第4想定 第19話
日が昇り、あたりは明るくなってきた。
昨日の戦闘はまるで夢だったかのように、あたりには綺麗な空気が澄みわたっている。
俺は先日と同じく森に隠れて双眼鏡を覗いていた。
早朝にも関わらず宗太郎村は住民たちがざわめいていら。
あたりの森に拍手が木霊する。
平均年齢の高い住民たち。
老人たちに囲まれて若いカップルが抱き合っていた。
彼らの両親、祖父母。
友人として現場に潜り込んだ愛情保安官。
そして人一倍に彼らを祝福している重岡宗太郎。
将来を誓い合う2人は地域の人々に祝福されている。
しかし彼らを待ち受けているのは別れだった。
別に永遠の別れではない。
それでも将来を誓った彼らには身を引き裂くかのような悲しみだろう。
新しい夫婦は別れを惜しんでいる。
しかし非情なことに出発の時刻が近づいている。
親に促されたのだろうか。重岡千佳は後ろ髪を引かれながらも自動車へと乗り込んだ。彼女に続いて重岡宗太郎も乗車する。
別れのキスでもしているのだろうか。吹田純一が自動車の窓に頭を突っ込んで何かをしている。それを凝視するのは野暮というものだが、それの警戒も俺の任務に含まれている。
別れの決心がついたのだろう。
自動車が動き出した。
吹田純一が大きく手を振って見送っている。
重岡姉弟が乗った自動車は宗太郎村の出口で一時停止。
そして国道10号線に合流して福岡へと北上を開始。
小さくなっていく自動車は山の裏側に隠れてしまった。
「姪乃浜、支援対象者のプロポーズが成功した。重岡姉弟は自動車で村を出て行った」
『了解。今後の警戒は大分愛情保安部に引き継ぐ』
俺はここまで歩いて来た。
自動車で北上する彼女たちを追跡することはできない。
それに俺の任務は宗太郎村での支援活動だ。これから先の警戒活動は大分愛情保安部にお返ししよう。
『現時刻を持って『にちりん作戦』の終了を宣言する』
「了解。これより帰投する」
無線交信を終えると89式小銃の弾倉を外し、
一度山の奥に潜り込むと迷彩服を脱いで私服に着替える。迷彩柄の空挺背嚢や89式小銃をボストンバッグに収納し、化粧落としでドーランを拭うと鏡で顔をチェックする。
誰がどう見ても旅行客だ。
とても潜入作戦を終えて基地に帰還する特殊部隊員には見えない。
もっともこの時間帯にこの場所にいる旅行客は怪しいとは思うけどな。
誰にも見られていない事を確認。山を滑り降りて宗太郎駅のホームに降り立つと、俺はまるでベテランの旅人かのような所作で、申し訳程度に設けられた待合所に入る。
≪わしらの池をちゃんと残してJRもやりおるわい≫
「?」
色褪せた緑色のベンチの背もたれ部分。
その上にはそれなりに大きい石が整然と並べられている。
そしてその石には顔と文字が書かれていた。
きっとこの駅にきた観光客が書き残して行ったのだろう。
≪あのうるし色の変な列車は一体何だい?≫
≪ななつ星っていうらしいよ≫
ななつ星……?
そんな列車は聞いた事がないぞ。
この場所だけ別の時間軸……2年後の2013年にでも飛んでいるのだろうか?
≪わしらも1度乗ってみたいのう≫
≪JR九州の社長さんにたのんでみようかのう≫
どこかで会えたら伝えておいてやる。
だから跨線橋を爆破した事は黙っておいてくれよ。
≪全国の宗太郎さん ようこそここへ≫
≪よく来たな まぁすわれ≫
俺は丸石のお言葉に甘え、彼の隣に腰を下ろした。
≪お主だれじゃ 何しに来た≫
≪どこから来なすった 気をつけて行きなされ≫
国家機密だが教えてやる。
俺の名は上岡宗太郎。
≪秘境駅 なんにもないが なにかある≫
そうだよな。
これまでに多くの子供がこの村に産まれ、そして人生を終えたことだろう。
その人生の間に結婚し、子供が生まれ、その子供たちも大人になり村を去って、忘れたころに戻ってくる。
確かにこの村は何もない場所だ。
駅舎だって廃駅と間違われてもおかしくないほどに老朽化している。
しかし何もないこの村にも多くの村人が暮らしている。
そんな村人たちの人生をこの宗太郎駅は静かに見守ってきたのだろう。
宗太郎駅の駅舎は木造の古めかしいものだ。
村の片隅で静かに村人たちを見守り、ときには彼らの足となって活躍してきた。痛んだ駅舎も風化したホームのコンクリートも、すべてが村人と人生を共にしてきた証なのだ。
全国の駅では老朽化のため改修が進んでいる。
しかし宗太郎駅は老朽化している今の姿こそがあるべき姿なのかもしれない。
いつか最後の村人がこの村を去り、宗太郎駅がその役目を終えるその日までこの姿を保っていてほしいものだ。
「!」
電車の接近を知らせるベルがホームに鳴り響く。
腕時計を確認すると6時54分。
基地に帰投する時間だ。
接近警報が鳴り終わった頃、宗太郎駅に電車が入ってきた。
ダークグレーの車体。
朝日に照らされて黒光りする4両編成の電車。車体をくねらせながら入線する姿はまるで地面を這いずる蛇のようだった。
静かに停車した電車は排気音を立てながらドアを開いた。
ドアの左右にはツバメのロゴに『787』の番号。
さて、帰投の時間だ。
俺は隣に置いていたボストンバッグを持ち上げる。
ふとベンチに置かれていた石が目にはいった。
≪また来いよ≫
ああ、また来るさ。
次は特殊部隊員じゃなくて観光客としてな。
愚か者のためのオラトリオ 外鯨征市 @he93jzoa24
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