結んだ光、届いた果て

カピバラ番長

第1話 


 何度か、機会はあった。

入学式、修学旅行、卒業式、何の用もなく一緒に遊んだ日。ふと、夜だと気が付いた瞬間。

挙げだせばキリが無くて、でも、言えたためしは殆どなくて。

いつもいつも、別にどうだっていい話を切り出してしまう。

それは、またきっとチャンスがあるから。そう思ってしまうから。

次の節目に、次の機会に、また別の日に。

そうやって先延ばしにしてしまって。

でももう、チャンスはない。

きっとこれで最後。

もう、終わり。

 「今でも私はあなたを愛しています」

口にしてしまえばなんて事の無い簡単な言葉で、たったの一言。本当なら息継ぎなんて全然必要のないセリフ。

なのに、どうしてこんなにも言葉にするのが恥ずかしいのかしらね。

 「ねぇ、どう?返事を返す側の気持ちは。私はいつもそうだったんですよ?」

微笑みかけて、嗚呼、と気が付く。

 「……きっと、心から好きだったからなんでしょうね」

恥ずかしいのか、照れくさいのか、何も言わないあなたの顔を見て、私も瞳を閉じた。





_____________________________________


 俺たちは雪の降っている冬の日に出逢った。

めちゃくちゃ子供の頃だったし、正直本当に逢ったかどうかなんて確信が無い。でもまぁ、それらしい思い出はあるにはある。

で、小学校の入学式の日。俺たちはもう一度出逢った。

 『それじゃみんな。近くのお友達にご挨拶しようねー』 

一年の頃の先生はそんな感じのことを言って俺たちに友達ができるように促したんだっけ。

 『……はじめ、まして?』

 『んーん。こうえんであった!』

体育館で行われた簡単なレクリエーションで会話をした相手は川爽 志奈(かわそう しな)。

俺が、雪の降る公園で出逢った子だ。

 「……っか、ねぇ、六花?」

 「ん、あぁー、どうした」

隣の席に座るセーラー服姿の少女・志奈。

俺たちが再開した日から十一年が過ぎ、今はお互いに十七歳。

思春期真っただ中の高校二年生だ。

 「どうした、って。何か考え事?」

何度も呼び掛けたのに返事がなかったからだろう。志奈は心配げに俺を見つめる。

 「まぁ、別に大したことじゃないから気にすんな」

言葉通りの意味……というか、そもそも悩みでも何でもないので軽く手を振って否定する。

 「……六花がそう言うなら分かった」

 「おう、ホントに気にしなくていいぞ。んで、何の話?」

どこか心配そうにこちらを見る志奈に念入りに忠告し、彼女が話そうとしていた話題を改めて尋ねる。

 「あ、そうそう。えっとね……」

思い出したように自分の机の中を漁り、透明のクリアファイルを取り出す志奈。

 「はい、これ」

その中から印刷された紙を取り出し、俺に渡してきた。

 「……図書室に置いてほしい本一覧?」

 「そ。ピックアップしたやつだから、六花的にいいかどうか見て欲しくてさ。……まぁ、どうせこの後先生にも確認とるからそんなに意味ないんだけどね」

無機質な文字で羅列されていた言葉は、所謂ライトノベル系の本やもっと直接的な漫画本などなど。

中には一般的な小説や、ちょっと珍しくも思える自己啓発本、それか少々以上にマニアックな図鑑もある。

 「六花、マンガとか好きでしょ?だから、教育的に悪くない……って言うつもりはないけど、まぁこのくらいなら先生も許してくれるだろうって感じのが分かるかなって思って」

 「おっけ」

頬を掻きつつ苦笑いする志奈に返事を返し資料を受け取る。

 ーー志奈、図書委員じゃねぇんだけどな。

何の引っ掛かりもなく入ってくるタイトルを分かる範囲で見分しながらそんなことを思う。

彼女は、良くも悪くも他人に頼られる。

同い年どころか一個上の学年よりもしっかりしていると思われている彼女は、先生はもちろん生徒にも頼まれごとをされやすい。

それを彼女は可能な限り受けてしまう。全くできない分野の内容なら流石に断ってはいるが、それも[迷惑をかけると思うから]という真面目さが原因で、正直意味がない。

出来ることならなんだってやる、なんてのは間違っているんだから、自分に負い目を感じてる時しか断れないなら解決には届かない。

 「……まぁ、これなら大体全部通るんじゃねーかな。普通の小説とかのは金額が行かなきゃ問題ないだろうし、ラノベとマンガはどれも最近話題のやつだ。噂じゃ面接の時にSNSで話題の情報について聞いてくる会社があるらしいし、真っ向から否定ってこたぁないだろ。人と話す話題を作るきっかけにもなるしな。ま、お堅い先生が相手だったら分かんねぇけど」

