37、限定品ニア様抱き枕



「うわー、大きな街! ニア様、私たち凄いRPGしてますね!」


 嬉しそうにはしゃぐレイラ。

 俺も初めて見た時、テンションが上がりました。


「レイラ、ここでは大きな声で名前呼ばないで」


「あ、ごめんなさい」




 俺とレイラはプリングの街にいる。

 王様の教えてくれた情報。

 『勇者の剣』はこの街の教会にあるそうだ。


「楽しそうな街ですね、お店もいっぱいある!」


 ニコニコしながら街を見渡すレイラ。

 そのレイラを見つめる街の人々。

 やっぱり目立つな。

 レイラの綺麗さは、手がつけれないほどになっていた。

 そのレイラの後ろを歩く鉄仮面を被る俺。

 俺は俺で物凄い怪しさで目立ってます。


「ニア様、歩きにくそう」


「息もしにくいし、視界も悪い。誰だこんなアホな装備考えたの」


 鉄仮面は2,000ゴールドします。

 20万円、誰が買うんだよ。


「この街にいる間だけ我慢だな。さっさと勇者の剣を頂いて帰ろう」


 何故こんな変装をしてるかと言うと、魔族を恐れてのこと。


「魔王には私達がここに来るのバレてますよね? 勇者の剣もあるんですし。変装の意味あるんですか?」


「これは街の人にニアだと、わからないようにする為の変装だから」


 街の人と親しく話すのを避けたい。

 人質にでもされたら、たまったもんじゃありません。

 本当は魔王を倒すまで帰ってくるつもりはなかったが、今回は仕方ない。

 


「あれが教会ですかね?」


「それっぽいな」


 屋根の上に十字架が飾られた建物。

 教会だろう。

 勇者の剣を貰ったらすぐ帰ろう。





「王様から話は聞いております」


 生き返らせたり、毒を治したり、セーブ出来ない神父様。


「では、さっさと勇者の剣をください」


「勇者の剣は地下にあるダンジョンの奥にあります」

 

 はい、めんどくさい。


「取りに行かないと駄目な感じですか?」


「私たちではとても無理です、モンスターがうじゃうじゃおりますので」


 なんてとこに保管してんだよ。

 

「誰が置いたの?」


「わかりません」


 役に立たない神父。


「もう、わかりました。行きますから場所を教えて下さい」


「こちらです」


 街の地下に、モンスターがいるダンジョンがなんであるんだよ。

 





「暗いですね」


「暗いな」


 ダンジョンに入って最初の感想。

 暗い。

 教会の地下にある階段。

 それを降りると物々しい大きな扉、ダンジョンの入り口があった。


「何も見えませんね」


「何も見えないな」


 視界は0です。


「ニア様、進みますか?」


「無理だろ。レイラ、光る魔法とか覚えてないの?」


「ないです。火で壁とか燃やしちゃいます?」


「俺たちも死んじゃうな」


 密閉空間の火災は危ないよ。


「雑貨屋で松明が売られていますよ」


 神父様まだいたの?


「‥‥‥松明か。なんか初期のRPGみたい」


 最新のゲームは洞窟でも明るい。


「最近のゲームは、プレイヤーにストレスを与えないよう細かいところが楽ですから。でも現実にすると洞窟なんですから、そりゃ暗いですよね」


 割とゲームオタクな勇者レイラは、話が通じやすくて楽。


「じゃあ買いに行こうか」


「はい!」


 理解が追いついてない神父様を置いて、俺たちはダンジョンを後にした。






 ファンシーで可愛らしい雑貨屋さん。

 何度か訪れた店なので正直来たくなかった。

 松明買ったらすぐ出よう。


「うわ、可愛い! こっちの世界にもこんなお店あるんですね!」


 テンションが上がってる人が一名。

 

「そうだ、俺外で待っとくからレイラゆっくり買い物してきなよ。松明も何本か買っといて」


 言いながら俺はレイラに財布を差し出した。

 レイラは財布を持っていない。

 何度か買おうとしたが、いらないと言われた。

 俺が全部持っとけと。

 俺が財布です。


「ニア様と一緒に見たいです」


「俺この店来たことあるんだ。あんまり入りたく──」


「いらっしゃいませ!」


 雑貨屋さんの扉が開いて、あの可愛い店員さん。


「うわ、綺麗。‥‥‥うわ。‥‥‥あ、えっと、こんな雰囲気の店ですけど、男性の方も安心して入って下さいね。よく店の前で尻込みする彼氏さん多いんですよ。彼女さんの為にも、見るだけでも構わないんで」


