第2想定 第6話

 日向市でもっとも近代的な施設、日向市駅。

 ロビーには「ぴ~ん、ぽ~ん」とのんびりしたチャイムが響いている。

 国際的な鉄道のデザインコンテストであるブルネル賞を受賞しているこの駅は地域の杉を使って建設された。ちなみに駅舎の最優秀賞受賞は日本初のことらしい。

 独特の建築様式で世界的な評価を受けている日向市駅であるが、施設はがらりとしている。一日の利用人数は千三百人ほど。宮崎県でもっとも多い駅の四分の一といったところだ。

 ポケットに入れたスマホが振動する。

 取り出して画面を見るとメッセージが表示されていた。


≪あたしメリーさん≫


 はいはい、舞香メリーさんからね。


≪今、ハローワークの前にいるの≫


 ということはもうすぐホームに入ってくるな。


≪仕事が見つからないわ≫


「メリーさん無職なのかよ!?」

 思わず声を出して突っ込んでしまった。

 周りのお客さんがギョッとこっちを振り向く。

 きっと俺をからかうためのいたずらだろう。

 舞香メリーさんに返事を入れる。


≪若山牧水像の前で待ってるぞ≫


 今日は舞香と久しぶりのデート。彼女は明日に九州大会を控えているが、顧問がコンクール直前に気分をリフレッシュさせるようにと部活を休みにした。そして俺の休みもかぶっていた。それで遊びに行こうという話になったのだ

 テンテコテン♪ テンテコテン♪ テンテコテンテコテロロロロン♪

 日向市発祥のひょっとこ踊りのお囃子をアレンジした接近メロディがロビーに響き渡る。さらにマニアックな話をすると到着するのりばで音が違う。さっき流れたのは下り電車が入線する二番のりばで使われているバージョンだ。つまり舞香が乗っている電車が入ってくるということ。

 しばらくすると電車が到着した地響きが天井に響き渡った。乗降のため十数秒。そしてゴトゴトゴトと建物を震わせながら隣の財光寺駅へと走り去っていった。

 階段を降りてきた乗客が一斉に改札へと向かってくる。そして改札で詰まる。駅員が一人一人から切符を回収し、無人駅から乗ってきた客からは小銭を受け取っていく。

 え?

 自動改札?

 宮崎県の鉄道利用率を知らないのか?

 乗客の行列が捌けていくと最後のほうで舞香の姿が見えた。彼女は慣れた手つきで駅員に定期券を見せて改札を通過すると、俺を見つけてぴょこぴょこと走り寄ってきた。

「仕事は見つかったか?」

「そう言う宗太郎はいい短歌できた?」

 ははっ。気の利いた答えが思いつかなくて質問で返したな。さっき「若山牧水の前で待っている」とメッセージを送ったから短歌というわけか。ちなみに若山牧水というのは東郷村、今でいう日向市出身の歌人のことだ。

 だけど甘かったな舞香。俺は気の利いた答えができる男だ。

「ああできたぞ。『うるさや 岩に染み入る 蝉の声』。どうだ?」

「『うるさや』じゃなくて『しずかさや』ね。しかもそれって松尾芭蕉だし」

「牧水も芭蕉も似たようなものだろ?」

「………………」

 舞香は可哀想な視線を俺に送る。

 なんだよ。どっちも今は銅像になっているだろ?

「……ところで今日はどこに行くの?」

 舞香が到着するなりそう質問してきた。

 ふふふっ。

 聞いて驚け。

 徹夜で考えたデートプランを発表してやる。

「まず馬ヶ背に行くだろ? で、帰りにヘベスソフトクリームを食べる」

 馬ヶ背とは日向市が誇る観光名所。

 太平洋の水平線がきれいに見える場所だ。あそこを訪れた観光客は誰もが「地球は丸かった」と漏らす。いや、心を奪われるのはそれだけではない。近くには約七十mの切り立った断崖絶壁。

 水平にも垂直にも、地球の偉大さを実感できる場所なのだ。

 ちなみに日向市の自殺の名所でもあるらしい。

 そして近くのお土産屋で売ってあるヘベスソフトクリーム。

 なにを隠そう、最近美容にいいと話題の『ヘベス』は日向市の特産品。あの酸味がソフトクリームの甘さにマッチしていて最高なのだ。

 1個300円なのはキツいけど。

「ちょっと待って」

「え? 高い場所苦手?」

 あそこはけっこう高さがあるし、下も見えるからな。

 苦手な人にとってはきついだろう。

「じゃあクルスの海に行くか!」

 クルスの海――正式には『願いが叶うクルスの海』も日向市がほこる観光名所だ。

 なんか岩が十字に割れていて、『叶』って文字に見える……らしい。

 そして展望台には『願いが叶うクルスの鐘』が市によって設置されている。鐘の下に硬貨を置いていく人がいるが、「置かないでくれ」というプレートが日向市によって設置されている。

 まぁ置いてあったらあったで観光整備のために使われるんだけどな。むしろあのプレートは「置くなよ? 絶対に置くなよ?」的な意味なんじゃないかと勘ぐってしまう。

「じゃなくて!」

「……なんだよ」

 わがままなお姫様だな。

「車じゃないと行けないじゃん」

「あー……」

 すっかり忘れていた。

 しかも現在地である日向市駅からは結構距離が離れている。

 直線距離で考えれば自転車でも十分に行ける距離であるが、あそこは山を登らなければならない。

 一応バスが通ってはいるが、便数が少ない。そして待ち時間が長い。

 タクシーを使おうものならば……交通費がとんでもないことになる。

「じゃあ姉ちゃんに頼んで車を出してもらって……ダメだ」

 昨日の夜、楽しそうにAK‐47エアガンを磨いていた。

 きっと今頃はサバゲーフィールドでドンパチしているだろう。

 ………………。

 しかたない。

「それじゃあ、ジャスコに行くか」

 宮崎県民定番のデートコースを提案すると、舞香の目が輝いた。

 俺はただ日向の観光名所に行きたかったわけではない。

 舞香が喜ぶのであればどこだっていい。

 俺はこの表情が見たかったのだ。

「ちょっと奮発して延岡のジャスコに行くか?」

 延岡のイ●ンジャスコ――そう。先日、三間坂さんが軽機関銃MINIMIでランボーした場所だ。

 上り電車は何時頃だったかな。俺は時刻表を調べるために携帯を取り出す。

 しかし舞香は何か言いたげな表情だ。

「どうした? 他に行きたい場所があったらそっちでもいいぞ?」

「えっと……」

「ん?」

 そして舞香は呟いた。

「私……欲しいの」

「え!?」

 ダメダメダメダメ!

 俺たちにはそういうのはまだ早い!

「キーオイルが」

 ……あぁ、そういうことね。

 舞香が欲しがっていたのはキーオイル。フルートの整備で使うオイルを欲しがっていたのだ。

 まぁそうだよね。

 うん、俺たちにそういうのはまだ早いし。

 フルートのキーオイルかぁ。

 楽器のオイルって意外と高いんだよな。本当に小さな瓶が数百円する。

 通販で買ったほうが安いんじゃないか――なんて言わない。

 俺たちは今、デートをしている。

 キーオイルというのはデートの口実だ。

 それに舞香のためならばどこへだって行ける。

「それじゃあ宮崎のジャスコに行くか」

 観たい映画もあるしな。

 次の下り電車は一時間後だが仕方ない。特急ならば三十分後だが高校生には特急料金をポンと出せる経済的余裕はない。

「思い切って都城のジャスコは?」

「ダメ!」

 宮崎の南西端じゃねぇか。

 交通費がとんでもないことになるぞ。しかも今から出発だと着くのは昼を軽くすぎてしまう。


 電車に揺られること1時間半。

 バスに揺られて十数分。

 俺たちは宮崎市のイオンに来ていた。

 舞香お目当てのキーオイルを購入し、姉ちゃんに勧められた映画を観て、今は昼食をとっているところ。

 ベタかもしれないがデートにはぴったりのコース。

 映画はDVDで観る派だけど、映画館で観るというのもなかなかのものだ。

 しかも有名監督が作った期待の新作アニメ。

 異常気象で雨が振り続ける関東地方。

 祈ることで短時間だが局所的に晴れにする能力を持つ少女。主人公である少年はそんな彼女と体が入れ替わってしまう。そして彼は知ってしまうんだ。ヒロインはその能力を使うたびに少しづつ消えていってしまう。

 それにしても黒髪少女でスレンダーな女子中学生かぁ。

 俺もあんな彼女が欲しいぞ。

「………………」

「……なんだよ」

 舞香が俺のことをじっと見つめていた。

 蔑んだ目で。

 まぁいつものことだ。気にしない気にしない。

 あー、俺も可愛いマックの店員にハンバーガー奢ってもらえないかなぁ。

「………………」

 そして少年は知ってしまう。彼女は自分を犠牲にして関東地方を救おうとしていることを。それを阻止するために彼は動こうとするがぱたりと体が入れ替わることができなくなってしまう。

 ヒロインが生き残れば東京は水没してしまう。

 東京の雨があがれば彼女は消滅してしまう。

 片方が立てばもう片方が立たない。そんな状況を打破してヒロインも彼女も両方救おうとした主人公は「な ん や か ん や で」パクったバイクで黒塗りの高級車に追突し、「おいコラァ! 降りろ! 免許持ってんのかコラ!」と降りてきた男から拳銃を奪う。その銃で建設会社に強盗に入りダイナマイトを奪い、「そ ん な こ ん な で」火力発電所を爆破する。

 まぁ爆弾テロなんてしたもんなら当然警察に逮捕されてしまう。しかし少年は警察署から脱出し少女を救いに行く。

 そんな内容の映画だった。

 最後のシーンで主人公が警察にピストルで包囲されたときはハラハラしたぞ。

 俺の仕事柄警察側の人間なんだけど、「無事に逃げてくれ」「早くヒロインを迎えに行ってくれ」とドキドキハラハラした。

 もしも俺がその現場にいたら……。

 いや、愛情保安官という立場上、主人公の味方をする。

 お巡りさんごめんなさい。

 主人公は確かに警察署から逃亡したが、その直前にヒロインを探しに行かせてくれと言っている。この情報は警察から取得できる。

 ましてや青春真っ盛りの中高生。このことから男女関係の問題の可能性――愛情保安庁の管轄事案と推測できる。

 そして廃ビルに到着した主人公のピストルの発砲。この銃声を聞いた警察官たちはピストルを抜いて現場に突入するが、主人公はヒロインを迎えに行かせてくれと求めている。特殊鎮圧部隊SSTの俺から言わせればあまり賢い判断とは言えない。

 当然俺たちもピストルを向ける事はある。しかしそれが相手を刺激しているとなるとすぐさま銃口を外す。俺たちの任務は犯人の逮捕ではない。ターゲット(主にヤンデレ)を落ち着かせて恋愛成就に導くことだ。

 その任務の違いからしても愛情保安庁が対応するべきだろう。

 もしもあの物語の状況で出動となったらどうするだろうか。

 現場突入直前で待機し、まずは指揮官姪乃浜が警察に連絡を入れて、現場の警官を撤退させてもらうだろう。ターゲットを開放するように、と。

 その連絡が間に合わないような切迫した状態ならば強行突入。

 警察官ごと制圧することもやむを得ない。

「ねぇ宗太郎!」

「ん?」

 おっといけない。

 デート中というのに仕事のことを考えていた。

 まぁあの状況で出動となったらの話は帰って姉ちゃんに答え合わせしてもらおう。

「あれを見て!」

 驚いたような、そして嬉しそうな舞香の声。まるで街中で芸能人とであったような声だ。

 ジャック・ズーンでもいたか?

