第22話 めでたく婚約解消成立

私は面会室の中に転がり込んだ。


「ルイズ、どうしたの?」


アリシア嬢が押し殺した声で、私を引き留めようとしながら聞いてきた。


「どこへ行くの? この先は行ってはダメよ」


私は、父と使いの男性が出て行ったドアを力いっぱいこじ開けた。


大きな音がして、父とお使いがびっくりして振り返った。


父が私を見た。


「お父さま!」


「ルイズ!」


父は驚いて大声で叫んだ。


「ルイズ! こんなところで何をしているのだ?」


父は破顔した。


「ああ、ルイズ! 会いたかったよ。どうして家で会ってくれなかった?」


「お父さま! 会えてうれしい」


私は父に抱きついた。


「なんだ、お前は! 私に会いたくないと散々ごねていたそうで……」


父は小言をいいながら、その顔は思いっきり笑っていた。


「ああ、ルイズ。久しぶりだ。なんて可愛い、うちの娘……」


「お父様! 会いたかった」


父はガバリと私を抱きしめた。


「ああ、ルイズ……」


「オースティン将軍……」


父を呼びに来た男は当惑した様子だった。急ぎの用があることは明らかだった。


「お父さま、私、ロジャー様が好きです」


父の顔がこわばった。


「ダメだ。相手はお前が気に入らないそうだ」


「オースティン将軍……国王陛下が……」


「わかった」


父はうるさいその使いの男にこたえてから、私に優しく言った。


「さあ、いい子にして帰りなさい。もっといい婚約者を見つけてあげるから」


それは困る。でも、今は時間がないらしい。


「手紙を出しますから!」


「楽しみにしてるよ」


父は子どもにするみたいに、ほっぺたにキスして出て行った。




「どう言うこと? ルイズ」


私は正座して、アリシア様の前にかしこまって座っていた。

アリシア様と私は、アリシア様の部屋に戻っていた。


「私は、オースティン伯爵の娘です」


「えええ?」


アリシア嬢は、可哀想かわいそうなくらい驚愕きょうがくした。


「何ですってえええ!」


見ていたらわかるはずけど、何を今更驚いているのかしら。でも、確かに受け入れがたいよね。


「だって、それならどうして……」


私はここへ至る長い長い道のりを説明した。


「ほら」


ロジャー様が激昂げっこうした、そしてロジャー様とご縁ができた原因ともなった傷を私はアリシア様に見せた。それはまだ治っておらず、結構なキズとして残っていた。


「これは?」


痛々しいというように、アリシア様は聞いた。


「アンナ様が爪で……」


「……聞けば聞くほど、アンナって女、ひどいわね」


「……そうですね」


「なぜ黙ってたのよ? 私だったらひっかき返して、父に手紙を書くわ」


「だって、屋敷中の使用人が総入れ換えされてしまったのです。私の味方なんか一人もいませんでした。手紙を出すことも出来ませんでした」


「お父様だって、たまには帰ってきたでしょう?」


「多分、そのためもあったと思います」


私は頭を指した。


「義母が、父に、私は頭がおかしくなった、部屋に閉じこもっている、父に会いたくないとわがままを言っていると伝えていました。そして私が会いにいかないように頭の毛を刈ってしまったのです。マジョリカもいましたし」


アリシア様は呆れたらしかった。


「私には、義母が、隠し子のアンナ様の方を可愛がっていたのだと言っていました。ずっと、父はアンナ様を家に連れ戻したかったが、母に止められて出来なかったのだと。しょっちゅう、アンナ様に会いにきてもらっていたのだと言われました」


「あなたは、どう思ったのよ? そんなこと、信じたの?」


「信じられませんでした。悲しくてずっと泣いていました。あの父に母以外の女の人がいるだなんて、信じられませんでした。でも、実際に義母と義姉は、父に連れられて家にやってきたのです。だから本当のことでした」


