第37話 聖騎士と王太子(その関係性は?)


「なっ、なんですか、それ‥‥‥ッ」


 聖女の通告に、ルーファスはどこか怒りを宿した視線を返してきた。

 言葉の語尾がどことなく荒っぽくなり、熱を帯びている。

 こんな目ができるんだ、とカトリーナは彼の見知らぬ一面を見て、驚きに包まれた。


 真摯で真面目な青年、というのは彼に当てはまる表現かもね。

 そう思ったら、彼には聖騎士としてあるべき行いをして欲しくなった。


「私達、王国から追放された上に民衆をそそのかし、扇動して世間を惑わせた罪で、逮捕されるみたいよ。犯罪者として。そんな相手を守ったらあなたまで聖騎士の誇りを保てなくなるわ。だから、行くべきだと私は思います」


 そう言ったら、彼はさらに起こったような顔をした。

 騎士の誇りというところに、反応したように見えた。


「聖騎士とは聖女様、ひいては神殿を守るために存在するのです。女神様にそう誓いを立てたのですから。逃げたら‥‥‥」

「逃げたら?」


 聖騎士は胸を張って、それが自分の生きがいだ、とでもいうかのように応えた。


「あちらの世界で、女神様によくやった。お前は良き信徒だった、と。そう誉めていただけなくなります。それは困る」


 困ります、と真剣に彼は言って退けた。

 こっちもあっちも信仰に熱心だなあ、とカトリーナは心で感心する。

 聖女がそんなことを言ってはいけないのは分かっている。


 自分が、彼らの信仰の頂点にいる存在の、現世の代行者なのだから。

 でも、だからこそ思うのだ。


「……女神様は信仰に死ぬよりも、生きることを選びなさいと。そう言うと思いますよ。聖騎士様。だから、お行きなさい。ここはあなたに相応しくない」

「そんな。神殿の盾になるのが自分の務めです!」


 逃げるなんてとんでもない。

 退席するなんて望んでいない。

 守ることを諦める術なんて知らない。


「死ぬことが悪いとは言いません。あなたの敬虔な女神教信徒としての信仰心には敬意を払います。信じることを成すのも、また一つの生き方です。でも、神殿からも王国からも退位を望まれている聖女を守るために、信徒を犠牲にするならそれは本末転倒です。聖騎士を名乗るなら、信徒を守りなさい。この西の分神殿にいる神殿騎士を統括するのがあなたの責務でしょう?」

「……正式な退位が決まりその座を、次の誰かに譲る儀式が終わるまで‥‥‥お守りすることは譲れません」


 頑固だ。

 一途で、情熱的で、自分の正義と信念を持ち合わせていて、人望もある。

 それはこの分神殿の人々を見ていればよく分かる。信用は時間を重ねることでしか手に入らない。

 こんな状況でなかったら、いい仲間になれただろうと、そう思う。


「あなたは時代にそぐわない人ね、エディウス卿。でも、行きなさい。聖女じゃ信徒を守れないから。民を守ってくださいな」


 逆を言えば、彼ほどに信徒の未来を任して託せる人物はいないような、そんな気もした。


「ラクールの神殿騎士は約二千。どれほどの壁になれるか」

「私達への壁は要りません」

「は? ‥‥‥と言われますと?」

「ありますよね? この分神殿にも。王都と国内外の各分神殿をつなぐ、転移装置」

「それは、まあ。しかし、その案はさきほど却下されたのでは」


 まさか。

 カトリーナは悪戯っぽく笑って見せる。

 あれは教皇一派の台頭を防ぐために言ったのだ。


「みんなに確認した後に、望む信徒だけをパルテスの分神殿まで、ね? あちらにも、分神殿はありますよね」


 お父様? と聖女は大神官を見やる。


「ああ、ある。それも最新のものだ。一度に百人は行けるだろうな。戦争ともなれば、有用な移動手段に利用されそうだから、黙ってはいるが」


 でも、宮廷魔導師長ならそんなこと、とうの昔に気づいているだろうけどな、と大神官は付け加えた。

 それを知る彼らが、王都から空路なり、転送装置なりを使って先回りしなかったのは、一重に聖女たちは信徒を見捨てない、と奇妙な信頼をされているからだろう。


 まあ、あと二、三日は時間を稼げそうな気がするカトリーナだった。

 残ることを決めた信徒、突いていくことを決めた信徒。

 彼らが落ち着くまでの間、時間を稼いでほしい。

 それがカトリーナの希望だった。


「しかし‥‥‥。どうされますか、あの税金は? 残された者たちの処遇は‥‥‥教皇様といえども、聖女様を失い、要求された金額も用意できないでは、何もできない気がします」

「さあ? それはどうしますか、お父様?」


 ここまでの旅の道すがら、聖女に同行するように民に先ぶれを出して回ったのは大神官だ。

 こんな状況を予期して対策を練っている?

 それとも無策?

 どっちかしら、とカトリーナは首を傾げる。

 ルーファスは怪訝そうな顔をして、彼らの会話を見守っていた。


「まあ、何とかするか」

「何とか? とは」

「……後から話す。私はまだ、その青年を信用しきれていない」

「ああ……だそうよ、エディウス卿」

「そういうことならば」


 と、ルーファスは顔つきをこわばらせる。


「信頼に値するような働きをしてご覧に入れます。期待に沿えるよう、動いて見せましょう」

「言うだけはタダ、だからな。エディウス卿。悪いが、今はこのラクールの守りに徹してくれないか。あと‥‥‥転送装置の死守だけはしていただきたい」

「御命令とあらば」


 必ず、期待に応えて見せる。彼の情熱的な瞳はそう告げていた。聖騎士の覚悟を見て大神官はそうかとうなずくと、やはり娘と同じ仕草で扉を示していた。


「ここからは、私達だけで話をしたい。いいかな?」

「ええ、それでは。また後程」


 挨拶をし、彼は部屋を出ようとする。

 大神官はカトリーナだけをその場に残すつもりのようだった。

 彼らがそれぞれ部屋を退出し、最後にルーファスが出て行こうとするところでカトリーナはふと、疑問を口にした。ずっと気になっていたのだ。


「ルーファス様」

「何か」

「王太子殿下とは、その‥‥‥ご関係は?」

「は? あー……あれとは、母方の従兄弟といいますか。縁戚のようなものです」

「そう‥‥‥」

「それでは」


 一度は夫にと決めた男性と見た目がそっくりの青年は、笑顔を置いて出て行った。


「惚れたのか?」


 後に残された部屋の中で、無神経な質問をした大神官に、聖女は手に持っていた扇子を投げつけた。

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