第14話 聖女様、派閥争いに巻き込まれる

 ミーニャがグッと堪えているのを感じ取りつつも、あたしは無視しろと言わんばかりにいつもの態度で軽口を叩く。


 冒険者となった以上、上下問題がつきまとう。

 種族のことであれこれ言われるのは、何もここに限った話ではないからな。

 その上でここに居るんだからもっと自信持てばいいのにさ。


「おいおいミーニャ、随分モテモテじゃねーか。あたしにも声かけてくれる男はいねーのかな」

「にゃふふ。アリーは態度さえ改めれば引く手数多なのに。完璧に性格で損してるにゃ。ミーを見倣ってもいいにゃんよ?」

「ケッ、お前から見倣う程落ちてねーよ。あーあ世知辛いよなー、ほんとなー。おっちゃーん、エールお代わりー」


 表情は引き攣っていたが、ミーニャは軽口に応じて無視を決め込むようだ。

 ファルやイーシャも同じように振る舞っている。

 ここ、青の街は内街の中ではド底辺もいいところ。


 内街という都合上、ランクA、Bもいるには居るがわざわざ底辺の酒場に顔を出す理由もないだろう。

 つまり絡んできた相手もCランクと決めつけて対応している。


 もし街のルールか何かを突き付けたら素直に出ていきゃいい話だ。

 誰が好き好んでこの街に居続けるか。


 内街と言っても各派閥ごとの特色が強いのか、中心から見て西に位置するここはカートニー派閥が幅を利かせている。

 そして派閥ごとに街があるように内街でも移動ができるのだ。


 内街とは言うけれど、規模は広大。

 国の中に幾つもの国があり、そしてそれぞれの派閥のシンボルとなる城があるのがこの自由国家の特色。

 

 本来こういう揉め事はギルドのお偉いさんが割って入って止めるものなんだけど、話が平行線になるためか、誰も引き止めようとしない。


 若しくは向こうの言い分に妙に納得してる輩も見かける始末である。

 亜人排他がここの街じゃさして珍しくもないのかもね。

 一応流れでこっち側来たけど、ミーニャ次第じゃ街を変えることも考えなきゃな。


 あたしらとしたら流石にここまで一緒にやってきて気心知れた相手にそんな事情で「はいお疲れさん」なんて最後通告渡せる間柄じゃあないよ。憎たらしいぐらいに生意気だけど、そこはお互い様だし?


「あれあれー聞こえなかったのかなぁ? 俺ぁ、善意で忠告してやってんだぜ? そこの獣混ざりとさっさと別れて俺んとこのパーティに来いよ。悪い扱いはしないぜぇ?」


 おいおい、いつのまにかミーニャ批判からパーティ引き抜きに論点がすり替わってるじゃねーか。

 コレ、最初からそっち目的じゃねーの?


 メンバーと顔を突き合わせる。

 全員がこの言いがかりの行き着くところに気が付いたらしい。

 察しの良さは相変わらずだ。

 誰が見ず知らずの男の言い分を聞き入れるかってんだ。


「悪いけど、ウチはこのパーティでやってくって決めてんだよね。オタクが誰だか知らないけど、横から出てきてワーワー言わないでくれる? それにミーニャは確かに金食い虫で食いしん坊でオタクらの言ってる点も納得できる。でもな、それをひっくるめてあたしらは仲間として認めてるんだ。確かに欠点をあげればキリがねぇ。けどそれは人間誰にだって言えることだろう? オタクだって完璧な人間だったら誰かを扱き下ろしてないでさっさと上目指してるはずだ。ここで格下相手にイキがってる時点で同じ穴のムジナである事を自覚した方がいーぜ?」


 あたしの口頭にメンバー全員がうんうんと頷いた。

 見守っていた奴らもあっさり手のひら返して同意する。

 確かに欠点をあげればキリはない。

 生きてる限り誰だって失敗はするからだ。

 コレはあたしが聖女として培ってきた10年の豆知識な?


