第28話 マジョリカの正体

「お父様、ロジャー様は……」


「それどころじゃないだろう。ルイズ、腕を見せてごらん」


父は心配そうに私の腕を見た。


「ひどいな。爪でか?」


私はうなずいた。


「どうしてひっかき返してやらなかったのだ」


「だって、義姉ですし、そんなことをすれば、家に帰ればお義母様に叱られます。マジョリカに殴られるかもしれません」


父は目を上げた。


「それだ。お前の義理の叔母だが、どうして母になっているのだ?」


私は何が何だかわからない気持ちだった。だって、義母は自分で母だと名乗ったのだ。


「ご自分でそうおっしゃっていました。お父様と再婚したのだと」


父が絶句した。


「なんてことだ」


「まさか……違うんですか?」


「違う。違うよ。急に戦況が変わってしまって、私自らが戦地におもむかなくてはならなくなった。留守家庭を親族の女性に監督してもらおうと思ったのだ。フェアファックス夫人で十分だが、もう一人いた方がいいかなと」


余計な……全く余計な……


父が横目で私の様子をうかがいながら話を続けた。


「亡くなった弟の夫人がちょうど帰国していたので、任せることにしたのだよ。ルイズと年の近い娘がいて、行儀見習いをさせてほしいと頼みにきたので。ルイズの侍女にいいかなと」


私は流石に目を釣り上げた。父は萎縮いしゅくし始めた。


現物げんぶつに会ってから決めて欲しかった……侍女が務まると思ったのだろうか、アレに。


「だって、オースティン夫人は、どちらかというと気が弱そうで、これならフェアファックス夫人の逆鱗げきりんに触れることもなさそうかなと」


どうして、そのフェアファックス夫人をクビに出来たんだろう? 


「お父様……オースティン夫人が叔母だと家の者にご説明なさいました?」


「え……? みんな知っているだろう?」


セバスもフェアファックス夫人も、使用人にあるまじき目付きで、父をジロリと眺めていた。


言わなかったんだ。


「お父様!」


「そう言えば誰なんだ? あのマジョリカというのは?」


父は、そそくさと言い出した。


「許せん! こともあろうに、うちのルイズのことを!」


マジョリカの言動は、下の者には寛大に、女性には基本優しくと言う、大貴族としての父の方針をグッサリ叩き折るほどの威力があった。


「連れて来い」


すぐにセバスが、マジョリカを呼びに走った。だが、マジョリカが連れてこられた廊下からはすごい音と叫び声が上がっていた。


「なんだ、あの雄叫びは?」


「マジョリカは怪力なんです。私など歯が立ちませんでした」


マジョリカは大抵抗していた。


セバスは少々小腹の出た中年男で、仕事柄武闘派でなかった。そのためか女相手に大変なことになっていて、若い下男が数人加勢して、彼女を書斎に引きずり込んだ。


「私はッ、奥様とお嬢様のために……」


父の顔がゆがんだ。


奥様は亡くなっている。お嬢様とは私の事だ。


誰も何もいえないでいるうちに、床に転がって抵抗しているマジョリカの襟首えりくびつかんで立たせると、父は強烈なパンチをマジョリカに喰らわせた。


「あぐッ」


マジョリカはぶっ飛んで、書斎のテーブルの角にぶつかり大きな音を立てて倒れたが、すぐに立ち上がった。


「何すんだ」


父は立ち上がったマジョリカのそばにツカツカと近づいた。


「お前はうちの娘をふしだらと言ったな」


「昨夜は帰ってこなかった」


「私は娘がどこに行っていたか知っている。この家に居られなくて、親友のベドフォード伯爵令嬢のところに泊まっていたのだ。それを男のところに行っただなどと」


見事なアッパーカットが決まって、マジョリカは吹っ飛んだ。今度こそ彼女は気を失って、まるでボロ人形のように床にのびた。鼻と口から血が出ていた。


「連れて行け。監禁しておくんだ。絨毯じゅうたんにシミがつかないように気をつけろ」


下男たちはまるで、ご主人様のためなら命もかけますみたいな勢いで、父の命令に従って、彼女を運んで行った。


「あの、ご主人様」


おずおずとセバスが話しかけた。


「無理もないと思いますが、ちょっとやりすぎでは?」


「そんなことない」


こともなげに父は言った。


「あれは男だ」

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