変なやつに取り憑かれました、相変わらず世の中上手く見えません

Ciielo

とばっちり

昼下がり、つまり夕方。


俺は誰もいない教室で、一人、黒板を掃除していた。

白く汚れた黒板消しを手に持つと、窓から身を乗り出し、叩いて綺麗にしていく。


ふと、遠くを見れば西陽に輝く山が連なっていた。


「そろそろ、梅雨の時期だな」


日本人の多くが嫌いであろう時期がもう迫っている。

二年生に進級し、クラスの面子も見慣れた頃だった。


この頃になってくると、ヒエラルキーも定まって、

クラスの中でもいくつかグループが出来上がっていく。


特に女子なんかはその傾向が顕著だった。

一人も友達が居ないような俺には関係のない話だが。


白いチョークの粉が舞って、服にこびりつく。

ある程度叩いてから身綺麗にすると、

黒板の粉受けに黒板消しを置いた。


ふと、その時、女子達の話し声が廊下から聞こえてくる。

聞き覚えのある声から、同じクラスのグループであることに気付くと、

俺はなんとなしに教壇の裏に隠れた。


この行動にはあまり意味はないが、変に絡まれても面倒なので

息を潜めてどこかへ立ち去るのを待とう。

そんな魂胆だった。


「んでさー、昨日の場所に隠してきたってわけ、それ言った時のあいつさ、

顔青くしてて笑ったわ」

「マジ?どこに置いてきたのさ」

「んー?ほらあったじゃん、第一?会場みたいなところ

あそこのステージの上だよ」

「ちょっ、あの奥のとこ?あいつ絶対取りに行けないじゃん、ウケる」


二人の馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。

内容はよく分からないが、碌でもないものだろう。声の主達は

クラスの中でも好き勝手にやっているグループのものだった。


「ちょっと、すばるー携帯なんて弄ってないでさー

あいつが携帯とクソ陰キャの教科書、持って帰れるか賭けようよ」

「別に、どっちでもいい」

「えー…私は無理な方だと思うんだけど、てか一人だし

漏らすんじゃね?」

「それ、だって新月ってビビリだから」


クラスの扉が開かれて、女子達が入ってくる。

声と、いつもの様子からして三人の女子がここにいるようだ。

隠れているので確信は出来ないが、恐らくそうだろう。


他の二人の容姿などは思い出せないが、一人、昴と言われた女子の顔だけは覚えていた。

東海 昴あずうみ すばる、肩あたりまでの地毛の茶髪を伸ばした、言ってしまえばギャル。

成績なども優れているらしく、容姿も日本人離れした整った顔立ちをしており、

クラスの中では一目置かれている生徒だ。


本人はそんなことどうでもよさそうだが。


まぁ、彼女のことはいい。

問題は彼女の所属している女子達がいじめをしていることだ。

そして、その対象は俺の隣の席の女子。


先程の会話からして、いじめられている彼女は、携帯を隠されたらしい。

ついでに言えば、誰かの教科書も一緒に。


更に言えば、机に置いていた俺の教科書は今朝に忽然と消えていた。

つまるところ、俺の教科書は彼女達の手によってどこかへと隠されてしまったということ。


