第33話 純粋な心(欲深いと負けそうです)


「んー……っ」


 カトリーナの口から重い吐息が盛れる。

 なるほど、そういう論法でくるならこっちには、無関係です、とは言い逃れができない。


 神殿の本部の全て、神殿の支部の全て、王族とのかかわり事の全て、となったら最後の砦はカトリーナだ。

 病床に伏せていたからできませんでした、などと言うのは言い逃れにしか受け取られない――とは思うものの‥‥‥。


「女神教の三本柱、いえ、本当は七本ですけれど。いま聖騎士の方々は教皇様の子飼いになられたようですから、三本ですね」

「お待ちを!」

「そうです! 子飼いとあまりもの言い分です」


 おや?

 カトリーナは首を傾げた。

 てっきり、この二人は――聖騎士ナディアとルーファスは、敵方だと思っていたからだ。


 この城塞都市ラクールに足を踏み入れる前から。

 聖女が王宮を追放される前から、教皇の配下に入っているとばかり思っていた。

 しかし、どうやら誤解があったらしい。

 それが良い方向につながるといいのだが。

 カトリーナは大神官を見やる。


 父親は表情で、もうどうにでも好きにしろと、言っていた。

 それならお言葉に甘えて、と聖騎士二人を改めて見やる。


「見た所、御二人ともまだお若く、神殿の業務にもそれほどの慣れがあるようにも思えません。何より、聖騎士に就任して間もないということですから、師と仰ぐべき誰かも必要でしょう。その意味では、教皇様が模範となり導かれているのかと、そう思いましたが。違いますか」


 言葉を微妙に違う方向に曲げてみた。

 二人は顔を見合わせて、それはそうですが、とうなずく。

 ほら、なにも変わらないじゃない。それがカトリーナの本音だったが、ルーファスが再度、異論を呈した。


「自分は十六、ナディア様は十八でまだ若いと言われれば若輩ですが‥‥‥聖騎士の権利も義務も心得ております。神殿は七人によって統治されることは先代から決まっていたこと。結託し、不透明な政治をすることはありません‥‥‥」


 ナディア様も同じでしょう? とまだ少年の聖騎士は、少女の聖騎士を見やる。

 カトリーナは自分とそれぞれが一歳しか変わらないことを再確認して、いくらなんでも若すぎるでしょう、と溜息をつく。

 そして、教皇の孫娘は祖父の恫喝するような恐ろしく意志の強い目つきの前に、はっきりと明言できないでいた。


 孫と祖父の間で決められた返事は、「もちろんそうです。しかし、今回は教皇様の御意見に従うのがただしいと思います」というものだろうと推察する。

 けれど、少女騎士はそれ以外の何かも言いたそうで、それを教皇が視線で圧殺している節があった。


 助け船を出そうかしら……。

 ふとそんなことを聖女は思い立った。

 もし、新しい勢力になるような返事が飛び出るなら、それはそれで面白い。


「ナディア・フライト卿。この席に座るとことは、対等な発言権を有しているということ。誰も何者も、あなたの意志に反して言葉を選ばせることは許されません。女神様の御前と考え、本当の心を正直に言葉で示してください。他の方々も、そのように願います」


 こう伝えておけば、彼女の心は苦しくなるだろう。

 女神に対する信仰心が深ければ深いほど、本音を語れない苦しさはナディアの心を焼くだろうし。

 教皇側がナディアの意志を抑えこめば抑えこむほど、孫娘との仲は悲惨なものへと変わるだろう。

 わたしって悪女かもしれない。

 そう思うと、自身も良心の呵責に苛ませられる、カトリーナだった。


「でしたら」

「どうぞ。あなたの意志を止める者は誰もおりませんよ」

「でしたら、私は‥‥‥」


 さあ、祖父への反抗を見せてくださいな。

 そう期待したらいい意味で裏切られた。


「私は、聖女様と大神官様の早期の国外への移動を要請します。陸路ではなく、できれば空路かもしくは‥‥‥」

「えッ?」

「もしくは、西と南の分神殿を繋ぐ転送航路にて、先んじてパルテスへとお入りいただくことが、王国側からの追求を逃れやすいかと‥‥‥おじい様、ごめんなさい」

「ナディア、お前‥‥‥」

「ちょっと」


 教皇が驚くのも無理はなかった。

 孫娘は聖女と大神官を王国側に売り渡そうとしている祖父をさっさと見限って、逃げている二人にさらに逃げやすい方法を提示したのだから。

 聖女も教皇も見誤っていたのだ。


 若くして聖騎士にまでなった、少女騎士の信仰心に勝る武器はなかったらしい。


 彼女の女神への想いは、祖父の薄汚い権力へのあこがれだの、カトリーナの彼らを利用して民をうまく国外に逃がそうという小手先の考えをやすやすと飛び越してしまい、一足飛びに女神ラーダの懐へと駆け込んでいた。

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