99、No. 1は貫禄の色欲
「美味いでござる! 美味いでござる!」
「あんたは相変わらず大袈裟だね‥‥‥」
プリングの街にある普通の宿屋。
見慣れた俺の部屋のテーブルで、ご飯を食べる俺とトシゾウ。
「いや、本当に美味しいでござる。やはり、ニア殿が羨ましい!」
「‥‥‥トシゾウさん、なんやかんや言って、ほとんど毎日食べに来てるじゃないですか」
「それはまあ、ニア殿との勉強会のついででござる。奥方を奪う気はないでござるから、安心して欲しいでござる」
「奥方って‥‥‥別にまだ、結婚も何もしてませんから」
「ニア殿、男たるもの決断は迅速にでござるぞ」
アリスさん特製シチューを、ガツガツとかき込みながらトシゾウ。
「‥‥‥あんたら、そういう話は本人がいないとこでしてくれない?」
「アリス殿、これは失礼したでござる」
食事を配膳してくれてたアリスさん。
「2人で私の事を、なんか勝手に決めたみたいだけど、私は別に今のままでも構わないんだからね」
アリスさんはそう言うと、部屋から出て行った。
「怒られてしまったでござるな‥‥‥」
「顔が赤かったし、笑ってたんで大丈夫です。‥‥‥多分」
「拙者には、やはり乙女心はわからんでござる‥‥‥。ニア殿、まだまだ勉強が必要でござる! 今日も連れて行って欲しいでござる!」
「トシゾウさんが行きたいなら」
「ではお願いするでござる!」
トシゾウは決闘以来、たびたび宿に顔を出すようになっていた。
創造主の仕事は大丈夫なのかと思ったが、最近は女神様が創造主の仕事をそつなくこなしてるらしい。
「いずれ5号に、創造主を引き継ごうと思っているのでござる」
「女神様はなんて言ってんですか?」
「『‥‥‥別に』って、言ってるでござる。なりたいのかなりたくないのか、全くわからんでござる」
「やってみて大変さがわかったんじゃないですか?」
女神様は創造主になるために勉強中。
トシゾウの話では、以前はトシゾウにとって変わって創造主になる野心を持っていたようだが、今はそこまで意欲はないらしい。
「まあ、急いではござらんし、本人にやる気が有ればでござるな」
「そうですね」
「‥‥‥お前ら、また行くのか?」
「魔王、これは勉強会です」
「俺はもう魔王じゃない。何度も言うが、俺の事はウメちゃんと呼んでくれ」
「そうでした。ウメちゃん、片付けありがとうございます」
「他の客の相手は仕事だが、ニアの世話が俺の生き甲斐だ。任せろ」
食器の片付けに来てくれたのは、正式に宿屋店員になった魔王改めウメちゃん。
ウメは魔王を辞めた。
もちろん後任は、元魔王のイケメン魔族ヴィラル様。
本人はかなり嫌がっていたようだが、強引に魔王代理から魔王に出世させられていた。
まあ、ウメは人間な訳だし、魔族のヴィラルが魔王に戻るのが1番しっくりくる。
「‥‥‥で、創造主様が居るって事は、またイレイザの店に行くのか?」
「ウメ殿、勉強の為ニア殿をお借りするでござるぞ」
「あんな店でいったい何を学ぶつもりなんだ?」
「乙女心です」
「そうでござる」
「俺には鼻の下を伸ばして、遊んでるようにしか見えないが?」
「ウメ殿、断じて違うでござるぞ! 拙者は今後の為に勉強中でござる」
「‥‥‥俺には男心がわからん。金まで使ってアホにしか見えん」
「ウメちゃん、あそこはそういうお店です」
俺たちの目的地は、プリングの街に突如現れ、街の男達の話題を独占している『ラウンジ色欲』。
俺がオーナーを務め、イレイザがプリングの若い娘たちを雇い、切り盛りするナイトなお店である。
あまりの人気にリピーターが後を絶たず、予約すら簡単に取れない状況。
現在、急ピッチで2店舗目の開店準備中である。
「ニア殿は凄いでござる。あんな素晴らしい店を考えつくとは‥‥‥」
「‥‥‥俺は金と初めの方針を考えただけで、やってるのはほぼイレイザですから」
そもそも、イレイザが男から金をむしり取る店を作りたいと言い出したのが始まりである。
驚くほど天職だったようだ‥‥‥。
そして逆に客として、天性の素質があったトシゾウ。
初めは失恋で落ち込む姿を見て、気晴らしになればと連れて行ったのだが、今や『ラウンジ色欲』でトシゾウの名を知らない者などいない太客になっていた。
金遣いが尋常じゃない。
こんなでも創造主、金など腐るほどあるのだ。
‥‥‥そして、その金は最終的に俺の財布に入ってくるのだが‥‥‥。
「どうでもいいが、あそこの娘たちばかり相手してないで、ニアは俺たちを可愛がるのを忘れるなよ」
「はい」
ウメは俺に釘を刺して、部屋を去って行った。
「あ、ニア様とトシゾウ様、お出かけですか?」