「それは……」


「父は、義母のことをオースティン夫人だと紹介しました。義母は家の采配さいはいを任されました。もちろん女主人だから当たり前です。でも、私には辛いことばかりでした」


言い出すと止まらなくなる。


私はずっと泣き続け、アリシア様は黙って、お茶を入れてくれたり、タオルを貸してくれたりした。




しかし、翌日の朝、アリシア様は私に言った。


「ルイズ、どうするのよ?」


「アリシア様……」


私は泣き疲れて寝てしまい、最悪の目覚めだった。多分、目がすごいことになっているに違いない。


「様は止めて! オースティン伯爵令嬢!」


私は黙った。


「父から聞いているわ。オースティン将軍の愛娘が、若い娘らしく父親を嫌がっていて、あの剛勇で鳴らした将軍が娘にはメロメロなので泣き暮らしてるって」


「多分、それ、うちの父です」


ここ二年ほどは確かに父と会えなかったが、私が小さい頃は、うちの父はルイズに冷たくされたとか言ってねて、ごねる人だった。何かというと、膝に抱き上げたがるので、もう小さい子どもではないと怒ったことが何度もある。


アリシア様は私をにらんで言った。


「多分じゃなくて、間違いなくあなたの父です。私の父は、あなたのお父様の副官を勤めていますから」


「あ、いつもうちの父がお世話になっております」


私は丁寧に頭を下げた。私もお世話になりっぱなしだわ。親子でお世話になっているのね。


「それを言うなら、私の父がお世話になっているのよ!」


アリシア様が怒鳴った。


「どうするのよ? この顛末てんまつ!」


「どうするとは?」



そんなに簡単にどうにか修復できるとは思えない。


ただ、父に自由に手紙を出せるようになったと思う。


これまでは義母が検閲けんえつしていたので、書きたいことも書けなかった。届いていない可能性もある。夕べ、父がそんなことを言っていた。


今後は、アリシア様に頼めば、出してくださるだろう。


父と会う前は、得体の知れないカツラとメガネの奇妙な娘ルイズが、天下の大将軍のオースティン伯爵に手紙を出したいと言っても、取りついでくれなかっただろうが、今は違う。

喜んで出してくれると思う。


手紙で父の誤解を解くことができるし、今の境遇を訴えて助けてもらえると思う。


「違う。そういうことじゃなくて!」


「なんでしょうか?」


私は首を傾げた。


「最後に言ってたでしょう! ロジャー様との婚約を解消するって!」


「言ってました……けど?」


ラッキーだ。アンナ様からロジャー様は自由になれる。きっと喜ぶわ。理解のある父でよかった。


「違うわよ! その婚約者って、本当はあなたのことでしょう! ルイズ」


「え?」


「あなたのお父様は、ルイズ、あなたの事しか考えていなかったわ。婚約させた娘って、あなたのことよ。アンナって誰って、聞いていらしたではありませんか!」


「えっ?」


そうだったっけ?


あの時は、ドアの向こうに行ってしまった父を呼び戻すので精一杯だった。


父に会えたのだ。

手紙も出せない、自宅で会うこともできない父と話をするチャンスだった。

その機会を逃してはならない。


やれば出来る。動かないと始まらない。そう思って、必死で動いたのだ。


そして、昔通りの変わっていない父に会えて、本当に嬉しかった。


それだけで精一杯だった。ロジャー様のことも伝えなければならなかったが、後日手紙で伝えれば、どうにかなると楽観した。


アリシア様は、私のことをじっとりとにらんだ。


「あれほど悩んでいた問題は綺麗に解決されたのよ。最初から、なんの問題もなかったんだわ。ロジャー様と婚約したのは、ルイズ、あなたで、二人は相思相愛よ。でも、夕べ、あなたのお父様は、スチュアート家からの婚約解消の申し出を断固了承するっておっしゃってたわ!」


私は驚愕してアリシア様を眺めた。


すっかりあわてていて、全然頭が回っていなかった。


「そりゃ、私も、あとでどうにでもなると思うわよ。でも、話はさらにこじれた気がするわ」










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