77、乾電池の火起こしはそうじゃない
「‥‥‥これはなんでしょう?」
イレイザの部屋のテーブルに座る俺。
「お肉と魚のスープよ」
器に入れられ、ボコボコとなんだか分からない湯気を上げている緑色の液体。
湯気が目に入ると視界を奪われる。
──そうか、これは魔族用か!
「‥‥‥イレイザ、人間が食べても大丈夫なスープかな?」
「ダーリン何言ってるの? 魔族も人間と食べる物は同じよ」
‥‥‥そういえば、イレイザは召喚したシチューを飲んでたな。
「‥‥‥味見した?」
「食べようとしたら、涙が止まらなくなったわ。私、初めて料理したのよね」
駄目じゃん。
「今後、ご飯は俺が作ろう」
「やっぱり食べられないかな?」
悲しそうな顔のイレイザ。
尻尾が下に垂れ下がっている。
「‥‥‥本当にごめん、気持ちだけいただきます。イレイザが俺のために、一生懸命作ってくれた事は嬉しく思います」
なんか申し訳なくなって頭を下げた。
食べたら身体の何処かに、不具合が出そうなんだもの‥‥‥。
「‥‥‥ダーリン優しい。これからも、私のこと大事にしてね!」
「それはまた別のお話」
抱きつこうと飛び込んできたイレイザを、さっと交わして調理道具の置いてある石像の部屋へ移動する俺。
「‥‥‥イジワルね」
俺は魔法陣で召喚した調理道具を前に、立ち尽くしていた。
ある問題が発生していたのである。
「‥‥‥さあ、どうしようか」
告白しよう。
偉そうに今後は俺がご飯を作るとか言ったが、実は俺も料理をした事がない。
「ダーリン、ファイト!」
「とりあえず、肉を焼いて食べてみよう!」
焼けば大体のものは食べれるだろう。
まず、窓の側に置いた竈門の薪に火をつけるところからだな。
──ん? どうやって火をつけるんだ?
「イレイザ、どうやって竈門に火を付けたの?」
スープを煮込んでた訳だし、火を使ったはずだ。
「火の付け方が分からなかったから、使わなかったの」
「‥‥‥じゃあ、あのスープはどうやって作ったの?!」
「雷魔法を直接当てて、グツグツしたのよ」
‥‥‥そんな事するから、あんな物体が出来上がるのです。
「イレイザ、火の魔法をゆるく使って竈門に火を付けてよ」
火さえ使えれば、なんとでもなるのだ。
「ダーリン、私が使える魔法は『水』と『雷』だけよ」
「‥‥‥そうか」
──料理初心者である、俺たち2人の挑戦が今始まる。
「‥‥‥イレイザ、もう少し優しくしてくれ」
「ダーリン、もう少し我慢して。今良いところなのよ。なんだかイケそうな気がするの!」
日はとうに沈み、暗い部屋の中で必死に足掻く男女。
バリバリバリッ!
「いたたたたたっ!」
「ダーリンどう?!」
「駄目だ‥‥‥全く火は付きそうにない‥‥‥」
調理開始から何時間過ぎたのだろう。
俺たちは料理どころか、まだ火さえ起こせていなかった。
「なんだかこの方法だと、イケそうな気がするの!」
やはり火を付ける可能性が1番あるのは、イレイザの雷魔法だろうと色々試していた。
薪に直接当ててみたり、紙を召喚して撃ってみたり。
結果は全て失敗。
今試しているのは薪を両手で持った俺に、雷魔法を撃って発火させる方法。
あっちの世界で、乾電池を使い火を付けるサバイバルの映像を見た記憶があった。
こんな感じだったはずなんだけど‥‥‥。
「‥‥‥イレイザ、楽しんでない?」
「そ、そんな事ないわよ!」
俺はなんとなくわかるようになっていた。
イレイザのテンションは尻尾に現れる。
嬉しい時は上を向きフリフリされて、落ち込んだりした時は下に下がるのだ。
今は尻尾はピンと上を向き、左右に激しく振られている。
「‥‥‥この方法はやめよう。俺の身体がもたない」
「お願いダーリン、もう少しだけ! もうイケそうなの!」
ハァハァと息が荒く頬が赤いイレイザ。
‥‥‥いったい、どこに行かれるつもりなのでしょうか?
「‥‥‥やっぱりもう嫌だ」
「イジワル‥‥‥」
色欲は伊達じゃない。
「‥‥‥お腹空いた」
「ダーリン私も」
2人とも1日何も食べてなかった。
「よし、魔法陣を使う!」
──俺たちに料理の才能はないんだ!
人の物を取るのは嫌とかどうとか、綺麗事を言ってる場合ではない。
すでにシチューやベッド、調理道具さえも強奪しているじゃないか。
今更気にする事はない。
こんな魔法陣を用意した、女神様が全部悪いんだ。
魔法陣に手を添える俺。
とにかく調理された料理を出すか。
──いや、待てよ。
俺の脳裏にある閃き。
この魔法陣は漠然とした想像でも、それらしい物が召喚される。
調理しなくても、ずっと料理が食べられる何かを召喚出来たりしないかな?
例えば、誰でも簡単に料理が作れるようになる料理本とか。
‥‥‥何かないか?
考えろ! 俺たちが美味しいご飯を、毎日食べれるようになる方法を────
パシュゥ!
「‥‥‥あ!」
「ダーリン、この人誰?」
魔法陣の真ん中に召喚されたのは、『ニア様限定抱き枕2〜もっと強く抱きしめて〜』を抱きしめながら眠る、可愛いらしいパジャマを着たキツめの顔の美人なお姉さん。
「やばい、どうしよう」
「‥‥‥ん、ここは?」
目を覚ましたキツめの美人。
「アリスさん、なんかごめんなさい」
近づいて謝る俺。
「‥‥‥あれ? サトシが見える‥‥‥カッコいい」
寝ぼけてらっしゃる。
「アリスさん、俺です」
「‥‥‥はぁ〜。こんな夢を見るなんて、やっぱり疲れてるわね。‥‥‥調理場の道具と食材は急に消えるし、ベッドも盗まれるし」
──全部アリスさんのだったの?!
「夢の中くらい楽しもう‥‥‥」
抱きつかれ押し倒された俺は、アリスさんが完全に目を覚ますまでの暫くの間、『リアル、ニア様抱き枕』として可愛がりを受けたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます