第3想定 第1話
「VLA攻撃始め」
攻撃指揮官のその号令が各所で復唱される。
RUM‐139。
通称、VLA。
正式にはVertical Launch ASROC。
ボックスランチャーから発射されていた既存の対潜ミサイル、アスロックをVLS――つまり垂直発射装置から発射されるように改良したものだ。
知らないやつが聞いたら「海中の潜水艦を攻撃するのになんでミサイルを使うの?」なんて思うやつかもしれない。まぁミサイルって空を飛ぶものだから疑問に思うのも当然だろう。しかし空を飛ぶミサイルを対潜攻撃に利用するというのがミソなのだ。現在の対潜攻撃は魚雷が主流だが通常の魚雷であれば目標に到着するまでに時間がかかる。その間に敵艦に魚雷を探知されて回避されてしまうことがあるのだ。
そのために開発されたのがこの対潜ミサイル。魚雷の後ろにロケットを取り付けたもので、目標地点に到達するとエンジンが外れてパラシュートで着水、そして海中を疾走して敵艦に突入するという兵器だ。
魚雷をロケットで遠くに飛ばすため、比較的遠距離の敵潜水艦を短時間で攻撃することができる。それに敵艦のすぐ近くに着水させることで回避運動を取らせる猶予を与えないのだ。
「射線方向056度」
「射線方向クリア」
「VLA発射始めよし」
このVLAがこれまでのアスロックとどう違うかというと一番大きいのは垂直発射が可能になったことだろう。現在の艦艇はステルス化が進んでいる。レーダー反射断面積を減少させるために構造物を単純化しているのだ。構造物であったボックスランチャーを廃止して甲板に埋め込む垂直発射装置にしたことで当然前方投影面積が減少する。これによりレーダーが反射しづらくなっただけではなく双眼鏡などで発見されにくくなったのだ。
さらに説明するとアスロックはランチャーを目標方向に指向しなければならず、さらに放物線を描く弾道飛行の無誘導ロケットだった。それに対して改造型のVLAでは推力偏向機構を装備していて
「VLA用意」
「用意」
艦内に警報のベルが鳴り響く。
「用意よし」
「撃て」
丸メガネをかけた一等海尉の隊員が機械を操作する。
映像は切り替わり、海を航行する一隻のイージス艦。
艦番号は174。
第2護衛隊群第6護衛隊に所属する「きりしま」か。
艦橋前の前甲板から炎が上がり、轟音を立ててミサイルが発射された。
続いて後甲板に発射炎。あとを追うように二発目のミサイルが打ち上げられる。
天へと舞い上がった二本のミサイルは青空に白い線を引いて目標へと飛翔する。飛行機雲はやがて見えなくなり、遥か彼方で赤い爆炎がきらめいた。
なんだよ。
これ
だれだよこの映像を作ったやつ。
映像資料を間違えるんじゃねぇよ。
「ねぇ宗太郎、何してるの?」
この動画の作成者に心の中で毒づいていると突然隣で声をかけられた。
それは舞香だった。
「ん~? 動画見てた」
俺はイヤホンを耳から引き抜き、スマホの画面を切って応答する。
「ホームルームは終わった?」
「ううん、まだ」
まだ終わっていないのかよ。
今はクラスで会議の時間だった。
議題は今月末の文化祭のクラスの出し物。
うちの家鴨ヶ丘高校では1、2年生が各クラス教室での作品展示と模擬店を行っている。ちなみに3年生はステージで踊ったり歌ったりする。
あたりを見回すと教室の中は荒れていた。
教壇では2人の女子生徒がキーキーと言い合っている。彼女たちは今回の出し物のリーダーに立候補した人物だ。そして黒板に書かれた「Aグループ」「Bグループ」の文字の下には数人の生徒の名前が書かれている。それぞれのリーダーたちの取り巻きだ。
「それで今は何をやっているんだ?」
「どっちのグループが何の出し物をするか相談してる」
「まだそんなことやっているのかよ」
教壇のリーダーたちの会話に耳を傾けると「パンケーキが作りたい」「ワッフルが作りたい」と言い合っている。どちらのグループが何をやるかを決めて班分けをするということか。すでに黒板に名前が書かれている連中はどんな内容になろうともボスと一緒がいいということだろう。女子グループって怖いねぇ。
模擬店と創作物。
どちらのグループがどちらをするかが決まらないから班分けが終わらないのだろう。このクラスは男子が5人と女子が36人。
すでに班が決まっている8人を除いた女子二28人はそれぞれの女子グループに分かれて談笑している。誰も文化祭に協力する様子はない。
中には本を読んでいるやつがいれば机に突っ伏して寝ているやつもいる。
まったくなんてことだ。
そんなことをやっているからホームルームが終わらないんだ。
自分勝手なことしてないで議論に参加しろよ。
というか俺以外の男どもが教室にいないじゃねぇか。
脱走したか?
マトモなのは俺だけか?
「それで宗太郎は何を見ていたの?」
「自衛隊の動画見てた」
「ふぅ~ん……」
舞香は蔑むような眼でスリープ状態の俺のスマホの画面を見ている。
「で、本当は?」
「本当だよ!」
「エロいやつ?」
え?
なんなの?
舞香って俺の彼女だよね?
彼氏がホームルーム中に堂々とアダルトビデオを視聴するような変態だと思っているの?
さすがに教室じゃ見たことはないぞ。
「人妻モノ?」
「悪いが俺の趣味じゃない」
そのジャンルを好むやつは確実に変態だろう。
さらに加えると俺はそんなロクデナシではない。そう、平気で二股をかけてそれがバレたかと思えばすぐに別の女に乗り換える野球部の後輩の隼人とは違う人種なのだ。
「じゃあ女子高生モノ? 宗太郎の変態」
「なんでだよ! 女子高生なんてババアだぞ!?」
「………………」
がやがやと騒がしかった教室が一瞬にして静かになった。
全員の冷たい視線が俺へと突き刺さる。
机に突っ伏して寝ていたやつも本を読んでいたやつも、みんな冷たい目で俺を見ていた。
「……じゃあ班分けを続ける?」
「……そうしよう」
一瞬の静寂をおいて、クラスは議論へと戻った。
議題は誰がどちらの班に入るかという問題ではない。
俺をどちらの班が受け持つか。その押し付け合いとなった。
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