第27話 聖女様、退位の御時間です(だが断る)

 それもそのはずで、騎士たちは青の法衣をまとい、神官たちは朱色の法衣をまとっている。


 扉の奥は大聖堂になっており、左右には信徒たちが座るための長椅子が所狭しと連ねておかれている。

 その中央を、朱と青の二色がうねうねと歩んでゆき、大聖堂そのものは灰色の床と壁の建材がその色で夕暮れの仄暗い、闇色の空を連想させる。


 真っただ中をゆく朱色と青色の二色は陽光に照り返されて、これから夜の世界の始まりを告げるようにも見えなくはない。

 そして、彼らが向かう先には金色の縁取りをされた女神像と、その隣には彼女が住まうとされている朱色の月を模した柱が二本、像の左右に建てられている。


 女神から誕生した子供たちが長い時間をかけてようやく母親のもとに戻ってきた――そんな感じにも見えてしまう、荘厳な情景の一部だった。


 その先頭に立つ大神官ジョセフはこれから何が始まるのかを、まだ娘に伝えていない。

 カトリーナも聖女として儀式には幾度も参加してきたけど、この儀式はまだ見知らぬもので、どうなるのかと不安を隠しきれないでいた。


「ここからは我々の話し合いになる」


 大神官はそう言い、女神像の足元の奥にある、とある部屋の入り口に手をかけた。


「大神官、聖騎士、聖女と集まったな。長い時間がかかるかもしれん、みな待つように」


 そう言い、彼はえ? え? と状況を理解できないカトリーナを連れて中へと足を踏み入れる。

 仕方ないからその後に続こうとすると、隣にはいつもまにかルーファスがいて、「頑張りましょう」と力強い激励をくれた。


 ん? と大神官は面白なさそうな顔をする。

 娘に気易く近づくな、若造が。そんな父親の顔だった。


そして、三人が室内に入ると、大神官はもう一度外に顔をだして大声で告げる。


「気楽に待て。いつものようにしていていい。警護だけは怠らないようにな」


 最高責任者の一人がそう言うと、神官や騎士たちの神妙な面持ちが和らぎ、大聖堂の雰囲気は一転して落ち着きのある物になった。


「女神様の降臨の儀式でもないのに、堅くなりすぎだ」


 彼はぼやくように言い、扉を閉めた。

 その際、向こう側で守りに就く神殿騎士たちに、何か目配せした気がするのは気のせいか。

 また波乱が起こりそうな予感だ。


 この会議、無事に終わるのかしらとカトリーナは部屋をぐるりと見渡した。


「聖女様はあちらに」


 二人の神殿騎士が後ろに立つその席は最奥の上座。

 ここいる神殿関係者の中では最高位の者が座る場所だ。

 てっきり女神様の転生体とか。

 そんな人物がいるのかと淡い期待をしていたら、あっけなくそれは霧散した。


「みな、ご苦労様です」


 席に着いたら、誰も会議を始めようとしない。

 仕方ないから、カトリーナは自分からその言葉を発した。

 ベール越しの赤と黒の隙間から、その部屋に居並ぶ人々をぐるりと見渡すと、聖騎士ルーファスと、その真向かいに座る女性が目に入る。


「あの方はどちらさま?」


 後ろに控えた神殿騎士が、静かに応える。


「南の分神殿の聖騎士ナディア様です」

「ナディア‥‥‥あちらも代替わりしたの、そう‥‥‥」


 ナディア・フライト卿。

 女性に卿とつけるのもどうかと思うけれど、まあ、それはどうでもいい。

 聖女の交代というか引退、大神官の交代劇とともに聖騎士まで交代した、と。

 神殿の政権が交代したということかもしれない。

 王都からこちら側と向こう側では二つに王国は分かれるのかな、とも思ってしまう。


 王都以南の南と西が聖女派閥。

 王都以北の北と東が王太子派。


「揉めるなあ……」

「何か、聖女様?」

「ううん、何でもない」


 そんなやりとりをしている間に、大神官がさっさと挨拶だの適当な祝辞だのを述べて会は始まった。


 右手側に南の分神殿の聖騎士ナディアと、全分神殿を統括する教皇ザイガノ。

 左手側に西の分神殿の聖騎士ルーファスと、大神殿を追放された元大神官。

 そして、中央に聖女。


 あとはそれぞれの守りにために席の後ろ。

 壁際に立つ聖騎士が十余名。


 この西の分神殿で会合をするという話は聞いていなかった。


 大神官も知っていたというより、昨日の聖騎士ルーファスとの間で調整されたものだろうと、カトリーナは踏んでいた。

 そうなると何かしらの話を持ち出したいのは――やっぱり教皇様か。


 ザイガノは齢六十代を数える、額がうすく後退した小柄な男性神官だ。その顔には冷ややかな笑みのようなものが浮かんで見えた。

 利用するなら最後まで。

 聖女と神殿が共倒れすることのないようにするためには‥‥‥やっぱりこれか、な。


「それで、ザイガノ様。聖女の退位でも求めに参られましたか?」


 準備万端で望めない戦争は、先手が大事だ。

 敵の機先を削ぐにはこれほど真正面から切り出す話題もないはず。

 あいにくと、教皇はたいして表情を変えなかった。

 逆に捉えるなら、それは大いに肯定されたということだ。


「聖女様、それは‥‥‥」

「わたしに退任を求めても無駄ですよ、教皇様。それは女神様に求めなさい」


 カトリーナはぴしゃり、と言って退ける。不満そうなそれでいてどこか苛立ちがその目の端に見て取れた。だって仕方ないじゃない。それはわたしには決めれないのだから。

 カトリーナはこころでそう呟いた。

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