第9話   シオン(3)

「フラーグルム王国では、母親が子供を預けて仕事ができる保育園と一般家庭の子供が通う学校がありました。私は幼い頃から家庭教師がつき、いろんな勉強をしてきましたから、貴族以上が入る学校へは、ほんの少しだけ籍を置いただけで、ビエント様のところへ向かってしまいましたが。父は教育は大切だと申しておりました。私も幼い頃から勉強やマナーなどを習ってきましたので、今、生かされていると思います。街に必要な物は、食事の材料を買うためのお店ですとか、洋服屋さんや髪を整える美容院とか、男性の方が通う床屋等でしょうか?クリーニング店を我が家は利用していました」


「クリーニング店とはなんだ?」


「洋服を洗濯し綺麗に整えてくれるのです。高級なコートやお父様のスーツなどは定期的に出していたようです。ドレスなどは侍女が綺麗にしてくださいましたが、洗濯の専門店ですね」


「ほう」


「格安でスーツ等を綺麗にしてくれるお店があると便利だと思います」


「なるほど」


「フラーグルム王国では食材や着る物を売っているスーパーとか百貨店のような高級志向のお店もありました」


 食事の後、ダイニングの広いテーブルで、お茶を飲みながら、ビエントとリリーは、お店について話していた。


「一度視察に行ってみると参考になると思います。いろんなお店が入っていて、とても便利なのです。食べ物から、着る物、食器、様々な物が売っています。スーパーは百貨店を小さくしたような物です。値段もまったく違うので庶民向けです。西の街に作るならスーパーでしょうか」


「リリーは色々知っているのだな」


「私は昔から好奇心が旺盛で使用人について歩いた時期もあったのです。街を知りたくて出かけようとしたら、お父様が一人で出かけるなら、使用人について行けとおっしゃったので。家族で出かけると、必ず、どこかのお店に入って、甘味や飲み物を飲みに出かけていました。食べ物屋さんもできるといいですね」