確認を終えた資料を返し、彼女の検閲に問題がない事だけを告げる。

 「そっか、ありがと!」

 「またなんかあれば言ってくれ。手伝う」

 「うん、助かるよ!」

嬉しそうに頷いた志奈は再びクリアファイルを取り出すと資料をしまい入れ、それを持ったまま教室を後にする。

向かった先は多分隣のクラスにいる図書委員の子だ。

その子も真面目らしいが、頼みを聞くというより押し付けられるタイプらしい。

今回の仕事に関してはまず間違いなくそうだろう

 ーー言うべきじゃ、ねぇもんな。

いなくなった志奈の机を見ながら漠然と考える。

仮にもし、あいつに色々言ってとして、誰が嫌な思いをせずに済む?

頼まれた志奈は俺に小言を言われて、頼んだ図書委員は負担をかけたと自分を責め、文句を言った俺は謝るしかなくなった二人に頭を下げられるだけ。

一番問題であるはずの[仕事を押し付けた奴]は何も感じることなくまた同じことをやる。それじゃ言っても仕方がない。

 ーー……誰も、いい思いできねぇもんなぁ。

背もたれに背中を預けて頭の後ろで手を組んで天井を見上げる。

そりゃあそうだ。みんな大なり小なり意味を持って志奈に物を頼んでる。

その時点で志奈は誰かがいい思い出来るように行動するしかなくなるんだ。

本当ならやるべきじゃない、別の人の仕事を負って。

仮に元凶に文句を言ってしまえば、場合によってはもっと面倒な事になりかねない。

そこを踏まえるなら泣き寝入りするのが一番面倒がなくて済む。

……けど

 「(正しい事じゃねぇはずなんだけどな)」

 「何が正しくねぇって?」

 「……声に出てたか」

見上げていた俺の眼前に突然現れるブッサイクなーーもとい、一般的より少しカッコいいと言っていいかもしれないくらいの顏の持ち主が現れる。

 「また川爽の事?飽きないねぇ、お前も」

 「ほっとけ。もう癖なんだよ」

俺を見下ろしていた男ーー瑞馬目 緑(みずまめ みどり)。

高校来の友達だけど、……言っちまえば親友みたいなもんだ。

 「はいはい、愛してんねぇ」

 「喜べ、百回目の否定だぞ」

 「記念品くれる?」

 「拳骨でいいか」

隣の席へと移動する緑を目で追いつつ実際には十回目くらいの否定を告げる。

こいつは俺と志奈の関係を知っているのに何故か頑なに俺たちをくっつけようとする厄介な男だ。

考えたくも無いがじれったい関係だと思ってる節がある。

 「んで、今度はどうしたの?また掃除当番?」

 「いや、今度は図書委員の雑用…・・いや花形なのか?分かんねぇけど面倒そうな仕事なのは確かだな」

今更考えても仕方のない事は放っておいて本題に移る。

緑は一人しかいない俺の親友だ。志奈の性格とそれのせいで俺が悩んでいるのを知っている唯一の男友達であり、本当に困った時に頼っている相手。

つまり今回のような場合にはうってつけなわけだ。

 「入れる場所が間違えてる本を並べ直してる、とか?」

 「あー、まぁ、それもやってそうだよなぁ」

 「はは、別件か」

冗談半分のつもりで言った内容が否定されなかったからか半笑いする緑。

実際問題として、志奈ならやっててもおかしくなさそうなのが怖い。それこそ志奈がやるべき仕事ではないが頼まれれば断らないだろう。

 「ちょっと前にアンケート取っただろ?増やしてほしい本の。あれを選別する仕事を頼まれたんだよ」

特に隠す必要もないので原因を伝えると、緑は何度か頷き納得したように口を開く。

 「そりゃ完全に川爽の仕事じゃない」

 「あぁ。けど、あいつにその仕事を頼む奴がいるとすると、隣のクラスの子になる」

 「そういや居たっけ。お前可愛いとか言ってたもんね」

 「だったっけか?まぁ、それは何でもいいんだけどさ。もしその子が頼んだとすると、あの子は押し付けられるタイプなんだよな」

 「なるほどな。要はその子も手一杯だったから文句も言えないと」

 「……極端な言い方すればそうだな」

 「……ふーむ」

一通りの事情を説明し終えての沈黙。

何かを考えている様子の緑は腕組をして背もたれに身体を預ける。

 「……そういう場合はだね」

そうして答えを思いついた彼は預けていた体重を直して俺の方へと向き直り。

 「大本をどうにかするしかないかな!」

 「だよなぁ~~~~」

散々勿体ぶった上で俺と同じ結論に至った。

しかし、そんなことをしたところでさらなる面倒を呼ぶ可能性があるので。

 「ま、今回は諦めるしかないね。やったところでメリットが少ない」

 「だよなー。これはどうにもできん」

結局、振出しに戻ってしまった。

 「本当は一番いいのは川爽の考え方を変えることなんだけどね」

