第30話 骨肉の争い(しぶとい彼らです)
「それはまあ」
「確かに」
と、ナディアとルーファスも聖女の言葉に同意する。
教皇ザイガノは更に怒り荒れるかと思ったら、意外な反応をして返した。
「それは分かっております、聖女様。あの宝珠を盗賊の連中から奪還した時も、本神殿を建立し安置した時も。わしは同席しておったのですから」
「えっと‥‥‥ですが、父が盗んだと明確な証明もできないままに、こんな意図が不明な会談を用意したのですが‥‥‥?」
「意図は明確ですとも。大神官はあの宝珠に愛されておる。自在に拡大も縮小も思うがまま。だからこそ、エイブスの証言だけでも充分だとは思いませんか?」
「……それは初耳でしたわ」
明かされる意外な事実を耳にして、全員の視線が大神官に注がれる。
ジョセフは、
「明かせば誰かにそれを教えろと言われそうでな。命を狙われてもつまらんだろう、それにこの事実はそこの爺さんと、先代の大神官と」
と、二人の若い聖騎士たちをぐるりと見渡す。
「君たちの御父上たちしか知らない秘密だ。王族も、国王陛下も、国外の女神教の誰も知らん」
自信満々にそう言う大神官に、ナディアがでも、と声を上げる。
「……恐れながら、聖女様がお知りにならないことが‥‥‥その、一番の問題では?」
わたしもそう思う。
カトリーナは心で同意した。
「一世代の秘密にするつもりだった!」
知りたくなかった。知っていれば、あの王宮を出るときに自分が持ち出して、もっとうまく分からないようにやったのに、と心で大神官の不手際に牙をむく。
父親に対する娘の感情は至極簡単なもので、「下手くそ!」その一言に尽きた。
しかし、場の最高位という立場もある。
カトリーナは沸き立つ苛立ちを抑えこもうとしていた。ろくでなしの父親でも父親だ。
捨てるなら……隣国で女神教を正式に発足し、様々な要素を整えてからすることにしよう、と堅く心に決意する。
‥‥‥この旅が始まって以来、こんな決意を二度目もさせられるなんて……。亡き母親の生前の記憶を掘り起こしても、あまり父親を誇らしげにしていなかった理由が分かった気がしたカトリーナだった。
「もう、いいわ。それで、持っているの、いないの? どっちなの、お父様!」
そう問われ、大神官は渋い顔をする。
どうやら、この部屋に自分の味方はいないと悟ったらしい。
カトリーナの方を見て信じてくれと見るも、さっさとあきらめたらしい。両手を挙げて、負けを認めたようなポーズを取る。そして言った。
「持ってない。盗むにしても、近づく必要がある。私は娘が王宮を追放される前に放逐された身だぞ? ‥‥‥どうやって神殿に近づけた?」
なるほど。
「教皇様? 父はああ、申しておりますけれども?」
「……あるはずだ。ジョセフは口先だけで大神官に登り詰め、さんざん好き勝手をしてきた男だぞ。神官の風上にもおけない破戒僧だ」
「それはあんただって同じだろうが、爺さん! 西と南にある分神殿の領地から、奴隷を引き抜かれて行けば、いずれは衰退するのが目に見えているから、文句を言いにきたくせに!」
大神官が卓を叩いたせいで、せっかく女神官たちが用意してくれたお茶の器が空に舞いそうになる。
「はあ……。醜い争いなら、どこか他所でやってくださいませ、御二人様。聖女が同席する必要に欠ける議題かと思いますわ」
宝珠はない。
犯人は分からない。
解放奴隷を失えば、既得権益を失うから、教皇が乗り込んできた。
聖騎士二人はこれも役目だなんだとうまく言いくるめられたのだろう。
神殿の統治は先行き不安だわ、とカトリーナの目の前は文字通り暗くなる。
俯いたから、黒のベールのほうが覆いかぶさってきた。
「いいですか。ここに宝珠はありません。そのような気配もしません。女神様と会話もできない聖女ですが、これでも結界の維持を十数年やってきたのです。そのために必要な宝珠があるかないかくらい、分からないとでも?」
女神様に誓って言えますよと、反論する。
聖女が女神様に誓うとまで宣言してしまったら、教皇たちにこれ以上、追求する方法はなかった。
場の沈黙が深まるなか、老人がぽつりとつぶやいた。
「だから‥‥‥さっさと退位して置いていただけば、まだ、どうにかなったものを‥‥‥」
「私はもうすでに籍をはく奪されているがな」
「馬鹿者! お前に言っておるのではない!」
不満を残した顔のまま、大神官は黙ってしまう。
「まだどうにかなったとは、どういうことですか。教皇様」
老人は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「このようなことは申し上げたくないが、宝珠がなければ女神様の結界は維持されん。宮廷魔導師どもがどうにかできると息巻いているが、それすらも怪しい。それは聖女様も御存知でしょう?」
「まあ、そうね」
あの記憶が脳裏を過ぎる。
カトリーナには聖女としての幾つかの能力がある。結界の中にいる誰かの欠片にすぎない記憶に、そっと触れることができる。それは彼女以外、ジョセフしか知らないことだ。他人の記憶を垣間見れば、そこにあった過去の真実にも触れてしまう。人はそれを望まない生き物だ。ジョセフはそう言い聞かせて、カトリーナがこのことを誰にも語らないように細心の注意を払ってきた。
人の心が分かれば、不正だの悪意だの、そんなものは明らかになってしまう。
それを望まない人間は多いのだ。
特に、貴族や王族といった、支配層に至っては‥‥‥秘密のほうが普段よりも多いこともある。知ってはならないことを知ってしまい、何か危険なことに巻き込まれないようにという、父親の優しさだった。
あの記憶の中で、フレンヌは言っていた。
「寝たきりの女なんて、殿下には相応しくない」、と。
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