第13話 逃亡者 (フレンヌは思い出す)
この世に奇跡が存在するなんて、あの日まで信じていなかった。
フレンヌはたった一日で真逆になってしまった自分の人生を振り返り、そう思うことがたまにある。
きっかけは国と国との戦争だった。
祖国は隣国との争いに負け、自分達が住んでいた土地の人々は、『獣人』という物珍しさから奴隷として売られ一族は離散したと聞く。
このイスタシアにも奴隷……というよりは、実験動物として買われた。
移送され、牢屋に放り込まれてからものの数週間で仲間の半数が死んだ。いつかは自分の番だと思っていたら、それはあっけなくやってきて、肉体のいろいろな箇所を魔法と呼ばれる強い力によって支配され、焼かれ、痛みにも慣れそうになってしまい心は死にかけていた。
最初にルディが出会ったときの彼女は、生命の危機にさらされていて、ただ生き延びることしか切望していなかった。
死んでいった仲間のようになりたくない。
どうにかここから抜け出して自由になりたい。
あの、少し前に暮らしていた祖国でもう一度、家族と共に笑いあったようなあの時間に戻りたい。
身体中から血を流して信じる神への祈りを捧げながら、見知らぬ建物のなかを必死に逃げまわった。
獣人だからといって犬のように四つ足で駆けられることに優れているはずもないのに、そんなかっこうのまま四つん這いで逃げ回る自分自身がいた。
何もないはずの場所から杖がにょっきりと顔を出したかと思うと、目に見えない光の何かが手足を貫いた。鼻が利かなくなるような凄まじい腐臭を浴びせられ、片目が光を失いそうになった。さんざんな目に合い、どうにかこうにかして渡り廊下をつなぐ橋を見つけた時は、ようやくここから解放されるとそう一瞬だが、光明を得た気がした。
でも……それは違った。
あの男たち。
手に手に古めかしい杖を掲げて持ち、足元まであるような紺色のローブにすっぽりと顔以外の全身を覆われた格好の男たち。
幾人かは女も混じっていたかもしれないけれど、彼らはフレンヌが獣人の鋭敏な嗅覚と聴覚で人がいないと思われる方向に逃げても、的確に追いかけて来た。
最初、同じ牢屋に問らわれていた仲間のうち三人と結託して、門番の目を盗んで逃げだした。それから数分後には脱走がばれてしまい、一人、また一人と彼らの杖先から放たれたとても熱い光の球に覆われてしまい、蒸発して果てた。もしくは焦げてしまい、動かなくなった。
その中でもフレンヌは良く逃げのびたほうだった。
数条の魔法の光の矢が手足を貫き、ドスンっと岩よりも硬い見えないなにかに背中からはたかれて壁にたたきつけられた。
肌は裂け、母親から可愛いと言われていた獣耳はズタボロになり、着さされていたボロ布は衣類としての用をなさなかった。
背中からも頭からも血を流しすぎて意識が朦朧となった頃、一人の少年と出会った。
もうここまでか、とそう思って覚悟を決めたらかけられた声は「大丈夫?」の一言だった。
相手を気遣う言葉の中に、自分しか信じないという傲慢さと鋭利な刃物のような冷たさをまとったものをフレンヌは感じ取っていた。
生か、死か。その二択だけを選ばせるような、そんな雰囲気をルディの言葉はまとっていた。
当時の彼にしてみればそんな気はなかったのかもしれないけれど、後ろにまぎれもない死が近づいていたフレンヌには感じ取れたのかもしれない。
この人なら、助けてくれるかもしれない。
でも曖昧な思いは伝わらない。
命をかけて助けを求めなければ、それは適わない。
「助けて、助けてください」
フレンヌは通じるとも分からない祖国の言葉で、その言葉しか知らないままに懇願した。心の底から、貴方だけしかもう頼れる人はいないの。
そんな感じに、全身全霊を込めて嘆願した。
「…………」
少年が何かを問いかけてくる。
しかし、フレンヌはこの国の言葉が分からない。
何度も助けてくれと求めていたら……時間切れだった。
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