 「無理だろうな。仮に替えられたとしても、今までが定着してるせいで変なレッテルを張られかねん。つまりはお手上げだ」

 「はは、さすがに考え過ぎだと思うけどな」

 「そうでもねぇよ」

 「……そういうもんか」

 「残念だけどな」

俺の言葉のせいだろう、緑は少しだけ顔を伏せて答える。

人の関係っていうのは至って単純だ。

自分にとって有益か否か。

たったそれだけで人は他人の良し悪しを判断して決めつけることができる。

実際の人格なんて一切関係ない。俺たちが見てるのは結局のところ有益か否かだけなんだ。

……それを俺は痛いほど知ってる。

 「よ。どうした、二人とも」

少しだけ沈んだ空間にいた俺たちに届く女性の声。

 「お?珍しいね、こんな時間に」

その主はクラスメイトの少女・美野 実乃(みの みの)。

肩口まで髪が伸びている志奈とは違い、首元に触れる程度の長さの髪を持つ女生徒だ。

陸上に所属している彼女は放課後である現在、部活にいっているはずなのだが。

 「ん、あー部活?今日はなんか、顧問来ないし、部長のやる気が起きないしで自主練になったから帰ってきちゃった」

 「ははは、相変わらずだね、あの人」

 「ね。そんな力入れてる部じゃないとは言っても結構だよね~」

返事を返した緑の方へと向かい適当な席の椅子を拝借した美野は俺たちの机の間に入る形で椅子を置いて座る。

 「で、今日も志奈ちゃんの事??」

 「そういうこと。いい加減すごいよ、こいつも」

ケタケタ他人事のように笑い緑は俺を指さす。

 「だねぇ。まぁ、気持ちはわかるけどね。ほっとくと志奈ちゃん、過労死しそうだし」

それに対して実乃は同じく冗談を口にした。

 「はは、冗談になんないぞ美野」

 「マジ?」

 「マジ」

のは分かるが、正直冗談で済むとも言い切ることが出来なかった。

 「気のせいかもしれないけど、最近特に頼まれるようになってる気がするんだよな。美野から見てどう思うよ」

 「私から見て?……んー、そうだなぁ」

俺と志奈と美野の三人は小学校から付き合いがある。

中学までは彼女も志奈の事を心配して、頼まれ事を手伝ったりもしていた。

だが、最近は部活が忙しいらしくて放課後なんかにはそんなに会えなかった相手だ。

珍しい機会だし、彼女の意見も聞いておきたい。

 「……そう言えば、ちょっと前にウチの部の手伝いしてたかな」

 「……マジ?」

解決策に繋がる何かーーを期待して聞いた矢先に教えられたのは更に頭を悩ませる言葉。

志奈が直さなければならない問題点の一つだった。

 「マジマジ。って言っても、そんなハードなのじゃないけどね。先生が職員室に忘れたストップウォッチを代わりに取ってきてくれたって感じ」

 「なんだそりゃ。自分で取りに行けよ」

 「私もそう思ったんだけどね。何か、直前までその先生に用があったらしくて、忘れてたのに気が付いたから届けに来てくれたらしい」

 「……他の手伝いから連続してたって事か」

 「さぁ、そこまでは。顧問は学年主任だからね。自分の用があって見送った後に気付いたのかも」

 「……まぁ、それじゃあ仕方ねぇか」

美野の推測を聞き、恐らくは俺でもするであろう理由によって納得せざるを得なくなる。

せざるを得なくなるのだが……。

 「もうちょいずるしてもいいだろー?」

 「俺なら気付かなかったフリするなー」

 「ねー。真面目だよね、ホント。頼まれごとされるのも納得」

 「こういうところから変えるべきなんだよなぁぁ……」

根本的な解決を望むのなら、間違いなくこの[ずるできない性格]だろう。

確かに、本来ならこれは美徳だ。神様がもしいるのなら志奈のこういった性格を鑑みて死後の行き先を考えるんだろう。

しかし、彼女の場合徳を積むのはもう充分なはずだ。今後、犯罪でも犯さない限り天国行は決まってる。

……なんて考え方は流石にオタクっぽい気もするが。

 「……ったく、しょうがないーなー六花は」

 「あん?」

いつの間にか天井を見上げて いた俺の顔を覗き込んでくる緑。

その顔はどこか自身に満ち溢れ、蠱惑的だ。

 「今日は珍しく俺たち四人が開いてる日だ。ってなると、普段できないこともできるようになる。それはなんだと思う?」

微笑みを浮かべたまま問うてくる緑に眉を寄せる。

話の流れから察するに解決手段が見つかったってことなんだろうが、だとしたら勿体ぶらずに言ってほしい。

 「……あ。私分かった」

俺と同じく悩んでいた美野は組んでいた腕を解いてひらめいたと口にする。

なんだ?そんなに簡単な事なのか?