「だ、誰が格下相手にイキがってるって証拠だよ!」


 男は図星を突かれたのと同時に自分の周りから味方がいなくなったのに気がついて急にオドオドし始めた。


「いや、だって急に上から目線で説教垂れてりゃ自分はあたしたちより偉い立場なんだぞーって言ってるようなもんじゃん。それにあたしらは先日Cになったばかりの下っ端だからさ」


 下っ端と言いつつも、ロンダルキア家の腕章を見せびらかす。

 ここでは確かにランクの高さで上下関係が出来上がっている。

 が、それを覆す存在が派閥だ。


 早いうちから目をかけてもらえればC以下でも派閥入りできる冒険者は居るのだ。

 そんでウチもほぼあたしにだけ与えられた腕章を見せつけながら、うちに喧嘩売るならミリーが出てくるけど? と脅した。


 腕章を見せつけると急速に周囲からのひそひそ話が加速し始める。


「あれは、戦乙女の家紋!」

「クズィの奴、やべー奴らに手をあげちまったな」

「でもあいつもどっかの派閥に拾われたんじゃなかったっけ?」

「だからイキがれてたのに、ここで敵対派閥が出てきちゃあな」

「派閥戦争か? 頼むからこの場所を戦場にするのはやめてくれよ?」


 完全にクズィと呼ばれた男に注目が集まると

 あたし達は喧嘩を売られた以上、上に報告する義務がある。

 ま、何も言わなくても追っかけファンが秘密裏に処理してくれるが、因縁をふっかけられたままというのは少し後味が悪いもんな。


「す、少し酒を入れ過ぎたようだ。そこの娘が猫人種に見えてしまっただけの事。今回の件はこちらの不手際という事で処理してくれないだろうか?」


 額から脂汗をダラダラ垂らし、クズィなる男はびびって平謝りをし始める始末だ。

 なんだ、威勢だけじゃねーか。

 こんな相手にびびってたのかと思うと損した気分になるよな?

 ミーニャも何処か得意気になって運ばれてきた食事に舌鼓を打っていた。

 うん、まあこいつはこういう奴だよ。

 嫌なことはさっさと忘れられるポジティブ思考。

 今じゃすっかり因縁振っ掛けられた事は食事で塗り替えられていた。男は後から入ってくる客によっていつの間にか外に押し出されていた。

 まぁ、ドンマイ?

 

 食事を終えて支払いを終えたところに、外で出待ちしていた件の男が土下座待機をしていた。

 そのまま踏んづけてやろうと思ったが、外が暗くなりかけてるのに、もしかしてこの男は今の今迄待ってたのだろうか?


「ミーニャ、コレどうする?」

「ミーに聞くにゃ?」

「だってお前絡みじゃん」

「そうにゃけど。とりあえずコレで許してやるにゃん」


 コレ。と軽く言ってるが、散々踏みつけながら言ってるので説得力は皆無だ。


 だが悲しいかな?

 あたしを筆頭にこいつもまた無力の民。

 魔法が扱えなきゃちびっこニャンコでしかないのだ。


「それじゃあまた変な因縁を吹っかけられるうちに帰るわよ?」

「さんせーい」


 正直、この狭い街並み。同じ冒険者という職業柄すぐに出くわすと思っていたが、向こうが街を変えたのか数日会う事はなかった。


 ◆


 その頃カートニー派閥では。


「何? 他派閥の下っ端に手を出されてノコノコ帰ってきたというのか、貴様は」


 クズィが派閥の先輩に怒られていた。


「はい……と言っても、既に決着は付いてますし向こうも不問にすると言ってくれましたよ?」

「問題はどちらが下手に出たかで決まるのだ。よもや貴様が下手に出てはおるまいな?」

「あ、いや。えっと、その?」

「やはり貴様が負けて帰ってきたのだな? この事はトップに厳しく追求しておく。連絡するまで控えで待機しておれ」

「はぁ、まぁ待機してろってんならしてますが」


 こうしてクズィは無駄に正直に話してしまったため、軟禁生活を送ることになった。


 ところ変わってロンダルキア家。

 家長のケヴィンが突如送られてきた書簡に頭を悩ませていた。

 内容は全く言いがかりにも程がある内容。

 そこへ一人娘のミリシャがやってくる。


「お父様、どういたしましたの?」

「ああ、ミリシャか。どうも内街で諍いが起きたようだ。今はまだ小石がぶつけられた程度だが、向こうがそれを小石ではなく爆弾だと言い出しそうな雰囲気でな。何かミリシャの方で掴んでいないかい?」


