第34話 気の早い聖騎士(まず、落ち着きましょう)

 ナディアは堂々と己の考えを述べた。

 もう教皇という壁は立ちふさがっても脅威と思えなかった。

 聖騎士として自分が果たすべきこと。

 それは聖女を無事に逃がすことだと、そう心に刻んだから。


「間違ったことは申しておりません。当代の聖女様はカトリーナ様、ただ御一人。そして、女神様から代わりの聖女の名は挙がっておりません。そうですね‥‥‥大神官様?」


 女神の代理人を救うのだという聖なる役目を果たそうと、ナディアは実直な眼差しをジョセフに向けた。

 それはもう言い逃れができない段階にきていると大神官に教えていたし、逆にここで新たな神託――次なる聖女を選び出す選択を教皇たちに強いることも彼にはできるようになった。


 信仰心が切り開いた新たな境地というか‥‥‥カトリーナは複雑な心境だった。

 それは自分がやるべきことだったからだ。

 次の聖女には誰が選ばれるか。

 その役目を担うのは誰か。


 フレンヌかナディアか‥‥‥もしかしたら、まったく見知らぬ別の誰か、かもしれない。

 どんな人間が選ばれて、新しい彼女がどんな決断をそれから下すのか。

 もしかしたら、大神官と元聖女である自分を殺そうと目論むかもしれない。

 そうなるなら、それはそれで、別によかった。

 パルテスに民衆を導くという役割を、ここで捨てるという選択肢だけは、会議の議題に掲げたくなかった。


 自分を求めてくれた民衆を、父親の策謀によって担ぎ出された彼らを、こちらから裏切るような真似だけはできないとカトリーナは考えていた。


「大神官様!」


 ナディアが返答を急かした。

 まるで待てないというように。

 彼女はただ自分のためにそれを望んでいるように、カトリーナには見えていた。


「……神託は下っていない。女神様は新しい聖女をまだ望まれていない。少なくとも、私には告げられていない。他の者へと心変わりされたなら別だがな‥‥‥」

「やはり‥‥‥女神は我が聖女様を見捨ててはおられなかった。それでは今すぐ――」


 真摯な瞳が純粋な瞠目となって、ナディアの全身を嬉々とした輝きが満たしていく。

 けれど、カトリーナにはナディアの感情の起伏がまったく理解できなかった。


「休憩にしましょう」

「え? 聖女様? いまからすぐにでも、転送魔法にて国外へと‥‥‥」

 唐突な提案に卿を削がれて聖騎士は不満を口にしようとする。

「いいから! 休憩にしましょう‥‥‥教皇様、少し宜しいですか」

「あ、ああ……わしからも話がありますでな、聖女様」

「では、少しばかりお話をしましょう。二人で」

「ええ、是非とも」


 カトリーナとザイガノはそれぞれ席を立ち、部屋の隅にある従僕たちが使うテーブルに移動して静かに会話を始めた。


「えっ? えっ? ‥‥‥どうして‥‥‥」


 女神教の信徒ならば誰が見ても満点を与えるだろう、素晴らしい回答を会議の席で導き出したはずなのに。

 ナディアの心には納得のいかない不満が湧きだしそうだった。


「ルーファス!」


 小さく、少女騎士は幼馴染の少年に同意を求めた。

 自分は間違っていないよね? 信者たちを守る聖騎士としての判断は誤っていないよね、と。

  少年騎士は気の焦る少女騎士に、そうはやるな、と声をかけてやる。

 聖騎士としてナディアは少しだけ、早まった決断をしかけている。

 ルーファスにはそう見えた。


「ナディア‥‥‥。落ち着け。いま、ここから聖女様と大神官様、その周りにいる神殿関係者だけを転送したら、世間どう見る?」

「それは‥‥‥だって、王国は御二人をいまにも罪人のように扱おうとして‥‥‥」

「女神教には御二人は大事な方々だ。しかし、信徒も‥‥‥それに女神様の意思は大神官様にきちんと告げられるはずだ。いまは時期じゃない、そういうことだよ」

「そんな、でも。間に合わなければ?」

「その時こそ――」

 少年騎士はぐっと唇を引き締めて宣言する。

「聖騎士としてやるべきことを成すだけだ。違うか?」

「ええ……そうね、ルーファス」


 そう言い、ナディアはうなずいた。

 だが、その瞳にはまだ納得のいかないものが浮かんでいることが、ルーファスになにやら先行きの不安を与えていた。

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