 「お、流石は次期陸上部のエース。脚だけじゃなくて頭の回転も速いな」

 「上手くないよ、それ」

 「同感だ。だからドヤ顔やめろ」

 「えー、いいだろ別にー」

自分では上手いこと言えたと思っていた緑は唇を尖らせて不服気に文句を口にする。

 「って、そんなことはどうだっていいんだよ。答えを教えてくれ」

 「えーどうしよっか……」

 「放課後四人で行動すれば答えが見つかるかも、ってことだよ」

この上散々勿体つけようとしてくる緑の言葉を遮り告げられた答え。

……なるほど。言われてみれば四人で一緒に帰るってのは少なかった。しかも、今日みたいに三人で志奈の問題を考えながら、というのは一度もない。

 「結構ありかもしれないな、それ。でかしたぞ緑」

 「………はいはい、そうでしょー」

 「六花くんで遊べなかったからっていじけないの」

 「あーい」

露骨に落ち込んでいる緑の両肩を後ろから掴んで二度三度揺らす美野。

カクンカクンと振れるのも気にせず、緑は生返事を返す。

 「…あれ?珍しいね、実乃ちゃん。部活は?」

いい加減人もいなくなった教室に入ってきたのは話題の中心である志奈。

それなりに時間がかかっていて、手していたクリアファイルがないところを見るに図書室まで行って直接渡してきたのだろう。

机に入れてメッセージでも送れば済むことなのに。

 「あ、タイミングいいよ志奈。今から遊びいこ」

 「え?いいけど、部活は……」

 「いーのいーの。ほら、ポンコツ二人もさっさと準備して!」

 「「うおっ!?!?」」

小首を傾げている志奈をよそに、少し離れている緑の机から彼のカバンを持ち出し本人に放り投げる美野。

そのカバンは狙い違わず緑の元まで届くが。

 「ば、お前!中身入ってたらどうするんだよ!!」

見事に顔面に当たり、若干涙目だった。

 「どーせ置き勉してるんだからへーきでしょ。お昼だって今日は購買だったしねー」

 「……まぁ、そうだけど」

ついでに特に悪びれてる様子もなかった。

 「ってことなんだが、どうだ志奈。たまにはみんなで寄り道ってのもいいんじゃないか?」

 「……そうだね。こんな機会、滅多に無いし!」

傍で繰り広げられる言い合いを尻目に再び誘いの言葉を投げかける。

志奈はそれを笑顔で受け取ってくれた。

 「ん、決まった?それじゃ行ってみよー」 

 「あ、おい美野!」

どうやら待っててくれたらしく美野は緑との言い合いもそこそこに教室を出ていってしまう。

直前まで話していた緑を置いて。

 「ったく!こいつは!!」

その後ろ姿を追うようにして緑も駆けだした。

 「はは、あいつらが揃うとうるせーな」

 「でも、いいよね、ああいうの」

 「……まぁ、嫌いじゃねーな」

 「ふふ、素直じゃないね」

途端に静かになった教室に残された俺と志奈。

互いにそんなことを口にして、置いて行かれないように後に続いた。



                ーーーー  



 驚くほど閑散とした廊下を行き、色んな部活動の掛け声が入り混じる玄関を抜け。

 「校舎から校門まで遠くない?ここ」

 「そーか?どこもそんなもんじゃね?」

 「元陸上部なのに動くの嫌いだよね緑って」

 「確かに言われてみるとそうだよね。なんでだろ?」

俺たち四人はチラホラと帰路に着く自転車組の横を過ぎて学校を後にする。

 「えー、だってめんどくさいし。疲れるし」

 「えー?だからいいんじゃん。めんどくさくても疲れても、やったらやった分だけ返ってくる。それが運動でしょ?」

 「そーかぁ?少なくとも俺はだいぶ貸しがあるけどなー」

だらりだらりと進んで行く俺達。

向かう先は恐らく商店街。

明確な目的も無く歩いているので、途中曲がるはずの道を真っ直ぐに行って河川敷に出る可能性もある。

 「それ、さてはさぼってたんじゃないのー?頭使って努力しないと身につかないって言うよ??ねぇ、六花」

