第32話 その後の話
ロジャー・スチュワートとの婚約は無事に成立した。
父がうんと言うまで、ありとあらゆる努力を傾けた結果である。
私も頑張ったつもりだが、後半は力が抜けてきた。ロジャー様、怖い。真剣すぎる。
男の方って、情熱的なのねと言うと、アリシア嬢から怒られた。
「あなたがぬるいのよ。大体、あの偽義母と偽姉はどうなったのよ。修道院暮らしだなんて、あなたにしたことを考えたら生ぬるくない?」
「でも、フェアファックス夫人の話によると……」
二人は別々の修道院に閉じ込められ、
「オースティン夫人は重労働に従事させられていましたわ」
様子を聞きに行ったフェアファックス夫人は、そこは満足そうだった。
「まあ、お気の毒」
「お嬢様!」
怒られた。
マジョリカもまだ生きているらしい。
「死んだ方がマシだと思っているだろうけどな」
その話になった時、父が歯を見せて笑っていたことを思い出した。
「あやつは家に
「ですけれども、アンナは……」
フェアファックス夫人は残念そうだった。
アンナは、みんなが嫌がる食肉用のブタの処理を任されているそうである。
「やはり力が要りますし、品質を悪化させてはいけないので、いつでも寒いところで、その上、夏場は臭うそうで……」
若い娘が嫌がると思って配属されたのだが、それはもう嬉々として働いているらしい。
私はアンナの悪意力を思い出した。首切り役人が適職と言われていた。
「まあ、それは良かったではありませんか。適職ですわ」
フェアファックス夫人の他、アリシア嬢からも怒られた。
「ちょっとは、怒ったらどうなのよ?」
だって、私、ロジャー様と婚約したのよ?
後のことなんか、どうだっていいわ!
「次の学園のダンスパーティは、二人のお披露目のようなものね」
アリシア嬢が言った。
ロジャー様と踊ることを考えると、まるで夢のようだった。
私は相変わらずチビだったが、背だけはかなり伸びた。ちっとも太れないのが悩みだったけれど。
「うちの父をフサフサにしたのは、あなたよね?」
「オホホ」
アリシア嬢には、バレてしまった。私の特技の魔法力のことだけれど。
ちなみにリンカン先生は、あの後、思いを寄せていた同僚の女性教師に求婚して、見事ハートを勝ち得た。髪の毛がないと思うと言い出せなかったそうである。
絶対、髪の毛とは関係ないと思う。だって、すぐにOKをもらっているのだもの。待っていたのではないかしら?
「まさかと思うけど、身長も自分で伸ばしたの?」
「まさか」
私は笑ったが、自分で言って、初めて気がついた。
「は! そうだわ!」
私はガタンと立ち上がった。アリシア嬢は心配そうに聞いた。
「どうしたの?」
どうして、今まで気が付かなかったのだろう。
髪を伸ばせるのなら、体型だって変えられるのではなくて?
身長も、胸も、お尻も、むちむち悩殺ボディか、スレンダー豊満美女か?
「ロジャー様のお好みを聞いてみなくては!」
「やめなさい」
冷静なアリシア嬢に止められた。
「そのままのあなたで、いいじゃない」
「私には向上心があるの!」
「それは違うでしょう?」
ロジャー様に
「絶対にやめてくれ」
ロジャー様の
「君はそのままでいい。そのままの君が好きなんだ」
私が学園を卒業後、すぐに私たちは結婚した。
一秒も待てない人がいたからだ。
父は、まだ、どことなく不満げだったが、それはどうでもよろしい。
なぜなら、どうせ父は相手がウォルマス侯爵だろうと、どこの公爵家だろうと王家の一員だろうと、絶対文句を言うからだ。
新居は、伯爵邸ではなく少し離れたところに住まった。
父は泣いたが、子どもができたら、広い伯爵家に戻ろうと思っている。
それまでは、ロジャー様との生活を楽しむつもり。
アリシアや学園の時の友達や、それから、時々、リンカン先生とベドフォード伯爵が人目を忍ぶように、こっそり、しかし定期的にやってくる。普通に来れば、いいのに。
「あれは何?」
ロジャーが、その二人の様子が気に触るらしくて、聞いた。
「あ、あの人たちは……」
つまり、定期的に毛を生やす魔法をかけてもらいに通っているのだ。
「…………………」
ロジャーが絶句していた。
それはそうだろう。彼は絶対にハゲないタイプですもの。
「ベドフォード伯爵も、新しいヘアスタイルが夫人から大歓迎されて、戦争が終結したので、銀婚旅行に出かけたらしいの」
そう。ロジャーとエドワードの参戦は、この国の戦線に大きな変化をもたらした。
父は、本気で呆れ果てて手紙を書いて寄越した。
『敵が気の毒になってきた』
大火力の練習ばかりしてきたからではなくて、元々、そう言う種類の魔法力の種類らしい。種火起こしなんか到底無理だ。
噴き上がる大
エドワード様の爆風の威力は凄まじく、またコントロールが極めて正確で、ピンポイント攻撃も自由自在だったらしい。
二人は、救国の火龍とか呼ばれて、ご機嫌だった。そして帰ってきた。
おかげでベドフォード伯爵も父も、みんな戻ってくることができた。ロジャー様(とエドワード様)のおかげで!
私は父にそう言った。
「…………ぐぬぬ……」
父を黙らせることができた。
「それで、なんであの二人はこの家に来るの?」
私は、ロジャー様が意外に嫉妬深いことに気が付いた。この質問は二回目である。
「だから、定期的に毛生え魔法を……」
「どうして? 髪は伸びたままだろう? 一回、魔法をかけて貰えば済む話じゃないの?」
「違うわ。髪は抜けるのよ」
ロジャーはハッとしたようだった。いつかのリンカン先生と同様、彼は頭を押さえた。
「あら、あなたは大丈夫よ。お義父様の侯爵だって、上品な白髪頭だわ」
ロジャー様がピクリと動いた。目の色が変わって光った。
「ルイズ……もし、僕に万一のことがあったら、絶対、毛生え魔法を使ってくれ。必ずだ。……今まで、黙っていてすまなかったが……母方の祖父がハゲていたんだ」
「えっ……私が豊満美女になろうとした時は、そのままでいいとか言ってたくせに?」
夫婦の危機だった。だが、ロジャーは身体攻撃に出た。抱きしめてキスしてきた。
「大好きだ。慈愛力の魔法の君が大好きだ。一生大事にする」
言い換えてきたな。何か下心を感じる……けど、うーん、許そうかな。
「私も愛してるわ」
ハゲないと思うけど、万一の時は任せてね。見た目なんかどう変わっても、あなたはあなた。あなたが大好き。
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長らく(?)お付き合いくださいましてありがとうございました。
その婚約者、間違ってます!~父の留守宅で義母と義姉に下女扱いされてるのに、義姉の婚約者が本気で迫りに来るんだけど~ buchi @buchi_07
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