「うん、出かけてくるね」
宿屋の受付に立つマスク姿の美女。
「レイラ殿、ニア殿をお借りするでござる」
「トシゾウ様、最近凄く楽しそうですね」
ニコニコとトシゾウを見るレイラ。
「レイラ殿、わかるでござるか。拙者はニア殿に会えて、毎日が楽しくて仕方ないでござる!」
「‥‥‥トシゾウさん、そこまで言われるとこそばゆいです」
俺じゃなくて、『ラウンジ色欲』の影響の方が大きいと思うのだが‥‥‥。
「事実でござる」
「まあ、なら良かったです」
「お2人は、またイレイザのお店に行かれるんですか?」
「そうでござる」
「トシゾウさんは良いですけど、ニア様は、その‥‥‥ほどほどに」
「レイラ、俺はお酒を飲んで楽しんでるだけだから」
この世界に転移した時、俺は19歳の未成年だったが、月日は流れ21歳になっている。
この世界には飲酒に年齢制限などないのだが、なんとなく小さい頃から自分で決めていた。
──お酒は20歳になってから。
「レイラ殿、ニア殿はオーナーで尚且つこの容姿でござる。座ってるだけで、モテモテでござるぞ」
ニヤニヤとレイラを見るトシゾウ。
「やっぱり!」
「‥‥‥トシゾウさん、そんな事言うなら連れてってあげませんよ!」
「デュフフ、冗談でござる。レイラ殿、ニア殿の隣には、基本イレイザ殿が怖い顔で座っておるから大丈夫でござる」
デュフフと笑うトシゾウ。
からかいやがって‥‥‥トシゾウのくせに生意気な!
「そういえばトシゾウさん、なんでレイラとウメを勇者にしたんでしたっけ?」
「‥‥‥え? どうしてでござったかな? 忘れたでござる!」
「嘘ばっかり」
「‥‥‥拙者の黒歴史でござる! もう聞かないでくれでござる!」
「『伴侶育成計画』でしたっけ?」
「やめてくれでござる! ニア殿、拙者先に行くでござる!」
トシゾウは赤い顔で、走って宿から出て行った。
‥‥‥逃げたな。
「お2人は仲良しですね」
ニコニコとレイラ。
「そうかな」
楽しくはある。
「あ、そうだ! ニア様、実は私も先日誕生日を迎えて、20歳になったんですよね」
「え? ごめん、全然知らなかった‥‥‥。おめでとう!」
「あ、いいんです。言ってなかったですし、正確に何月何日かわからないですから、なんとなくなんで」
こっちの世界には暦がない。なんなら日付の概念すらない。
「なんとなくでも、言ってくれればお祝いしたのに‥‥‥」
「それでなんですけど、私もお酒を呑んでみたいなって思いまして。今日の夜、一緒にお付き合いしてもらえないですか?」
「もちろん、喜んで」
「じゃあ、お帰りお待ちしてますね!」
「うん、じゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
俺はトシゾウを追い、宿屋を後にした。
「『嫁は探すのではない熟成させるのだ!』でしたっけ?」
走って逃げるトシゾウに追いつき、並走しながら俺はニヤニヤと声をかけた。
「ニア殿、しつこいでござる! ちゃんと関係各位には謝ったし、反省してるでござる! ニア殿にも謝ったでござる!」
この世界を創造したトシゾウは、伴侶が欲しくなる。
しかし、自分の創り出したはずの人間にフラれ続けたらしい。
もしかしたら、自分の創り出した人間は、自分を好きにならないのかもしれない。
そう考えたトシゾウはあるプロジェクトを立ち上げる。
『伴侶育成計画』
自分と同じ世界から召喚した女性を美しく育成し、ハラハラドキドキの大冒険の末、嫁にもらおうというもの。
──勇者は創造主の嫁候補。
その結果は、大冒険のあとウメには簡単に断られ、レイラとはカッコ良く出会う場面すらも、俺にぶち壊されたらしい。
ヴィラルと初めて会った勇者暗殺計画の時、実はカッコ良く登場するため裏でスタンバイしてたそうだ‥‥‥。
今思えば、石で空から撃ち落とした時、ヴィラルはやたら時間を気にして急いでた気がした。
余談だが女神様は女神様で、その時にあわよくば俺にトシゾウを殺させる気だったそうだが‥‥‥。
──壮大な神々の遊び。
巻き込まれた俺たちはいい迷惑なのだが、あっちの世界で全員死んでしまってた訳だし‥‥‥複雑な心境。
「人の心はそう簡単に手に入らない。それがわかった今の拙者は、今日もモニカちゃんの心を手に入れる為に、奮闘するでござる!」
モニカちゃんとは『ラウンジ色欲』のNo. 2のキャスト。
「ほどほどに頑張ってくださいね」
「いざ、出陣でござる!」
バカバカしい理由で召喚された世界。
バカバカしく今日も元気に生きてます。
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