 まだ13歳。

 とはいえ派閥令嬢として仕込まれてるミリシャは父の言葉に数日前の出来事を思い返していた。

 浮かび上がるのはアリーシャの聖女時代の姿をお披露目できた事。そして聖女の所有権は派閥内で取り合うことのできる存在ではないと周知することができたのを思い出して微笑む。


「何かいいことでもあったのかな?」

「申し訳ございません。アリーシャお姉様のことを思い出していたのですわ」

「ああ、確か彼女が正式に社交界デビューしたのだったね。エスコートしたのは黒剣の若君だったかな?」


 ケヴィンは当時を思い出してうんうんと頷く。

 派閥内での集まりとはいえ、その時の光景はいまだに記憶に新しい。


「ええ、エスコート相手が殿方でなければ私が推薦しましたのに」

「それじゃあミリシャが皆から引かれてしまうよ。でもそうか、彼女が社交界デビューをね。もしかしたらこの件、それが根底にあるのかもしれないよ」

「と、言いますと?」

「今のところ彼女と親しい関係にあるのはウチだろう?」

「だから因縁を吹っかけて自分達にも一枚噛ませろと?」

「わからないけど、ただ派閥内のメンバーが諍いをした程度でこの様な発展のさせ方は少しおかしいと思うんだ」

「では、わたくしは向こうが何を求めてこちらへ吹っかけているかを探るとしましょう」

「いつも悪いね。頼りにしてるよ」

「お父様こそ。わたくしに決定権の一つをお譲りくださりありがとうございますわ」


 いくら正当後継者とは言え、13歳のうちから領地経営以外の権限を与える事は珍しかった。

 ゆくゆくは権限を与えるとは言え、15歳から待って、それから渡すのが通例。

 しかしミリシャはアリーシャと出会って一皮も二皮も剥けて成長したので、父親であり派閥長であるケヴィンも実力を認めて権限の一つを譲渡した。

 それから事業の一つも右肩上がりで言う事は何もないのだが、あいにくと子供らしい期間が短い事が最近の悩みか。


 娘というより凄腕の右腕としての接し方が慣れてきたのかケヴィンはやや疲れたようなため息を吐く。


「さて、水面下で何が動き出したのやら。娘のこともあるが、何事もなく終わってくれれば良いのだがな」


 ケヴィンの呟きはこれから起こる嵐の前の静けさを予感させるように、闇の中へと吸い込まれていく。


 ◆


 そして因縁を吹っかけられた一週間後。

 ウチのパーティに対してギルド側から活動停止処分を言い渡される。もちろん、身に覚えが全くない。


「は? 一週間の冒険活動停止? なんでだよ」

「こちらも上から言われて何が何やらわからないのです。しかもその期日の宿泊費まで出されていて。意味がわからないのはこちらも同じですよ」

「で、お触れ先はどこの派閥だ? 文句言ってきてやる」

「顧客のプライバシーに関わるのでお答えできません」

「いや、それを飲めと言われて納得できるかっていうんだよ。言っとくがウチのような底辺冒険者相手にしたって何も得することなんかねーんだぞ?」

「それはわかっております。何故Cになりたてのパーティにこのような判定がなされたのかもわからないのです」

「チッ」


 結局、条件を飲むことでダラダラとした日々を過ごすことになる。今日も酒場で昼間から酒を飲んでいる。

 お酒は15から飲めるが、節度を守って飲む分には体にいいからな。イーシャみたいに酒豪だとその限りではないが、食うもん食って寝てる限りは代謝が仕事をしてくれる。

 健康万歳。ま、その健康もあたしの祈りで加速化させてるんだけどな。


「結局、どこから制限かけられたのよ?」

「それがなんもわかんねーんだよな」

「なにそれ?」

「アリーが派閥を出したから相手の派閥も引くに引けなくなったとかじゃないかにゃ?」

「それかー……でも腕章差し出せって言われたのはミリーからの提案だし、あたしは悪くねーぜ?」

「そうだけど、ここまで大事になるなんて思いもしなかったんじゃない?」

「そりゃ、まぁ」

「お姉様、ここにいましたのね!」


 突如、バーンと酒場のスイングドアが全開放されてお嬢様姿のミリシャが現れた。

