第6話・誰もが役者。我を忘れると突き抜ける件。

急遽決まった、BARの客同士で行う即興寸劇。テーマは特にない。ただ、キャラ設定があるだけだ。


「では、魔法の国からやってきたお客様から、何か話し始めてください。その後は、話した人が次の人を当てていくスタイルでいきましょう!」


マスターのその一言から、即興寸劇がスタートする。


「マハリークマハーリタ、ヤンパラヤンヤンヤン〜♪今日は魔法の国からやってきて、みんなに魔法をかけに来ましたよー!」


いきなりスタートした即興寸劇にうろたえることもなく、完全になりきっている。まるで台本があるかのように、独自の世界観が表れている。


「今日は、わたしは先に退店することになりますが、皆様に魔法をかけて帰りまーす!絶対に忘れないでくださいね。今から、明日の朝に起きた瞬間に言葉に出したことは、絶対に叶う魔法をかけていきますねー!起きた後に、夢を言葉にすることを絶対に忘れないでくださいよー!ヤンパラヤンヤンヤーーーン!!」

 

不思議なものだが、その瞬間は本当に魔法がかかっているかのように、全員の表情が無邪気な笑顔に包まれていた。まだ疑うことを知らない子供の頃に、心から信じて夢見た世界に、いま存在しているかのようだ。


「では、わたしはそろそろ、おいとましますねー!次は、イケメンのお兄さんどうぞー!ヤンパラヤンヤンヤーン!!」


魔法の国の住人は、最後まで魔法の国の住人を全うして店を去っていった。


「おいぉい・・・!いきなりハードル高いだろう・・・」


そう語り始めたのは、イケメン20代男子。演じているのは女性である。ハードルが高いと言いつつ、まんざらでもないパフォーマンスで役になりきっていた。


「マスター、わりぃな・・・。ちょっと一杯もらっていいかな?俺、あんなの見せられたら、シラフで無理だわ・・・。」


うろたえている様が、すでにイケメンである。この人も、完全に役に入り込んでいる。女はみんな女優だと言うが、本当にそうであることを私は目の当たりにした。


こうして10名ほどの客が、一人一人自分が決めた役になり切って演じていく。みんな見事になりきっている。その最後に回ってくるのが私であり、決めた役柄は「大阪のおばちゃん」である。


「ところで、大阪のおばちゃんは、どうなの?」


そうこう考えているうちに、私の番が回ってきた。程よくお酒もまわってきていることもあり、ここらで振り切って演じてみよう。


「もーっ、あんた、ほんまビックリするわ〜!!いきなりおばちゃんに振られたら困るやん!こう見えて、シャイなんやで。シャイ。えっ?そんな風に見えへんって?なに言うてますねん、そんなふうに注目されたら恥ずかしいでんがな!」


私は軽快なトークで、大阪のおばちゃんを演じてみせた。すると、BARの空間が居酒屋になったように一気に大衆くさくなる。が、それと同時に大きな笑いに包まれていった。


「ほんで、そこのイケメンの兄ちゃん、あんたカッコええがな!おばちゃん惚れてまうかもしらんで。そや、ちょっと、あんたに飴ちゃんあげよ!」


きょうび、大阪人でも使わないコテコテの大阪弁を使いながら、鉄板の飴ちゃん

アクションをすると、会場がさらに笑いに包まれていった。気持ちいい。なんて気持ちいい夜なんだ。


「ほな、おばちゃんまた3軒目にいくから、この辺でおいとまするわ〜!また来週ハシゴしてBARにも寄るからな〜!みんな絶対、来週も来るねんでー!ほなねー!!」

 

こうして、即興寸劇は予想を超えた盛り上がりを見せた。ふと時計を見ると、夜が深くなっている。心地よい余韻に浸りながら、私も先に退店することにした。


「なんかよく分からんけど、また来週もあのメンバーに会いたくなるよな・・・。あっ、そうだ。起きた時に言葉にしたことは叶う魔法を、魔法使いさんがかけてくれていたよな。明日の朝は忘れずに、起きてから願いを言葉にしてみようか。」


忘れてしまいそうだったので、私は紙とペンに願いを書いて、枕元に置いておくことにした。起きたらすぐに、思い出せるようにして。


何が起きるか分からない、客同士のコミュニケーションで織りなす異色の世界。


眠る前にふと我に還ると、興味本位で1度来店しようと思っただけの私が、来週もBARに行く前提で想像力を膨らませていた。

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