第14話 死神と狼娘(狂信者がうまれます)
見覚えのある死神たちが、彼女と彼の周囲に湧いてでていた。
この時のフレンヌは少年が王太子だなんて知らないから、ただ素直に少年に申し訳ないことをしたと心の中で謝罪していた。
魔導師達に手足の自由を奪われ、拘束されて運ばれていく自分はまるで昔、冬の広場で解体される豚が運ばれていくさまを連想させた。
あの豚もまた、自分と同じように手足をぐるぐる巻きにされて動けないまま助けてくれと哀れな命乞いをする叫び声をがなり立てていたからだ。
それならば、自分はせめて獣よりも人間として死んでやろうとおもった。
獣人だからといって、獣のように誇りも尊厳もなく死んでいったと思われるのは癪だった。
自分は人なのだ。
例え獣の耳と尾を持っていたとしても、心はまぎれもない人間なのだ。
ぶらん、ぶらんと空中に横倒しにして浮かべた杖の間に手足を魔法の縄で縛り上げられて、吊り下げられて連行されていく。
その最中にやはり心残りだったのはあの少年のことだ。
彼に助けを求めたことが彼にとって何かよくない結果を招いたとしたら……それは申し訳ないことをした。
あとから自分と同年代、三歳だけ年下の五歳の少年が王太子だと教えられ、彼の命令によって仲間たちは解放され、魔導師の卵となった。
フレンヌはガスモンの養女となり、仲間たちの尊敬を集めるよう指導者になるように命じられた。
奴隷の身分から解放されるきっかけを作ったフレンヌは仲間たちからの信頼を浴び、それは集団の上位へと昇りつめる階段を歩き始めることを彼女に命じていた。
王太子の側にあがり、聖女と王太子の三人は幼馴染となり、友好を深めていくきっかけにもなった。
そんなことをしていたら十年が経過していた。
ガスモンの後を継ぐ後継者は数十といたが、養女はフレンヌだけでその才覚も彼の魔法を受け継ぐに相応しいと周りから一目置かれるようになった。
それだけではなく、偶然もあったのだろう。
獣人の奴隷制は廃止され、それはいずれ側妃になるかもしれないと隠れた噂となって、フレンヌの手柄のように仲間の獣人には伝わっていた。
王太子の気まぐれが起こしたその結果、フレンヌはいつの間にかこの王国に買われてやってきた数千人を越える獣人たちの心の拠り所となっていた。
「女神はいらない。人の国は人の手で。魔法があるならば、魔法の力を利用して人は自由あるべきだ」
幼馴染の一人、カトリーナが病気に倒れ床に伏せるようになってから、その見舞いにいった帰りに王太子はいつもそう呟いていた。
それならば、結界の構造を研究して同じものを作りだせばいい。
フレンヌはそう考えるようになっていた。
彼がそうするようにと命じたわけでもない。
だけど、フレンヌもカトリーナを旧い記憶の中にいる彼女のように、もう一度、歩かせてやりたいとは思っていた。
あくまでもそれは殿下のぼやきを解消したあとで、だけれども。
まず第一は、結界の創造を女神様なしで成功させること。
それが出来たら……カトリーナを自由にしてあげてもいいかもしれない。
わたしから殿下を奪わないと誓うのなら、寝たきりのままなら、存在を認めてもいいかもしれない。
でも、殿下の一番は。
最も愛されるべき存在になるのは。
そのお側で寵愛を一手に引き受けるのは……。
わたしじゃなきゃ、嫌よ。
あんな寝たきりで殿下を楽しませることもできない女なんてお荷物だわ。
お話でも、ゲームでも騎馬での通りのでも、舞踏会でも……殿下のために全てを捧げられるのは自分しかいない。
「殿下、女神様の結界がなくてもこの国は魔法の力で生きていけるはずですわ。わたし、頑張ります。どうしかして研究を成功させてみます。父上様にも力になって頂きます。カトリーナを解放してやりましょう!」
心の無い一言。
その中に隠された本意にルディは気づかない。
彼はああ、そうだな、と呟いてそれを指示した。
何よりも誰よりも、自分のためにそれを手に入れたいと願う気持ちが、たまに神の領域へと達することもある。
カトリーナは炎の女神ラーダからの祝福を。
フレンヌは遠く異なる大陸で祖先たちが奉っていた別の神からほんの少しだけ力を借りて……野望を達成するための第一歩を歩み始めていた。
その神様は月を食べた黒い狼の神様で、闇を統べる神様の一柱で。
まさか、『死神』なんて異名をもっていたなんて。
このとき、フレンヌも誰もしることはなかった。
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