第30話 学園生活、再スタート
三人は悪夢のように去って行った。
マジョリカは、父が鉱山の人夫として送り込んでしまった。
「無駄に力だけはあるそうじゃないか。だが、女に力を振るうような男は最低のクズだ。生きて帰れるかな」
結局、二日ほど学園は休んでしまった。
新しいドレスが出来上がるまで、学園に行かないでくれと父が頼むもので。侍女服は絶対に着てはダメだそうだ。
フェアファックス夫人にも聞かれた。
「どうして平気でカツラとメガネのまま学園に行ったりなさったのですか?」
「髪の毛を切られてしまって、どうしようもなかったのです」
「それにしても、ご親戚の方々に手紙を出すなりなんなり出来たはずでは?」
でも、どの親戚も(自称)伯爵夫人には勝てなかったと思う。元は父の愛人でしたなどとオースティン夫人が言いだしたら、親戚でも突っ込みにくいのでは。言いそうだし。
「父の意見を聞いてみましょうか?」
ただでさえ、オースティン夫人に後妻を名乗られて
「やめましょう」
フェアファックス夫人が即答した。
ようやくドレスも出来上がって、学園に行く日が来た。
なんだか、最初に入学した時よりドキドキする。
あの時はカツラとメガネのことしか頭になかった。ビクビクしながら出来るだけ目立たないようにと祈るような気持ちで、学園の門をくぐった。
でも今日は、裕福な伯爵家の跡取り娘として、堂々と馬車で行くのだ。
それはそれで心配。どんな反応になるのかしら。かえってみんな遠慮して冷たくされたりしないかしら。
だが、馬車が学園の敷地内に入ると、どこからかすっと人影が現れた。
ロジャー様だった。
心の中で最近私が飼い始めてしまった、例のちっぽけなウサギが耳をピンッとさせ立ち上がって、鼻をひくひくと動かした。
ロジャー様だ!
彼は風を切って、私の家の馬車に近づいて来る。
馬車が停まると、彼はドアの横に立った。
「あなたの父上に叱られることは覚悟している」
彼は思い詰めたような顔で言った。
「でも、父上は、あなた次第だとおっしゃった。だから、僕は出来ることをしたい」
馬車を降りて、ロジャー様に導かれて中に入っていくと、何人もの生徒たちからちょっと不思議そうな顔をされた。
「誰かしら?」
「スチュアート家のロジャー様がご一緒だなんて?」
私をよく知らない生徒たちは、ドレスから判断するので、見たことのない貴族の令嬢だと思われたらしい。
「ずいぶん高そうなドレスだわ。例の平民とかじゃないわよね? どこのご令嬢かしら」
ロジャー様と一緒にいても、今度は誰も何も言わなかった。
誰が流したのか、わたしが本物のオースティン伯爵令嬢だと言う噂が……事実だが、しっかり流されていた。
父の差金だろう。そういえば学園長に指示すると言っていた。
カツラとメガネの侍女と同一人物だとわかっても、どんな陰口も一切耳にしないですんだ。
学園もだが、リンカン先生や、スチュアート侯爵家のご子息やベドフォード家の令嬢アリシア嬢、その婚約者のアーディントン伯爵の嫡子のエドワード様などの影響力は大きかったと思う。もちろん、一番の黒幕はうちの父に間違いなかったが。
だから、顔もよく知らない生徒達の方は気にならなかったが、いつも一緒だった令嬢方の方は、結構深刻だった。
「オースティン伯爵令嬢……」
彼女たちは、気の毒に青くなっていた。
「まったく存じ上げなかったことで……」
それはそうだ。カツラとメガネだもん。
「今まで、ご無礼申し上げました」
そろって、頭を下げた。
「そんな……」
親切にしてもらったのは、私の方だ。こんな詐欺みたいな結果になってしまって申し訳ない。
今まで親しく私を召し使ってくれていた貴族令嬢が、私に向かって深々と謝るのを見て(予想はついていたが)本当に申し訳なかった。
彼女たちは親切だった。私のことは最初は不気味がっていたが、最後の頃は、ほとんど友達みたいな扱いだった。
見かけより中身の人たちだったのだ。その方達も、いざ本当のことがわかると身構えてしまう。
「お茶くらい運びますわ」
「ダメよ、ダメダメ!」
男爵令嬢があわてて叫んだ。
「オースティン伯爵令嬢にお茶を運ばせていたのが父にバレたら怒られますわ」
私は困ったが、アリシア嬢が笑って言った。
「みんなで運べばいいのよ。そして、ルイズも」
「なんでしょうか? アリシア様」
「今度から私のことをアリシア様なんて言ってはいけないわ。絶対、アリシアと呼んでくださいね!」
例のロジャー様ファンクラブは
事情が伝わったのだろうか。
そして、一番の大きな差は、授業後や食堂で起きた。
私は、何人かの令息たちに取り囲まれてしまったのだ。
最初は怯えて誰かの助けを呼ぼうと思った。
以前、カツラとメガネをとった途端、三年生の品のない男子生徒に取り囲まれた時のことを思い出したのだ。
だが、今度は違っていた。
彼等は礼儀正しく私に向かって話しかけた。
「オースティン伯爵令嬢」
母のお茶の会にお越しいただけませんかとか、姉の婚約パーティに出席してもらえませんかとか、一番多いのは昼食をご一緒したいというものだった。
うーん。カツラとメガネの時、それを言ってお昼をご馳走してもらえたら、本気で嬉しかったんだけどな。
「いえ……あのう」
今、私の心を占めているのは、カツラとメガネの時でも、正義感を発揮して助けてくれて、平民だと思っていても、一緒になりたいと言ってくれた男子生徒だ。
お昼時、彼は必ず食堂に現れる。そして隣にかけてもよろしいでしょうかと礼儀正しく尋ねてくる。
「ええと、あの、今度、一緒に……」
「一緒に?」
「………は、母の催すお茶……」
私が黙っていると、ロジャー様は言う。
「ルイズの意地悪……」
思わず笑ってしまう。
本当に軍人気質と言うか、正直で真っ直ぐな気性なのね。いつでも変わらない。
「母が一度会いたいと……」
「喜んで伺いますわ」
大勢が見守る食堂では、もっと高位の貴族連中や嫡子たちなど条件のいい男子生徒を追い払うのに忙しくて、うまく話せない彼だが、自邸のバラ園では全然違っていた。
人目がなくなった途端に、彼は私をさっくり抱きしめた。
「婚約を戻してほしい」
彼は私の耳元で言った。そんなところで
「どんな姿のあなたにも
ロジャー様の本気がもはや怖い。うれしすぎて自分が怖い。
「結婚すると約束して欲しい……」
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