二人の会話をぼうっと聞いていた俺に、美野が突然話を振ってくる。

 「のめり込むって事無いから分かんねーや。志奈は?」

それでもそれとなく話を聞いていたのでそれっぽく返事を返して手早く志奈へとバトンを繋ぐ。

なんていうか、この手の話はあんまり得意じゃない。

 「私もどうだろう。[上手くなりたい]って思って何かした事は無いかな。学校の勉強とはちょっと話違うだろうし」

 「意外!私の中で志奈って結構野心家のイメージあったから、実はストイックなんだと思ってた」

 「そんなわけないでしょー?確かに真面目かな?って思う時はあるけど、上昇志向なんてないよ」

 「へー、本人が言うって事はそうなんだな」

 「うん。嘘ついても仕方ないもん」

志奈の言葉で上がる笑い声。

なるほどなるほど。確かにこいつの言う通りだ。こんな事で嘘を吐いても仕方が無い。

 (((思ってたより重症だなこれ~~~~)))

[遊びに行く]という提案だけしてアテも無く進んでいた俺達……というのは勿論嘘だ。

商店街へと続く曲道までに俺達がすべきことだった志奈の認知度合い検査。

その結果導き出されたのは重症という、要治療状態。

 (あれだけ人の手伝いしてて野心家じゃないってのは嘘でしょ~~~???)

 (一度にまぁまぁの数の手伝い頼まれてた事あってもちゃんと全部終わしてたのに下手ないわけないだろ……)

 (全部嘘であってくれ……)

元々滅多に嘘を吐く人間ではないのを知っているため、さっきまでの発言は全部真実なのだろう。

真実なんだろうけど、問題だ。

 「ん?みんなどうしたの??」

 「「「いや、ちょっと(ね)」」」

何も分からないですと言わんばかりの顔をしてこちらを見る志奈。

何も分かってない彼女の顔を見ると、非常に頭にくるものがある。

 「……うん、おっけい。今日は商店街であそぼっか」

 「え?う、うん。それは構わないけど」

話しの流れとしては全く繋がっていなかった美野の言葉に首を傾げて頷く志奈。

ナイスだ美野。強引にでも行く場所を決めてくれたのはありがたい。

 「ってなるとどこに寄るかだよな。ゲーセンとか?」

 「か、もしくはファミレスとかその辺で話すとかじゃね?」

 「志奈はどこがいい?」

 「え、私?」

矢継ぎ早に決められていく今後の流れに僅かに目を泳がせる志奈。

 「……私はゲームセンター、かな」

ほんの少し思考を巡らせた後、答えたのは緑が最初に提案したゲームセンター。

……困ったことに、これも想定内だった。

 「あー、わりぃ志奈。俺あんまり金持ってきてねぇや」

 「えー、なんだよそれー。ちゃんと持ってきてくれよ~」

 「わりぃわりぃ」

ポケットから取り出した財布の中身を確認しながら志奈の言葉を否定し、同時に緑に注意を受ける。

 「全く、これだから六花は。志奈も言ってやんなよ」

 「え~……バカ??」

 「……こ、こいつら」

本来ならそうそう悪口を言わない志奈は、美野に乗せられて俺に悪態をついてきた。が、そう言いたいのは俺の方だ。

 「何と言われようと無い袖は振れない。今日はファミレスみたいなところだな」

 「「ぶーぶー」」

 「うるせー豚共」

 「あはは」

と、ここまで言い合いをしてきたが当然これも演技。

周りに合わせるのが上手い志奈なら、提案された中でも俺達三人が好むような場所を選ぶのは分かりきっていた。

それをあえて彼女に選ばせたのは、俺達の共通認識をより確実なものにするため。

 「まーいっか。久しぶりにパフェとか食べたかったしね」

 「あ、私も!最近全然甘い物食べてなかったから楽しみ!!」

文句もほどほどに行き先を決定し、タイミングよく差し掛かった道を曲がって商店街へと進んでいく。

少し進んで最初に目についたのは、恐らくこの辺りで最も繁盛しているであろうゲームセンター。地方寄りのこの地域は大きなゲーセンが少なく、学校からも比較的近いここは連日人が訪れている。