 あいにく俺はロジャー・ボボのほうが好きなんだけど。そもそも楽器が違うし。

 俺は興味なさげに指示された方向に視線を向ける。

 そこにはジャックでもロジャーでもなく、一枚のポスターが貼られていた。


≪豪華客船イヴァンテエフカ 鹿児島に来航!≫


 ロシアの豪華客船が鹿児島港にやって来るというものだった。

 ふ~ん。

 豪華客船ねぇ。

「連れてって」

「無理っだて!」

 都城に行く方がまだマシだ。

「日向の細島港によく護衛艦が来るじゃねぇか。それでいいだろ?」

「むー……」

 いいじゃん護衛艦。

 かっこいいじゃん護衛艦。

 母ちゃんが宮崎地方協力本部地本の人と知り合いだから聞いておこうか?

「私、可愛い船のほうがいい!」

「護衛艦の近接防御火器システムCIWSも可愛いじゃん。海上自衛隊が採用しているのがアメリカで開発されたファランクス。M61バルカンにレーダーを組み合わせた砲台がぐりぐり動くんだぞ。ほら! レドームがエリザ●スっぽくて可愛いだろ?」

 俺は動画サイトに投稿されているファランクスの動画を見せる。

 目標を捕捉・追尾しぐりぐりと動き、ヴイイイィィィ――とチェーンソーのような音をたてて射撃している。

「可愛くない!」

「えーーーー!? もしかしてSGE30ゴールキーパー派か? CADS‐N‐1コールチク派か? どっちにしても日本じゃ見られないぞ?」

「そういう問題じゃない!」


 日向市駅に戻り舞香と分かれた俺はようやく家へと戻ってきた。

 夕日に照らされた駐車場の端に自転車を停める。

 今日もあと数時間だ。

 錆びてうまく動かない鍵を無理やり動かしながら、俺は感傷に浸る。ただ数時間後には日付が変わるだけ。それなのにどうして寂しくなるのだろう。

 はぁ。

 俺を照らす夕日が俺をより切なくする。

 明日からまた仕事か。

 明後日には落下傘を背負って雲の上。

 ………………。

 普通の高校生が羨ましい。

「ただいま~」

「おかえり~」

 台所では姉ちゃんが夕飯を作っていた。

 今日は茹で卵が二個、茹でた鶏肉にサラダ。

 それらが全部どんぶりの上に乗っている。

 姉ちゃんには『盛り付け』という概念がないのだ。

 俺は流し台で手を軽く洗うと水気を払い、座席に着席した。

 む!?

 これはイノシシの肉!

「姉ちゃん、本家に行ってきたのか?」

「そうだよ。爺ちゃんの墓参りのついでに寄ったらこれを貰ったんだ」

 煮込まれたイノシシの肉。

 クセのある独特な食感だが、俺は好きだ。

「というか今日はサバゲーに行ってたんじゃないのか?」

「帰りに寄ってみたんだ」

「ついでって……本家は宇納間うなまだろ?」

 宇納間は日向市から熊本の方向へ車で約1時間。

 ついでって距離じゃねぇぞ。

「どんな感じだった?」

「いつも通りだよ、昔の話ばっかりで」

「ああ、上岡家の戦争伝説か」

 上岡家の人間は戦争では死なない――。

 俺がまだ幼稚園児だったころ、爺ちゃんはいつもそう言っていた。

 爺ちゃんの男兄弟はみんな軍人だったそうだ。

 そして全員生き残ったらしい。

 ある男はアッツ島の戦いから生還し、別の男もインパール作戦から生還。戦艦大和による海上特攻からも生還した兄弟もいるらしい。

 爺ちゃんだって激戦区だったペリリュー島に投入された。たしか階級は伍長だったかな。

 ちなみにペリリュー島の戦いは日本側の戦死者が約一万名。捕虜が約二百名。最後まで戦い生存したのが三十四名。

 その三十四名のうちの一人が爺ちゃんだ。

 これは俺の自慢でもある。

「俺たちもそれにあやかるといいんだけどな」

 SSTの任務だって戦争みたいなものだ。

 当然殉職することだってありうる。

 ん?

 待てよ?

 俺って何回か死んでいるよな?