 初めの『うわ』はレイラに、2回目のは俺にだろう。

 失敬な。


「入りましょう!」


 ニコニコしてるレイラ。

 彼氏彼女じゃありませんよ。

 それにしても、意外と商売根性のある店員さんだったんですね。

 

「‥‥‥わかった」


 店員さんは俺を怪しいと思ってるようだが、誰かはわかってない様子。

 やはり我が変装は完璧であったか。

 

「凄い! 可愛い!」


 にこやかに商品を眺めるレイラ。

 勇者でも女の子。

 楽しそう。


「欲しいのあったら好きなの買いなよ、これレイラのお金も入ってるんだから」


 まだ握ったままの財布を見せた。


「買ってくれるんですか! 凄く嬉しいです!」


 だから貴方のお金です。

 プレゼントではないです。


「‥‥‥え? これ?!」


 レイラが一つのぬいぐるみを持ち、こちらを向いた。


「ああ、モフモフピンクのプリティーキャラ『ニアちゃん』だな。俺の名前はそいつが由来だ」


 若い女性に大流行してるらしい。

 ぬいぐるみから出てる札に『ニアちゃん』と書いてある。

 

「‥‥‥じゃあ、これは?!」


 今度は横に置いてあった、ぬいぐるみを見せてきた。


「‥‥‥何これ?」


 黒い髪でつり目の、可愛らしい人型のぬいぐるみ。

 札に書かれた商品名は『ニア様』

 商品の棚には『プリングの街で大流行! 』と書かれてる。


「‥‥‥俺か?」


「見た目が完全にそうですね。凄いです、ぬいぐるみまで売られてるんですね!」


「聞いてない」


 著作権とか問題ないの?


「私、これ欲しいです!」


 やめて下さい。

 

「抱っこして寝ますね」


 恥ずかしいからやめて下さい。

 ニコニコのレイラ。

 

「‥‥‥わかった、レイラのお金だ好きに使いなさい。ついでに松明もよろしく」


「はい、大事にしますね!」


 財布をレイラに渡そうとした時、店の扉が開きキツめの顔をした綺麗な女性が入ってきた。


 ──やばい。


 今、一番会いたくない人物である。

 なんなら変装はこの人物の為にしている。


「頼んでたの入ったかい?」


「いらっしゃいアリスさん。届いてますよ限定品の『ニア様抱き枕』」


「そう、良かった」


 ‥‥‥何買ってんですか。

 昼間からそんな物買ってないで、仕事して下さい。




「どうしました?」


「‥‥‥ちょっと待ってね。静かに時を待とう」


 縮こまり反対を向く鉄仮面の男。

 キョトンとする絶世の美女。

 早く買って帰って下さい。




「アリスさんこれです」


 可愛い店員さんが、奥からでかいぬいぐるみを持って出てきた。

 レイラの持ってるニア様ぬいぐるみを、そのまま大きくした感じ。

 



「‥‥‥私もあれ欲しいです」


「後で頼んであげるから、今は静かにお願いします」


「やった!」


 ガッツポーズするレイラを、ぬいぐるみを抱えたアリスさんが見てます。

 大丈夫、俺の変装は完璧だ。


「‥‥‥ねえ、ちょっと良い?」


 俺をアリスさんが見てる。

 こちらに向かってゆっくり歩いて来て、俺の前に立つアリスさん。


「‥‥‥あんた、何してんの」


 真っ直ぐ俺を見ながらレイラさん。


「ヒトチガイデス。アナタハダレデスカ?」


 日本語を覚えたての外国の方風。


「で、何してんの?」


 怒ってる? なんか怖い。


「あ! 人違いです! その人は違います!」


 レイラが何か感じ取ったのか、割って入り怪しげな釈明を始めた。

 がんばれレイラ、俺はあまり声を出せない。


「この人なんて名前なの?」

 

 俺を指差すアリスさん。


「え、名前ですか? えっと‥‥‥」


 がんばれレイラ! なんか適当な偽名を!


「この人はサトシさんです!」


「‥‥‥やっぱりサトシじゃん」


 冷たい目のアリスさん。

 怒ってます。




 レイラ‥‥‥その名前も駄目なんだ。

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