88、生意気な!



「拙者は‥‥‥やったで‥‥‥ござるぞ!」


「よく頑張りましたね」


 夕暮れの草原に、うつ伏せで転がるトシゾウ。

 50メートルも走れなかった男が、ここまで走り切るとは目覚ましい成長である。

 


「ニア殿、拙者は楽しくて仕方ないでござる」


 暫くうずくまった後、顔を上げるトシゾウ。


「‥‥‥何がです?」


「今の生活でござる」


「それは良かったですね」


「朝ちゃんと起きて、夜にしっかり寝る。身体を動かし腹を空かせ、美味しいご飯を食べる。些細な事だが拙者には大きな一歩でござった」


「‥‥‥それは良かったですね」


「こんなに楽しい時間は、生まれて初めてでござる」


「‥‥‥なるほど」


 トシゾウは上半身を起こし、イキイキとした顔でこちらを見ている。


「拙者、痩せたでござろう?」


 ニヤリと笑うトシゾウ。


「目標達成ですね」


「そろそろ、良いでござろるか?」


「そろそろ、でしょうね」


 アリスさんへの告白。

 トシゾウはその為に頑張っている。


「拙者はやってやるでござる!」


 両手を空に向けて上げ、変なポーズをとるトシゾウ。

 ‥‥‥ガッツポーズみたいな事なのか?!


「ただ、トシゾウさん‥‥‥頑張って痩せたのは俺も認めますし、アリスさんも褒めてくれるでしょうけど、その、なんと言うか‥‥‥」


 歯切れが悪い。

 告白が成功する保証はまるでない。

 むしろ初めは、嫌がられていたわけだしな‥‥‥。


「ニア殿、大丈夫でござるよ」


「成功する自信があるんですか?!」


「‥‥‥ニア殿、あまり拙者を舐めないで頂きたい。フラれる可能性が高いことくらい、拙者でも分かるでござるぞ‥‥‥」


「ほう!」


「人の心はそんなに簡単に手に入らない、拙者はそれがわかったでござる」


 やはり目覚ましい成長。


「トシゾウさん、大人になりましたね」


「‥‥‥ニア殿、失礼でござるぞ。拙者の方が年上でござる」


「これは失礼」


 トシゾウは無表情のまま立ち上がり、空を見上げた。


「‥‥‥さて、ニア殿、その‥‥‥拙者に何か他に要件など、ないでござるか?」


「‥‥‥要件とは?」


 あるとすれば、ここであなたを殺す事くらいかな。

 ‥‥‥とは流石に言えない。

 そして俺はまだ踏ん切りがついてない。

 自分の命かトシゾウの命か‥‥‥。


 ──女神様のアホ。


 考えてたらなんかイライラしてきた。

 なんで俺がそんな事で悩まなきゃいけないんだよ。


「‥‥‥特に用事はないと思って良いでござるか?」


「‥‥‥そうですね‥‥‥うん、ないです」


 俺の返事にトシゾウはニヤリと笑った。


「ニア殿、心から感謝するでござる」


 人は死なない方が良い。

 殺すのも嫌だ。


 ──これが結論。


 トシゾウだからってわけじゃなく、人を殺すのは真平御免だ!

 ‥‥‥と、カッコよく考えてはみたものの、自分が死ぬのはもちろん嫌です。

 何か上手く逃れる方法を考えないとな。

 そもそも、女神様は本当に俺を消滅させる気があるんだろうか‥‥‥。


 ──トシゾウに全て話すか?


「さて、時間がない。行くでござるか、いざアリス殿の元へ!」

 

「‥‥‥そうですね」


 まだ色々考えはまとまっていない。

 祠に戻ったら急に死ぬかもしれないのだ。


「ニア殿、祠までひとっ飛び転移魔法を頼むでござる」


「あれ?‥‥‥教えてましたっけ?」


 トシゾウの前で転移魔法は使ったことがない。

 ちなみに今の今まで、トシゾウとは創造主がどうとかなどの話は一度もしていなかった。

 お互い聞かないし話さない。

 変な関係である。


「ニア殿、もう一度言うでござるが、あまり拙者を舐めないで頂きたい」


 トシゾウは真剣な顔で空を見上げていた。


「‥‥‥そうですね」


「拙者に任せるでござる」


 俺を鋭い目で見るトシゾウ。


「‥‥‥どうしました?」


「ニア殿、大丈夫。拙者に任せるでござる!」


 何かカッコ良く見えた。

 ‥‥‥いや待て、元々はトシゾウが撒いた種だからね?

 俺が悩んでるのも、あなたを殺すか自分が死ぬかだからね?


 ──トシゾウのくせに生意気な!


「わかりました、任せましょう」


 俺は掌に魔力を込めた。

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