「それで姉ちゃん、今回のサバゲーの戦績は?」

「全部生き残ったよ」

「プロが一般人相手にガチってる……」

 姉ちゃんは本職というのもあるが、ここでも上岡家の伝説が生きているのかもしれない。

「宗太郎は?」

「彼女と映画行ってきたぜ」

 まさか宮崎市まで行くとは思わなかったけどな。

 普通列車で往復三千円弱。

 地味に痛い。

「そうそう思い出した」

 姉ちゃんおすすめの映画を観てきたこと。

 主人公が警察官にピストルで包囲されるシーンにドキドキしたこと。

 俺がその場にいたらどういう行動をするか。

 それら一連のことを説明し、姉ちゃんの考えを聞いた。

「宗太郎の考えで合ってるよ。あの主人公は「ヒロインのところに行かせてくれ」って求めているから愛情保安庁の管轄になるね。警察の通信司令室から連絡が来るよ」

「主人公は銃器所持していたって無線で言ってたもんな」

「そうだね。警察署から脱走した後に発砲していたから、その銃器はヤンデレの狂気が具現化した『凶器』の可能性も考えられるね。だからSSTに出動指令が出るよ」

 あの映画では拾った拳銃であったが、万が一に備えてヤンデレの可能性を考えておくべきだろう。もしヤンデレでなかったとしても相手は銃器を持っている。特殊部隊が動けるならそれに越したことはない。