 「あーあ、ホントだったらここだったのになー」

 「うるせー。しつこい男は嫌われんぞ」

 「準備の悪い男とどっちが嫌われるか勝負してみるか?」

思い出したかのように文句を言い合い横を通り過ぎていく。

演技が徹底してるのか本音なのか、詮索するのは別の機会にしてやろう。

次から見えてくるのはスーパーや個人経営系の販売店と電気屋。

時間的に少しずれているからかそれほど客はいない。

 「あー、そうだ。後で携帯充電器買わないと。志奈も一緒に行く?」

 「うん。日にち決まったら連絡して」

 「今から行ってみるか?」

 「ううん、平気。まだなんとなくしか欲しいタイプ決めてないから」

繁盛してるのか怪しい電気屋を過ぎてやっと見えてきたのは目的のファミリーレストラン。

下校時間と被っているからだろう。窓から覗ける客席はそれなりに埋まっているようだ。

 「混まない内に入るか。それともどこか先に寄るとこある?」

 「んー、私はないかな」

 「私も」

 「俺も平気」

 「おっけー」

緑の言葉をそれぞれ否定し、ファミレスの扉を開ける。

電子音のような鈴の音が響き、続いて聞こえてきたのは女性店員の声。

 「何名様でしょうか?」

 「四人です。できれば喫煙席から遠いところで」

 「かしこまりました。丁度開いていますのでご案内いたします」

 「すいません、ありがとうございます」

先頭にいた緑が店員に要望を伝え、問題なく容認された俺たちは案内されるままについていく。

そうして到着したのは店の中でも一番端。喫煙席から最も遠い窓際の席だった。

 「後ほどお冷をお持ち致します。ご注文がお決まりになりましたらボタンを押してお申しつけ下さい」

席に初めから置いてあった二つのメニューを開き、座っていく俺たちの前に来るよう置いていく店員。

見開きいっぱいに載っているのは旬の食材を使用した何種類かの限定パフェだ。

 「それでは」

店員は一言残しテーブルから去っていく。

 「これ美味しそうじゃない?栗のやつ!」

 「ざくろといちじくのとかあるんだね。珍しー」

店の思惑通りにパフェのページに視線を送る美野と志奈。

ターゲット層が完全に学生だからか比較的安価な表記で、写真だと量は多い。

 「けどこういうのって結構詐欺するんだよな。アングル完璧か?みたいな撮り方して」

が、この手の写真は大体ウソだ。期待して頼んでみたらあんまりにも……というのが何度かある。

 「超分かるわ。特に観光地のとかだよね」

 「お、分ってくれるか。おかげで安易に頼めなくなっちまうんだよな~。興味は湧くのに」

 「「な~~」」

しかもこの認識は共通らしく、隣に座っている緑も同じことを考えていた。

 「うっわでた。男子特有のイメージ写真ディス。まんまお父さんなんだけど」

 「あはは。六花の悪いところだよね。気持ちは分かるけど、お店で言うのはよくないよ」

などと文句を言っていたからか、正面に座る美野と志奈に嫌な顔をされてしまった。

 「つってもなぁ。店に来ないとそんな話題にもならないし」

 「じゃ、話さなくていいってことだよね。はい、解決解決」

 「……まぁ、そうか」

ぐぅの音も出ない正論に顔を見合わせる俺と緑。

 「ふふん」

勝ち誇っている美野の顔は中々にムカつく。

 「じゃ、決めよっか!」

 「うん!」

正論を口にした美野は気まずい顔をした俺たちを他所に、志奈と一緒に本格的にメニューを見始める。

 「……俺たちも決めようか」

 「だな」

それに合わせ、俺も緑と一緒にメニュー表を覗き込んだ。



                 ーーーー



 「……ホント、あんた達ってデリカシーっていうか、何にもないよね」

 「ん、そうか?」

 注文してからおおよそ三十分後。

それぞれの目の前に頼んだ料理が届く。

俺の目の前である美野はモンブランパフェDX、その隣に座る志奈は安全策を取ったのか桃パフェリトルだ。

 「………ダメとは言わないけど、かな」

 「けど、ファミレス来たらこれだよな?」

 「だな。俺らはいっつもこれだ」

華やかに甘味が香る二つのパフェの目の前に置かれている俺たちの料理。

彼女たちのスイーツにも負けないだけの芳醇な香りが辺りを満たし、彼女たちのパフェにはない〔聴覚〕にも訴えてくる極上の料理。

それは……

 「ミックス」

 「グリル」

 「「キング!!」」

このファミレス一押しのがっつり料理[ミックスグリルキング]。

ハンバーグと三切れのステーキ肉に始まり、濃いたれで味付けされた後味引く豚バラ肉に傍を彩る極太のエビフライ。

付け合わせの範囲を超えたフライドポテトはそれぞれの肉に掛けるために用意されたソースを十二分に吸い取って背徳的な味を演出し、心ばかりと用意されているミックスベジタブルは既に肉汁の海に浸り野菜感はゼロ。最早触感の豊かな別の何かに変わっている。

付け加えて喜ばしいのは……。

 「はいはい。いつまでも見てると胸焼けしそうだからさっさと食べちゃって」

 「「……はい」」

思えば久方ぶりの逢瀬に思わずテンションの上がっていた俺……と緑。

あからさまに多いライスに感極まり、胸を高鳴らせていたところで美野の鋭い催促が入ってきてしまった。

 「(……鋭い突っ込みだったね。ナイフだけに)」

 「(上手いぞ緑)」

 「死ね」

 「……今のは、ちょっと」

とにもかくにも、それぞれの料理が揃ったので雑談もそこそこに食事を進めていく俺たち。

その会話の内容も、表立ってはただの他愛のない話だが、裏に秘められた真意は志奈の問題をより明確にするためのモノ。

結果として分かったのは二つだった。

一つ、実は俺たちに対してはあまり気を使わないこと。

ここに来る前にゲーセンをあえて提案したと思われる志奈は、ファミレスに来てからはそれほど同調的意見は見られず、自分の食べたい物・好きな物をしっかり口にしていた。

なのでここに問題はない。仮に欲を言うのなら、俺たちの前では一切気を使わないでほしいってところくらいか。

ただこれが無理なのは俺たち三人は充分に理解している。親しき中にも礼儀ありーーではないが、やはり友人同士とは言え……いや、だからこそ気を遣わなければならない時がある。だからここは問題ない。