面倒なことで。


「んじゃ、明日になってから結果聞こーよ。

どうせ無理だろうけどね」

「あんたも震えてたくらい怖がってたもんねあそこ」

「いや、びびってねーし、何、もう一回行く?」

「無理無理、怖がってなかったの昴だけだもん、ねー?」

「……幽霊なんて非科学的なものを、怖がる方が馬鹿馬鹿しいから」

「うわー、流石肝の座り方が違うなー…あんたとは大違い」

「あん?なんだって?」


楽しそうに談笑しているところを悪いが、どこに隠したのか聞けていない。

俺は、溜息を大袈裟に吐くと、教壇の裏から立ち上がって顔を出した。


「どこに隠したんだ?俺の教科書を」


一瞬、場が静かになり、二人の女子の視線が急に現れた俺に集まった。

東海だけは机に腰掛けて、興味なさそうに携帯を触っている。

妙にデカいストラップ付けてるな。


「ちょっと、何、隠れて会話聞いてたわけ、きしょ」

「マジ意味分かんない、てかなに、なんの用」


随分と辛辣な言葉だ。

俺もお前らが大事な教科書を隠さなければ、話すこともなかったんだがな。

お陰で今日は教科書なしで何教科か授業を受けることになった。


借りるなんて選択肢はない。

俺がそんなこと出来る奴なら、もう友達百人はいるだろう。


「いや、お前らが俺の教科書を隠したんだろ、どこにやった」

「はー?何、決めつけ?そんなん知らないし」

「自分で探せば?無ければ買えよ」


ダウト。

そもそも会話を聞いていたのもそうだが、俺は体質で人の嘘が分かる。

まぁ、それのお陰で俺は人間不信を患っているけどな。


「全部話聞いてたんだから、分かるに決まってるだろ、お前らアホか」

「はぁ?きも、何言ってるわけ?うちらが隠したとか。

自分でどっかに忘れてきたんじゃない?」

「やめなよ、ゆーき出して言ったんでしょ?偉いねー…調子のんなよ」


二人して睨み付けてくる。

そんな目で見られても興奮出来ない。いやここで発情したら変態だが。


しかし、場所の検討は既に会話の内容から予測が付いていた。

ここら辺で幽霊が出そうで、学生が立ち入れる場所なんてそうそうない。


俺は窓から見えていた山に向かって指を差した。


「あそこの山にある廃ホテルだろ。

ここらで心霊スポットなんてあそこくらいだ」


そこは有名な場所だった。

バブル時に建てはいいが、経営難から廃業し、そこの総支配人が首を吊ったそうだ。


以来、建物の建て壊しをしようにも、相次いで業者達が体調不良などを訴え、

潰すに潰せず、立ち入り制限をしているだけの廃墟。


そこに無断で足を踏み入れるどころか、物を隠すなど罰当たりな奴らだ。


「…だったら探してくれば?見つかるかもね、うざ」

「もう行こうよ、こいつキモいし」


そう言って女子二人は教室を立ち去ろうとした。

様子からして当たりみたいだな。


「ほら、昴行こ」

「……いや、ちょっと忘れ物取ってから行く」


東海は言いながら携帯を弄っている。

そんな彼女を置いて、女子二人は教室から出て行った。

教室には俺と東海だけになる。


何、忘れ物って俺の命とかなの。殺されるの?