 親分のお出ましに、恐縮する一般冒険者達。

 どうやらこの町でもミリシャのご尊顔は知れ渡っているらしい。


「お、ミリー。こっちこっち」

「こっちこっちじゃありませんわ。聞けばお姉様、お姉様が事の発端でしたのね?」

「何の話?」


 もともと拠点にしていた街を変えた後、内街で彼女と出会ったのは久しぶりだった。つっても二週間くらい前にパーティで出会ったばかりだが。


 そういう意味でまたお茶でも飲みにきたのか気安い感じで話しかけたらすごい形相でやってくるではないか。


 ファルが気を利かせてドリンクを頼み、回ってきたそれをミリーの前に回して一息付けと促している。

 それをゴクゴクと飲みほしてようやく一息つけたのか、それでもなおあたしを見上げてワナワナ震えている。

 これはちょっと何かの地雷を無自覚で踏んでしまったかもしれないな。


 なのでこちらの事情を話して、何が起きてるのか情報のすり合わせをする。ミリーは得心したように頷き、運ばれてきた肉料理に舌鼓を打って言葉を紡いだ。


「では、そのクズィという男が、ミーニャさんの種族に難癖をつけたのが発端でしたのね?」

「うん。な?」

「そうにゃ、ひどい人種差別をされたにゃ。周りも囃し立てるように援護するしで立つ背がなかったにゃ」

「そうなのね。でもこんなに可愛いのに差別するなんて許せませんわ。お姉様からも言ってやってくださいよ」

「言ったよ?」


 ミリーがあたしの顔を見る。

 普段の強い口調のあたしを想像して、容易に想像ができたのだろう。それに続いてパーティメンバーからも追撃が入る。


「たしかに言ったわね」

「言ってたにゃ」

「でもそれで余計に拗れたのよね?」

「そう、でしたか」


 言い方の問題かも知んねーけど、あたしは悪くねぇ。

 口が悪いのは自分の気持ちに正直に生きてる結果だもん。


「ではお姉様。何故こうもカートニー派が我が派閥に突っかかってくるのでしょう?」

「え、クズィってカートニー派なの?」

「ええ、そもそもこうしてわたくしが飛び回っているのも、我が家に一枚の書簡が届いたのが始まりですわ。その内容がそのままお姉様とその男の対立について書かれていましたの」

「その、ポールは何とかしてくれないの?」


 カートニーと言えば記憶に新しいポールが思い浮かぶ。

 ミリーなら尻に敷いていたし、何とかならないかなって話を振ってみる。


「あの人は所詮一つの領地を任せられた程度の小物ですわ。派閥の問題に物言いできるほど立場はないのです」


 が、どうやら問題が大きくなりすぎてポール如きじゃ何も口出しできないところまで来ているらしい。


「うーん、そっかぁ。じゃあごめんなさいしたらその件は許してくれない?」

「その場合、お姉様が搾取対象にされますが宜しいので?」


 宜しいわけないんだよなぁ。

 つまりあれか。この発端自体はは大したものじゃなく、あたしがロンダルキア家の紐付きで社交界にデビューしたのが根底にある問題とミリーは言ってるわけか?


 で、それをめぐって派閥同士でやり合ってると?

 なにそれ。あたしら完全にとばっちりじゃん。クズィもご愁傷様。


「やだよ、そんなの。ミリーが何とかしてくれない?」

「そうですわね。とにかく話をつける為にもその男を捕まえませんと。こちらに喧嘩する意思はないと向こうにお伝え出来ませんわ」


 そこまで聞いて、そう言えばクズィの行方を数日見てないことに気がついた。

 あ、これ……最初から利用されてたっぽい?

 察したのかミリーが重い溜息をつく。

 そしてお姉様にも手伝っていただきますわよ、とジト目で促してきた。


 まぁね、どちらに転がっても損をするのはあたし。

 カートニーと手を組むにしたってあたしが最終的に立ち回る必要があるかんな。

 ロンダルキア家みたいに単純なら扱いやすいんだけど、そうなるかなー?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る