そう、問題なのは二つ目。

 「そう言えば本を選ぶ手伝いしたんだって?よくやるよね~志奈もさー」

 「そうかな?」

 「そーだよ。普通やらなくない?めんどくさいし」

 「まぁ、そうかな……。でも、お願いしてもらえるってことは、頼ってもらえてるってことだと思うし、無下にはできないよ」

かなり確信を突いた美野の言葉に微笑みを浮かべて答える志奈。

これが二つ目にして一番の問題。

[面倒なのを分かった上で頼られるからやっている]ということだ。

 「へえー。でも、やだなーって思う時とかない?」

 「……それは、確かにあるかもだけど、けど、結局は誰かがやらなきゃいけないんだったら、私が終わらせちゃった方がそれ以上時間かからなくて済むからいいと思うし」

苦笑いにも似た笑みを浮かべて理由を口にする志奈。

その発言は一見納得できるような内容ではあるが、実際はその逆。

厄介事は自分が被れば丸く済む、と思っているに他ならない。

 「……なー六花。トイレいかね?」

 「ん、奇遇だな。俺も行きたかったところだ」

 「え~ご飯の時は我慢しなよ」

 「無茶言わないでよ。美野だって我慢できない時くらいあるでしょうよ」

 「はいセクハラ。さっさと行ってきなー」

美野のテキトーな発言を緑があしらいつつトイレへと向かう俺達。

道中、思いのほか増えていた来店客に驚きつつ男子トイレの中へと入って行く。

 「……どうする、六花」

 「俺もそれが聞きたかった」

誰も居ないトイレ内で洗面器に身体を預けて問うてくる緑に全く同じ質問を返さざる得ない俺。

 「川爽、相当ヤバいね」

 「全くだよ。まさかここまでとは思ってなかった」

互いに顔を見合わせて出てくるのはため息が一つ。

『結局は誰かがやらなきゃいけないんだったら、私が終わらせちゃった方がそれ以上時間かからなくて済む』という志奈の発言。

確かにこの考え方は間違っていないだろう。

後回しにされた結果、必要な時には一切手が付けられておらずそこで時間を喰ってしまう……なんていうのは、十数年しか生きてない俺ですら何度も経験がある。

そう言った時に始まるのは決まって犯人探しと、『見つけるのをやめて先に進もう』、といった旨の発言。

これら二つは必ず起こり、そのせいで関係者全員に苛立ちが蔓延する。

そうなれば最後、最終的には上手くいったとしてもどこかで必ず[問題]が後を引きずり、各々が出した犯人と、極力関わらないようにしようと決めてしまう。

これがあまり関わりのないグループで起きるのならまだいい。

一番厄介なのは学校のクラスなどの一定期間確実に行動を共にするグループで起きた場合だ。

グループ間の雰囲気は悪くなり、余計な不和を招きかねない。

……といった一連の面倒事を、解決できるうちに解決できる人間が解決する、となるのは筋が通る。

だが問題はその[解決する人間]が、常に同じ人間であるという事だ。

 「川爽の口振りからするに、嫌だ、って思ってる時もあるっぽいけど」

 「だろうな。俺の知る限りあいつは結構抜けてるところがある。そんな奴があんな面倒なことやってるんだ、ストレスを感じないわけがない」

小学校から一緒に過ごす時間が増えて以来、分かっているのは志奈は抜けているーー具体的に言えば忘れ物が多かったりする。