俺は自分の席から荷物を取り出すと、さっさと教室を出ようとした。

触らぬ神に祟りなしだ。


「待てよ」


声が一言。

しかし、待たない。俺は教室の扉を開いた。


待てと言われて待つ奴なんていねぇよ。


「おい待てって、あんた、細かい場所知ってんの」

「第一会場だろ、んで、隠し場所は…分かりやすい場所にあるだろ、多分」


きっと、恐らく、メイビーな訳だが。

てか東海は何がしたいんだ。

俺なんか呼び止めても時間の無駄だろ。


教室から出て、廊下を歩いていると、後ろから東海が追いかけてきた。


「入り口の左側に館内見取り図があるから、それ見て、

んで、場所は舞台の上のどこか」

「ご丁寧にどうも、なんでそんなこと教えるんだ」

「迷惑掛けたから。あんたの教科書を隠したなんて知らなかった」


嘘は吐いてない。

だが、それにしたって少し言っていることがおかしかった。


「じゃあなんだ、新月には迷惑を掛けていいのか」


俺の言葉は静かな廊下に響いた。



なんの理由があるのか知らないが、いじめている新月じゃなくて

他の人に迷惑を掛けると謝る。


どうにもやっていることが理解が出来なかった。


そう言うと、隣を歩いていた東海は立ち止まった。

俯いて、表情はよく見えない。


「私は……何も言ってないし、勝手にやってるのはあいつら」

「そうか、ならそうなのかもな」


だとしても、お前が関わってることは変わりないと思うが。

そう思ったことは口には出さない。必要ないからだ。


なんか知らんが色々事情があるらしい。


「まぁ好きにしろよ、じゃあな」


立ち止まっている東海を置いて、俺は先に進んだ。

少し後ろから東海も歩いてついてくる。


いや、ついてくるなよ、なんなんだよ。

東海は少し速度を上げて俺の横に並ぶ。


「あんたさ、冷たいよね」


不意に東海が言った。


「何がだ」

「隣の女子がいじめられてるって分かってても、何も言わないし

今も好きにしろって、突き放したみたいに言ってる」

「それがなんだ、お前、俺にどうして欲しいんだよ」

「別に。ただ、言ってみただけ」


隣を歩く東海を横目で見る。

俺より少し高い位置にある、東海の横顔は、窓から見える夕暮れの空と相まって、

綺麗なものに見えた。だが、その表情は何か思い詰めているようにも見える。


コツコツと、廊下を歩いた。


「……俺に出来ることは何もないし、なんなら何もしないぞ」

「そう、だったらなんで、さっきあんなこと言ったわけ」

「なんのことだよ」

「新月には迷惑を掛けてもいいのかって」


今度は俺が立ち止まる。

それに釣られて東海も歩みを止めた。


「特に意味はねぇよ、ただ、疑問に思っただけだ」

「何を?」

「俺と新月の違いだよ。

どっちも物を隠したのに、俺にはまるでフォローするかのように

話しかけてくる。まぁ、新月にも同じようなことをしてるのかも知れないけどな」

「……それはしてないけど」

「だとすれば余計分からないな、何をしたいんだお前」


そう問うと東海がこちらを向き、近い距離で目が合った。

だが、すぐに東海は下を向いて、俯く。

そして、まるで子供が謝るみたいに、言いづらそうに口を開いた。



「……私も分かんない…けど、新月のことはやり過ぎだと思ってる」

「よく分からないが、それだったらお前が止めろって言えばいいんじゃないのか、

あのグループだったら言えるだろ」


そう言われても東海は無言で俯いていた。

というか、そもそもだ。


「んで、なんで俺にそれを言うんだよ」



別に俺に言う必要がないだろ。

こんなことを聞かされても何かが出来るわけでもないのにな。

それともついつい言っちゃったって、やつか?


満月の夜に衝動でポエム書いちゃうみたいな。違うか。


「…まぁ、よく知んないけど、お前次第じゃね」


俺は早歩きで階段まで行くと、振り切るように階段を降りていった。

ある程度してから振り返るが、人の気配はない。

流石については来ないらしい。


さて、教科書は明日も使う物だし、さっさと取りに行きますか。

ついでに、あるなら新月の携帯も探しとくとしよう。


にしても心霊スポットか。

久しぶりにちゃんと準備をしないとまずそうだ。



「めんどくせ」


俺はそう呟いた。







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電車で二駅程度の場所にある、この山に来るのは初めてだった。

舗装された道を歩いて行くと、そのうち建物が見えてくる。


「……あれか」



既に日は落ちて、周囲は暗い。

特に山の中は暗闇に覆われて、独特の空気感を漂わせている。

明かりと言えば、手元の懐中電灯くらいのものだった。



建物に近づいて行くと、寂れた玄関が真っ暗な口を開いていた。

意外にもコンクリート造りの立派な建物だ。

さて、中に入る前に。


「これつけるのもいつ振りだよ」


ポケットの中から俺は数珠を取り出すと手首に巻き付けた。

御守りというよりも、払うために使用するものだ。

強い善性の念が籠っており、霊に触れたり、悪霊を成仏させるような優れもの。


何故こんな物を持っているかと言えば、俺の家系は何故か霊能力者が多く、

特に俺は眼が良いので、それを危惧した親父が俺に持たせた物だった。

ついでに言えば母親の形見だったりする。父子家庭なのだ俺は。


「良しじゃあ、行くか」


いざ探索に。

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