第23話 ロジャー様の婚約者は誰?

「つまり、それは、私がロジャー様の婚約者……」


私は繰り返した。


ロジャー様の婚約者……


ロジャー様をお茶にお招きしたり、侯爵家のお茶に呼ばれたり、それから……次の学園のダンスパーティでは、私がロジャー様のパートナーになって……


「妄想中、失礼しますけど、昨夜の話で、それ、全部無くなりましたから!」


アリシア様が割り込んだ。


「え?」


私は水を差したアリシア様の顔を呆然と眺めた。


「ダメでしょう! あなたのお父様、怒ってらしたではありませんか!」


あ、怒っていた。


娘を大事にしないなら、婚約者を変更するって。


「え?」


あれ?


「めでたく婚約は解消されると思うわ」


アリシア様は宣言した。ダメだ、そんなの。私は焦った。


「私、私、ロジャー様が好きなんです」



私は一世一代の告白をアリシア様に向かって訴えた。


アリシア様は、一瞬黙ったが、真っ赤になって怒鳴った。


「あのね、それ、知っています! それから私に向かって言っても意味ないから!」


「……そうでした」


「それどころか、別の婚約者が決まっちゃうかも知れないわよ?」


「え?」


「あなたのことを好きだと言ってくれる方がいいって、あなたのお父様、おっしゃてたじゃない。別の婚約者が決められちゃったら、どうするの? また、婚約解消をしなくちゃいけなくなるわ」


「わあああ」


私は外に飛び出して行こうとして、アリシア様に止められた。


「まず、目を冷やして! ううん、その前に頭を冷やして!」





頭と目を十分に冷やした私は、いっそカツラとメガネを被ろうかと思ったくらいだった。


この姿はよろしくない。

色々と影響が大きすぎる。


「先にお父様との誤解が解けてから、カツラとメガネをはずしたらよかったわねえ」


「なぜ?」


「そうしたら、新生オースティン伯爵令嬢として、すんなりみんなの頭に入ったじゃないの。変な男子生徒に襲われることも、嫉妬に駆られたロジャー様ファンクラブに襲撃されることもなかったわ」


そんなに世の中うまくいかない。


「私、一度家に帰ります」


「そうね、お父様が帰っておられるかも知れないわ。きちんとお話ししないといけないわ」




自邸には義母と義姉とマジョリカがいる。


でも、私は覚悟を決めたのだ。


カツラもメガネもなしで戦うと。


父にも会えた。もしかすると家に帰っているかもしれない。


「ちゃんと戦わないと……」




自邸の裏口から、私は静かに中に入った。できれば先に父に会いたい。


「帰って来たわ!」


「捕まえるのよ! 早く!」


義母と義姉とマジョリカが、待っていましたと言わんばかりにバラバラと駆け寄ってきた。


「ど、どうなさったのですか? あの、私……」


私は恐怖に駆られた。カツラもメガネもしていないのだ。どんな仕打ちをされるか、覚悟の帰宅だった。




だが、彼女たちは何もせず、意気揚々と私を父の書斎に連れて行った。


得意げな様子をする意味がよくわからない。


私を見たら父は大喜びするだけだ。


それは、義母と義姉にとってはあまり都合のいい話で無いのでは?




「なんて、悪いふしだらな娘なんだろう!」


書斎に入る前に廊下から、大声で義母が叫んだ。


「いつもこんなふうに他所よそで泊まってくるのです。もう、幾晩も帰ってこなかったんですよ」


「その通りです。私たちは、この娘が夜遊びを止めるように散々いさめたと言うのに!」


三人はドアを開けると、私を部屋の中に押し込んだ。


勢い余って、私は絨毯じゅうたんの上に転がってしまった。


「ルイズ!」


父が心配そうに走り寄ってきた。


「どこにいたのだい? とっくの昔に帰っていると思っていたよ。昨夜遅く家にかえったら、お前はいないと言うじゃないか」


「ですから夕べ、旦那様にルイズの居場所を言うわけにはいかなかったのです」


なんだか得意そうに、マジョリカが父に言った。


「娘のふしだらがわかったら、さぞ、お悲しみのことと存じます。ルイズ様が旦那様に会いたくないと言っているだけの方がまだマシでしょう。ロジャー様から婚約破棄されるのも無理ないことでございます」


私はピクリとなった。


怒ったのではない。マジョリカは父を知らないのだ。


父の猫っ可愛がりは度を超えている。どんな私でも、父は、私大好き人間だった。

考えてみれば、その父が豹変するなんておかしかったのだ。


「ルイズのこの服はなんだ?」


そばに走り寄ってきた父は、私の服に初めて気がついたらしい。ものすごく驚いて聞いた。


私はアリシア様からいただいたお下がりの侍女の服を着ていたのだ。


多分、昨夜は父も混乱していて、服までよく見ていなかったのだろう。


「侍女の着るような服だが、なぜそんな服を着ているのだ?」


父は義母の方を見て、尋ねた。


「それは……」


義母は言葉に詰まったが、マジョリカが急いで割り込んだ。


「そんな服を着て、変装して出かけるのです。もう、ずっと前からです。下男や平民の男が好きなのです」


父が黙った。青筋を立てている。


父が黙っているので、マジョリカは調子に乗った。


「それで奥様は、ルイズ様をお目にかけるまいと苦労されていたのです。夜遊びが好きで、侍女の格好までして、男あさりをするような娘では、伯爵家の恥でございましょう。ロジャー様がお嫌がりになられるのも無理ありません。それを思えば、こちらのアンナ様は上品で、いっそ、ロジャー様の婚約破棄はお止めになられて、アンナ様をお薦めされてはいかがでしょうか。良い案だと思います」


父は沈黙した。私はマジョリカの命運は尽きたと悟った。


父はちっとも変わっていない。そして、父のこの顔は、最大級に激怒している時の顔だった。多分、マジョリカは、父のこんな顔を見たことがないから、知らないだけだ。



「ルイズの成績は最悪だと聞いたが」


しばらく黙ってから、父が重々しく口を開いた。


三人は目と目と見交わした。


彼女たちは私の成績を知らない。


なぜなら、私が教えていないから。


子どもの成績は、親が学園に問い合わせれば、いつでも教えてくれる。


だが、義姉の成績を私と同程度と信じ込んでいるくらいだ。多分、問い合わせできることも方法も知らないのだろう。


義姉の成績など、学園に頼んで成績表をもらえば、すぐわかることだが、「学園って、成績表もくれないなんて、不親切ねえ」とか言っていたから、全く何も知らないのだろう。


息子でなくて娘の場合でも、学園に行っている以上、成績は就職や結婚の際、問題になることが多い。だから、普通の親は成績表を気にして見たがるのだが、この人たちはそんなことを気にしている様子がなかった。どう言う育ちをしているのだろう。


「ええ、正確なところは知りませんが、多分、かなり悪かったはずです。本人から聞いてませんが」


今度は義母がおずおずと言い出した。


「悪すぎて言えなかったのでしょう」


今度は義姉が余計な一言をぶっ込んだ。自爆するタイプだ。


「私は貰ってきたよ。二人の成績表はここだ」


父がため息じりに二枚の紙を取り出した。

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