教科書などの大きな物は滅多にないが、消しゴムや色マーカーなど、こまごまとした物は今でも時々忘れてる時がある。

 「あんまりそんなイメージ無いんだけどなー」

 「俺以外にお願いしてるところは見た事無いからな。高校までずっと一緒だし、言いやすいんじゃねーか?」

今までの志奈を思い出しながら小首を傾げる緑に俺なりの理由を伝えるだけ伝える。

普段の彼女しか知らなければ俺の言っている言葉はあまり信じられないだろう。

そう言えてしまえるくらい、他の人の眼に志奈は真面目な人物として映っている。

 「……ま、お前がそう言うんならそうなんだろうけどさ」

 「………どー言う事だ?」

薄く笑いこちらを見遣る緑に思わず強い言葉が出てしまう。

 「だって、ねぇ?ずっと片想いなんでしょ??」

その理由はこれ。

 「……うるせー」

 「はは、照れるな照れるな」

俺と緑しか知らない、俺の好きな人の話だ。

 「ホンット、キモイよなお前。ストーカー?」

 「っしゃーねぇだろ!……気になっちまうんだから。どうしても目で追うんだよ」

こいつに言われるまでも無く俺のしてる事は気色が悪い。

昔から引っかかっていたこととは言え、それを未だに気にして遂には今日だ。

諸々が志奈にバレた途端に俺に対する評価は激下がり。一瞬でキモイ変な奴になるのは明白だ。

 「…だからってほっとけねぇだろ。好きな人がずっと損な役割やってるなんて。しかも、嫌だって思ってるのに」

けど、それで構わない。

最終的に志奈が今の嫌な役目から逃れられるのならなんだっていい。

出来れば、その後も同じ目に合わないようになってくれるのが一番いい。

 「はいはい頑張って。俺も極力手伝うからさ」

そんな気持ちの悪い俺に、緑は付き合ってくれている。

もしも今後、志奈に俺のやっていた事がバレたとしたら、何が何でもこいつの潔白は証明してやらなきゃな。

 「悪いな、本当」

 「ま、しゃーないよ」

自然と下がってしまった頭に伝わる暖かな熱。

 「ずっと一緒に居たんだから気になって当然。気になった後は恋煩いまで一直線。よっく分かるよ。ホント」

 「……ああ」

それはあいつの掌の温かさで、同時に心の温かさでもあるんだろう。

 「さ、そろそろ戻ろう。やる事は決まったんでしょ?」

 「勿論だ。あいつが嫌なんだと分かった以上、迷う理由は無いからな」

 「おう。ならとことん手伝ってやる」

出口へと向かう緑に続きトイレを後にする俺。

緑と考えを交わした事で決心は固まった。

 「お待たせ。なんか頼むの?」

 「あ、遅い!もうポテト頼んだ!」

 「マジ?俺ら結構食ってるんだけど」

席へ戻り、メニューを眺めている美野に軽く睨まれながら俺達は座る。

 「そんなの知らないし、別にあげるとも言ってないでしょー」

 「げ、マジかこの女」

 「はー?緑に女呼ばわりされるいわれはないんだけどー」

最早定番となりつつある二人の言い合いを横目に飲み物を口へと運ぶ。

それとなくついた一息の後、二人の言い合いが終わるのを見計らい。

 「なぁ、今度みんなでどこか行かないか?」

いずれ行うだろう作戦の為の下準備を提案した。




to be next story.

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