雰囲気だ。


「よろしくお願い致します」


「……あっ」

「え?」

「どうしたの」


 その中に、婚約者の魔術師の男がいた。

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