第41話 交錯する悪者たち(もう、泥沼です‥‥‥)



「装置は実験で作成したものを改良すれば事足りるかと。ただ‥‥‥宝珠が無くなったことで、以前の結界がどのように動くのかが不明なのです。父もそれを心配しております」

「あの二人が何を話し合ったと?」

「……」


 内容は知っていた。

 問われてフレンヌは一瞬、それを話すべきは迷った。

 ほぼ一方的に父親が女神教に通告した内容は、まだ王族の決議を受けていないものだったからだ。いや、許可を受けているといえば、受けているのだが‥‥‥ルディがそれを耳にすれば、必ず怒るだろうと思い、これまで黙っていたのだった。


「フレンヌ、何を隠している?」

「殿下、その――父は教皇様に出国税を払え、と。そう命じておりました。同時に宝珠を取り戻せ、とも」

「出国税? たかだか、百人にも満たない聖女一行に? こちらから追放したのだ、そんなことをすれば、世間の笑い者になるぞ。ガスモンは何を考えているんだ、まったく‥‥‥」


 言葉尻は荒くても、フレンヌの背中をさするルディの手に荒々しさはなかった。


「それが、数万人の‥‥‥獣人たちが、その後に続いている、と。報告が‥‥‥」


 ああ、それかとうなずくルディ。彼は解放奴隷たちのことを知っているようだった。


「お気づきですか」

「知っている。街道沿いの領主たちに解放奴隷が望むならば、好きにさせてやれとも命じたのは僕だ」


 えっ? とフレンヌの黒い豊かなふさふさの尾が小刻みに揺れる。

 不安と戸惑いを感じた時に起こる、彼女の癖だった。

 王太子はそれを見て、彼女の肩を軽く叩いた。


「いいんだ。奴隷を長くもてばもつほど、利益は増える。その分、解放奴隷たちに関していろいろと金もかかる。獣人は人よりも頑丈で長生きだ。そう考えたら、経費は人の奴隷を持つよりも安く上がるだろう」

「あ、はい。そうですね、殿下」

「だが、諸侯は時間が増えれば増える程、豊かになり反逆の力を蓄える。それなら、さっさと本当の意味で解放して自由にしてやった方がいい。解放奴隷の反乱がおきたら、対応するのは王国の正規軍だ。また金がかかる‥‥‥それに」

「それに、なんでしょう」

「お前の同族だろう。王妃が獣人になったら、彼らはさらに自由を望む。その前に自由になったほうが、あとあと、問題も減る‥‥・・・僕も未来の妻に恨まれたくない」

「ありがとうございます、殿下。フレンヌは嬉しいです」

「なぜだ? 夫婦になるなら、気遣いは、当たり前の感情だろう? それに――」

「それに?」

「出て生かせた聖女に、反乱軍の旗印なんてされてみろ。王国は真っ二つなる。お前と過ごす時間の大半が、嫌な思い出で染め上がる。冗談じゃない」


 ルディはそう言うと、グラスの中身を飲み干し、席へと戻った。


 彼の思いにどう返事をしたらいいかとフレンヌは戸惑い、驚きを隠せない。そこまで自分のことを考えていてくれたなんて、と熱いモノが胸の奥にこみあげてきて、止めれないでいた。


「ところで、いくらだ」

「はい? いくら、とは」

「だから、出国税だ。まさか、解放奴隷たちにまでそれを払えと命じたわけじゃあるまい?」

「……」


 フレンヌの心が一気に冷え込んだ。

 背中をぬるっとした嫌な汗が流れていく。

 片方の耳が後ろを向き、尾は更に小刻みに動いていた。


「おい、まさか。要求したのか?」


 返事をするも言葉にならないそれはゆっくりと虚空に混ざり合って消えていく。

 うなずいた新しい婚約者の顔が蒼白に変わるのを見て、王太子は「なにをやってるんだ、あいつは」と、自分の魔導の師を心のなかでしかりつけていた。


「殿下、申し訳‥‥‥ありません‥‥‥父はそんなつもりでは」

「つもりもなにもあるか! 僕が許可したんだ。出国させても構わない、とな。それを覆してどうするんだ、あの愚か者が‥‥‥どうせ、多額の金額を要求したのだろう。彼らが払いきれないような、額を」

「ごめんなさい、殿下。ごめんなさい」


 フレンヌは面色を失って震えていた。ルディの怒りは一度始まると、誰かが犠牲にならないとおさまらないときもある。

 父親が罰せられる光景を想像するのさえ、フレンヌには恐ろしかった。


「いくらだ!」

「……大金貨、‥‥‥五千枚っ。です‥‥‥」

「なんてことだ。やってくれたな、ガスモン先生!」


 国が一年に使う財政予算と同額だ。そんな大金を払いきれるわけがない。

 どうせ、現金で寄越せとでも言ったのだろう。あの魔導師長はそれくらいには、相手を追いつめるのが上手い。


「僕に謝る問題じゃないんだ、フレンヌ」

「え? それはどういう‥‥‥」

「もし、それが原因で解放奴隷たちが国内に残り、元通りの暮らしに戻った場合。彼らの怒りは聖女ではなく、お前に向かうだろうな。新しい王妃に。そして、聖女を追放した僕にもだ。まあ……」

「そんなっ。でもだって、殿下は聖女様を救いになられたくて!」


 まあ、なんだろう。

 彼の言葉の続きが気になった。

 自分と父親を見捨てるつもりか、それとも、聖女を呼び戻そうとするのか。

 何か大きな決断をしそうな気配が、室内には漂っていた。

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