「街の設計図に付け足そう」


「工場の周りに作ると、働きにきた従業員がお店を利用してくれると、父が言っていました」


「そうか」


「よろしかったら、ケーキを焼きましたの、召し上がりますか?」


 シェフが声をかけてきた。


「いただいてもよろしいですか?」


「殿下は?」


「私もいただこう」


「畏まりました」


 シェフがキッチンに入っていく。


「ケーキ屋さんもあるといいですね」


「そうだな。食べたくなるだろうな」


「私が好きなチョコレートは、アハト達には高級品だというので、コストを下げた庶民にも食べられる物がいいでしょう」


 シェフがシェフがガトーショコラを持ってきてくれた。


 新しい紅茶と取り替えて、置いてくれる。


「美味しそう」


「リリー様がおいでになってから、作るのが楽しくなりました。どの料理も美味しそうに召し上がれて、シェフをしていて良かったと感じられます」


 シェフはリリーに頭を下げてキッチンに戻っていった。


「リリーはいつも美味しそうに食べるからな。作り甲斐もあるだろう」


「私は、いつも美味しい物を食べさせてもらえて嬉しいわ」


 二人でケーキを食べていると、宮殿の中が騒がしくなってきた。リリーが最後の一口を口に入れた瞬間、ダイニングの扉が乱暴に開けられた。


「ビエント、何故、ここにリリーがいるのです?」


 甲高い、王妃の声に、リリーは吃驚して、目をまん丸にして息を詰める。


 一方、ビエントは落ち着いた声を出す。


「正式に婚約しております。父もリリーの両親に挨拶に行き、こうして一緒に暮らしております」


「国王はどこへ行ったの」


 王妃はもうリリーに興味を失ったように、リリーの存在を無い物にした。


「お食事を召し上がった後、この部屋から出て行かれましたが」


 リリーは固まったように動きを止めた。


 ビエントは淡々と言葉を紡ぐ。


「シオンが姿を消したの?ここへは来なかった?」


「ダイニングには来ていません」


「この宮殿にいるの?」


「リリー、部屋に戻っていなさい」


「はい」


 リリーは立ち上がると頭を下げて、駆けてダイニングから出て行った。

 お行儀は悪いが、ビエントに逃げるチャンスをもらえたと思って、素早く自室に走って行く。


「母上、まず落ちつきましょう。ここはダイニングです。応接室に向かいましょう」

「分かったわ」


 宰相に父を呼びに行かせる。


 応接室に入って、母は当然のように上座に座って、ビエントを睨む。


「私を西の宮殿に無理矢理連れて行って、その間に、女を連れ込むとは卑怯な手を使いましたね?」


「私は母上が西の宮殿に向かわれたことは、留守にしておりましたので、詳しく知りません」


「今は、そんな事よりシオンよ。私の愛おしいシオンはどこに行ったの?」


「シオンは勲章授与式の時、リリーに魔術で攻撃しました。この国ではPKは重罪。一般人なら公開処刑が行われます。それほどの事を、マスコミも来ている式典で行いました。父上はシオンを守るために国外追放という名目で、知り合いの国の騎士団に預けようといたしましたが、父上に対しても、魔法で攻撃しました」


「それで、どうなったの?」


「父上からは何も聞いていません」


 王妃は立ち上がると、部屋を歩き回る。


「あの子は元々、優しい子だったわ。魔法学校ではリーダー的な存在だったはず」


「母上、シオンには魔術の素質はなかった。素質はあったかもしれませんが、努力をしなくては魔術も磨かれてはいかないのです。それを怠っていたのは本人です」


「だから、何だっていうの?魔術ができなくても、シオンはビエントの弟でしょう?」


「そうですね。確かに弟です。でも、母上は、私には厳しくシオンには甘かった。私は厳しく育てられたお陰で、いろんな勉強も剣術も魔術も習えましたが、シオンは何も習得しておりません」


「私の育て方が悪かったと言うの?」


 王妃は悲鳴のような声を出した。


 応接室の扉が開いて、国王陛下が入ってきた。


「シオンに会わせよう」


 父はすぐに部屋を出て行った。


「ビエントも来なさい」


「はい」


 国王陛下は何も言わず広い宮殿の中を歩くと、ダンスホールにもなる大広間に入っていった。大広間の奥に棺が置いてあった。


 母が走り出して、棺にしがみつく。


「シオン」


「改心するつもりのない息子を、放置するわけにいかない。PKは重罪だ。他人を殺してからでは遅い」


「だからといって、殺すことはないでしょう」


 母は喚く。


「国王と分かっていながら、私に攻撃してきた。私の手で殺さなければ、誰かに頼むことになっただろう。公開処刑よりずっとマシだろう」


 ビエントは棺の中のシオンを見つめた。ただ愚かな弟だ。


「私のシオンを返して」


 母は棺の中からシオンを出して、亡骸を抱きしめている。


「最後に会わせてやっただろう」


「生きた姿で会わせて欲しかったわ」


「亡骸は密葬をする。王家の恥だ」


「なんて可哀想な子なのかしら」


「おまえが甘やかしすぎたのだろう」


 シオンを抱きながら、泣きじゃくる王妃の姿を見ながら、ただ静かに冥福を祈る。


 国王陛下の側近が、神父を連れて来て、ささやかな儀式が始まった。その日の深夜、墓守がシオンを埋葬した。国王陛下の手元に、シオンに渡すはずだった戦士の勲章だけが残った。


 埋葬が終わると、王妃は西の宮殿に戻された。


☆☆☆



 その頃、リリーはお風呂に入り、寝る支度をしていた。

 静かになった宮殿には、誰の気配もせずに静まりかえっていた。


「お嬢様、今日はもうお休みください。ビエント様は王妃様が戻られて、忙しいのでしょう」


「そうよね。出しゃばらない方がいいわね」


 リリーはいつもより早いがベッドに入った。


「おやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


 モリーとメリーは、片付けを終えて、部屋から出て行った。


☆☆☆


 翌朝、ダイニングに行くとビエントだけがいた。


「おはようございます」

「おはよう」

「国王様は、お加減が悪いのでしょうか?王妃様と喧嘩をしていないといいのですけれど」

「心配はいらない。少し疲れたのだろう。休ませてあげよう」

「はい」


 ビエントはリリーに笑顔を向けて、一緒に朝食を食べた。

 緊張していたリリーも、普段と変わらないビエントの笑顔を見て、やっと微笑みを向けてきた。



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