「そのあとはセオリー通りか」

 機動性の高い警察。それと愛情保安庁の一般隊員と機動隊員が現場に向かう。

 ヤンデレの初動対応だ。

 その間にSSTが準備して現場にヘリで急行。

 現場に着いたら姪乃浜が指揮権を掌握。

 そしてSSTが現場突入。

 初動対応の部隊を後退させて任務開始だ。

「そうだね。警察学校に行って訓練しているのは愛情保安庁と警察の連携をうまくするためだよ」

「スムーズな連携が欠かせないもんな」

「あとはSSTの隊員のおそろしさを覚えてもらうためというのもあるね」

「ひどいな」

 というか先日の姉ちゃんによる格闘訓練で確実に何人かトラウマになっていると思うぞ。

「たまにいるんだよ。手柄が欲しいからだと思うんだけど、SSTの活動中にでしゃばったり妨害したりするやつが」

「マジか……」

 特殊部隊の任務の邪魔をするって、そいつどんだけ死にたいんだよ。

「というかSSTが活動しているときの警察の仕事って野次馬整理だろ? でしゃばってくることってないんじゃないか?」

 警察とは上意下達が徹底された組織だ。

 SSTの活動中はSST隊長姪乃浜が全ての指揮を執る。

 姪乃浜の指揮を受けた警察の指揮所が現場の警察官に指示を出す。

 その指示を無視してまで前線に出てくるとは思えない。

 しかも姪乃浜は三等愛情保安監。

 警察で言うところの警視、つまり警察署長クラスだ。

「う~ん、ヤンデレ鎮圧作戦のときは滅多に無いんだけど、その他の任務の時にたまにあるんだよね」

「その他というと?」

「情報収集任務とか暗殺任務とか」

「SSTって暗殺までやってるのかよ!」

 初めて聞いたぞ。

「滅多にないけど、ある時はあるよ」

「……ちなみにどんな時に暗殺するんだ」

 話が脱線するが、聞き逃すわけにはいかない。

「結婚制度を崩壊させるような悪質な事件があるときだね。例えば浮気しておいて慰謝料をぼったくろうとしている時とか」

「伝説の92的な?」

「そうそんな感じ。あの時も捜査していたらしいよ?」

 伝説の92――。

 ある程度ネットに浸かっている人には有名な話だ。

 たしか2007年頃だ。ネット掲示板に「浮気が理由での離婚の場合慰謝料と生活費は減りますか?」という書き込みがあった。

 訳が分からない書き込みだろう。実際に掲示板の住民もこれには困惑した。

 どうやらこの人物――ネットでの言い方をするなら92が浮気をして離婚することになったわけだが、それで慰謝料をもらえると思っていたようだ。

 掲示板の住人が92に解説していくわけだけど詳しくはググれ。

 そのほうが早い。

 それに面白いしな。

 この92がバカすぎて。

 あれほどバカなやつを俺は見たことがない。

「あの事件で説明すると、愛情保安庁の一般隊員が見つけるなり聞きつけるなりして発覚して捜査本部が立ち上がるわけ」

「そこらへんは警察と一緒なんだな」

「そう、そこから捜査が進んでいくわけなんだけど、調査専門の廃じ、専門隊員が――」

「廃人って言おうとしただろ」

「だってボクの知ってる調査専門隊員ってみんな終わってるんだもん」

「終わってるときたか……」

「それで現地調査が必要なときはその専門隊員が現地に出向くんだ」

「ネットで言うところの特定班スネーク?」

 特定班スネーク――。

 これもネットに浸かっている人間には有名なものだ。

 呼び名の由来は某かくれんぼゲームの主人公――ぶっちゃけると俺の姉ちゃんが大好きなメタルギアのスネークが由来だ。

 24時間マラソンのスタート地点から、一時期社会問題と化したバイトテロの犯人の住所まで。些細な情報から物事を特定する有志の集まりが特定班スネークだ。

 その捜査能力は警察や探偵も恐れるほど。

 たった一枚の写真からでも特定することが可能なのだ。

 ときには現地に出向き、聞き込み調査もするらしい。

「ネットで言うところもなにも、その専門隊員達はスネークって呼ばれてるよ」

「マジか!」

「そのスネーク達の調査で対象を特定。そして捜査本部が非常に悪質と判断したらSSTの出番だよ」

特定班スネークからSSTスネークに引き継がれるわけか」

 ある意味SST《俺たち》もスネークみたいなもの。

 実際、明後日には航空機からのパラシュート降下で森に降り立ち、そこから数日サバイバルするわけだしな。訓練だけど。

 やっていることが本家スネークと同じだ。

 違いがあるとすれば俺たちは単独潜入ではないということ。

「それで暗殺任務に出るわけなんだけど、警察から職質受けることがあるんだよね」

「その任務中に職質ってヤバくないか?」

 暗殺ということは当然銃器を持っているだろう。

 そんな状況で職質かけられたら一発でしょっぴかれる。

 しかも周りは大騒ぎだ。暗殺対象者ターゲットを取り逃がしてしまうかもしれない。

「うん、だから職質の解除コードがあるんだ」

「解除コード?」

「SSTの任務中であることを伝える暗号みたいなものだよ。これを言えばほとんどの場合職質から開放されるんだ」

 ほとんどの場合――。

 裏を返せばたまに開放されないときがあるということだ。

「……開放されない場合はどうするんだ?」

「姪乃浜から連絡を入れて解除してもらうけど、その前に装備に触れられたりとかすれば敵対行動で攻撃だね。任務が困難になると判断すればその前に排除するけど」

 まぁ俺たちは特殊部隊だもんな。

 特殊部隊の行動を妨害するということは、それなりの結果が待っている。そもそもうちでは任務達成のためならば犠牲は厭わない方針だしな。

「そういうことが起きないようにSSTの恐ろしさを植え込んでいるってことか」

「そうだよ。最悪殺害するからね」

「殺害!?」

 そこまでするか!

「そういえば今年の春にもそんなことがあったなぁ。あの時はやむを得ず愛梨が狙撃したんだっけ」

「マジか……」

「基地にその死体の写真があるよ。対物ライフルだったから頭と体がちぎれたんだ。今度見てみる?」

「見ねぇよ!」

 というか飯食ってるときにグロい話をするんじゃねぇ!

 まぁそれにしても、警察って命懸けな仕事なんだな。

 ただでさえ危険な職務質問。

 それをSSTにしてしまってうっかり解除コードを聴き逃せば、最悪命はないからな。

 本当に頭が下がるぜ。

「今度また、警察学校で訓練するんだけどついてくる?」

「何をするんだ?」

「職質を受ける役をするだけ。あとはたまにSSTになって解除コードを伝えるだけの簡単な仕事だよ」

 …………………。

 つまり俺もいつか暗殺任務に出されるんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る