サンタの事情聴取
吾妻志記
サンタの取り調べ
薄暗く冷たいコンクリートの壁に囲まれた地下室に、背中を丸めて座る男がいた。
赤い地に白い襟のコートを革のベルトで留めている。同じ色のナイトキャップのような形の帽子は白髪風の付け髭とかつらのとなりに無造作に置いてある。
「おい、始めるぞ。」
片部は男の前の椅子に座って声をかけた。男が僅かに頷く。付け髭とかつらは外しているが、つけ眉は外していない。道化のような滑稽な顔だった。
「住居侵入、不法投棄。結構なことしてるじゃないか。」
少し凄むと男は震えだしてしまう。これでは事情聴取にもならない。ただの説教だ。これまで相手をしたのが半グレのような奴らばかりだったために少々やりにくい。年末にかけての多忙で同僚も先輩刑事も皆が出払っているため、片部一人しかいないというのも大変心もとない。
(恨むぞ、太田。)
元々この男の取り調べは同僚の太田に回ってきたものだったが、奴がうまいこと言って取り調べから外してもらったのだという。
大きなため息を付いた後、片部は男を眺めた。
意外にも若い。三十歳、いや、二十代かもしれない。働き盛りの男が派手な格好で他人の家に侵入するとは、世も末だ。
元々の釣り眉をどうにかなだらかにして男に問う。
「名前は。」
「高田・クリストファー・亮介…です。」
クリスチャンらしい。
「今日が何の日か知ってるのか?」
犯罪にイベントなど関係はないが、なんとなく気になった。
「…クリスマスです。」
俯いて男は掠れた声を出した。
「そうだな。で、職業は。」
「…サンタクロースです。」
「は?」
大分間抜けな声が出た。顎が外れたように口が閉じない。一通り驚きと呆れが過ぎ去ると、虚仮にされているという怒りが湧く。
「てめえ、ふざけるんじゃねえぞ!」
思わず出てしまった怒気に高田は跳ね上がる。哀れなほどに怯えて、上目遣いに片部を見た。
片部は一つ咳払いをして再開しようとすると、高田が早口でまくし立てた。
「私は本物のサンタクロースです。子供に一年に一回だけの特別な夢を見せてあげるんですよ。」
その目は気の触れてしまった人間の目とは異なっていた。狂った人間はこちらを向いている時でも焦点が合わないために、目を合わせることができない。済んでいる世界が違うのかと思うような相容れない線がある。
しかし、この男は違った。言っていることは明らかに狂っているのに、高田の目はしっかりと片部を捕らえていた。飲み込まれるような錯覚さえ覚える強い目線だった。
「ほう。おかしなことだな。サンタクロースなんてものは存在しない。いや、彼らは存在するかもしれないが、いたとしても俺たちの親のもう一面であるというだけだ。」
片部は冷たい声音で突き放す。
「誰の親にもサンタクロースがいると思っているのですね。」
呟くような高田の声は感情が一切こもっていない。
「私の親はサンタクロースではありませんでした。この世界にはサンタクロースのいない子どもたちはたくさんいるのですよ。」
片部はゆっくりと頷く。
「私たちはそんな子供のサンタクロースなのです。」
はあ、と重いため息が片部の口から漏れ出た。至って真剣な目をしているので余計にうす気味悪かった。
(勘弁してくれよ。)
心底帰りたかった。
そんな片部の心も知らずに高田は一人で喋りだす。
「私はサンタクロースのいない子どもたちの典型的な例と言えましょう。父親は居ませんでした。母からうっすら聞いたところだと、私が三歳か四歳の時に死んだらしいです。母が多く語らないことを見ると、あまりいい人ではなさそうでしたねえ。」
遠い昔を眺めるような目をする。それが一気に高田を老けさせたように見えた。
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