Ⅳ 従者の苦悩(2)
陥落させたミラーニャンへ入城したカルロマグノ一世以下エルドラニア軍は、市政庁の宮殿を仮の御所として今回の戦の論功行賞を行った……。
「――ドン・ホセ・デ・セビーリャ、この度の働きにより、領地の加増並びに駿馬一頭を褒美として与える」
「ドン・ホセ、これからもよろしく頼むよ」
芸術文化の華開いたウィトルスリア地方の宮殿らしく、瀟洒な造りの大広間へ騎士達が一人々〃順番に呼び出され、壇上の玉座に座す国王カルロマグノとそのとなりに立つ総司令官ゴンザロウの二人により、各々の働きに即した恩賞が次々と与えられてゆく……。
「ハッ! ありがたき幸せ! 今後もエルドラニアと陛下の御ため、この身を捧げて励む所存でございます!」
「次、ラマーニャ領主ドン・キホルテス殿!」
前の者が謝辞を述べて広間から出てくると、いよいよ廊下で待つキホルテスの番がやってきた。
「ドン・キホルテス、そなたには特別、申し伝えねばならぬことがある」
小姓の呼ぶ声に広間へと入り、カルロマグノの座る部屋の奥の壇の前までしずしずと進むと、彼を見てゴンザロウがすぐに口を開く。
「ああ、いや、特別などと……それがしは騎士として当然の務めをしただけであって別にそんな褒められるようなことは…」
その言葉に照れたキホルテスは、頬を赤らめながら頭を掻くのだったが。
「バっカもん! 誰が褒めるか! 貴様の勝手な行動によってどれほどの兵に被害が出たことか! その上、火器を主軸とした我が軍の戦術の足を引っ張り、敵に攻勢の機会を与えかけた。いや、今回に限ってのことではない! これまでにも幾度、命令違反を犯したことか! 今度という今度はもう我慢ならん!」
褒め言葉を賜るかと思いきや、逆に激昂したゴンザロウからお叱りのお言葉を浴びせかけられてしまう。
「な、なんと……!」
「特別と言ったのは褒美ではなく、貴様には特別、処罰を与えるという意味だ! ドン・キホルテス・デ・ラマーニャ、我が軍に重大なる危機を招いた罪により、騎士の身分を剥奪! ラマーニャ領も没収といたす!」
そして、さらにはそんな、あまりにも厳しい処分を言い渡されてしまうのだった。
「ま、厳しすぎる気もするけどさ、他の将兵にも示しがつかないからね。すべては身から出た錆。致し方ないというものだよ。これまでの働き、ご苦労だったね、ドン・キホルテス」
その上、呆気にとられて立ち尽くすキホルテスは、眉毛を「へ」の字にした国王カルロマグにもそうした言葉をかけらてしまう。
「……ハハッ! 陛下のご意向とあれば致し方なし。ドン・キホルテス、その御処分を謹んでお受けいたしまする」
総司令官のゴンザロウならばいざ知らず、国王からも直に申し渡された忠義の騎士キホルテスは、反論もせずに膝を突くと、その処罰を素直に受け入れることにするのだった――。
「――そ、それで異議申し立てもせずに帰って来ちゃったんですか!?」
詳しい話を聞いたサウロは愕然とした顔で、思わず大声をあげて再び主人を問い詰める。
「うむ。主君に忠義を尽くすのが騎士たる者の務め。陛下のご命令とあっては致し方なかろう……」
だが、従者に詰め寄られながらもキホルテスは、目を瞑って腕を組むと、最早、納得してるかのような様子でそう答える。
「致し方ないって……これからどうするつもりですか!? 旦那さまは騎士でもなくなってしまうし、領地も…それに家も収入もなくなっちゃうんですよ! どうやって生活していくんですか!?」
「なあに、心配はいらぬ。暮らし向きなどどうとでもなろう。これはむしろ、自由で気ままな日々を神が我らに与えてくれたというもの。せっかくの良い機会だ。ここは騎士道物語よろしく冒険の旅にでも出るとしょうではないか!」
いや、そればかりか、さらに責め立てるサウロに対してなんとも能天気なことを平然と言ってのける。
「ぼ、冒険の旅って……旦那さまは事の重大さをわかっておりません! いくら騎士を名乗ろうともそれはもう〝騎士〟ではないんですよ!? そればかりか、武具を手入れするお金も、ロシナンデスを飼う馬小屋ももうなくなっちゃうんです!」
相変わらずの主人に呆れて声を荒げると、サウロは血相を変えてキホルテスに意見をする。
彼の怒りも無理はない……〝騎士〟とは、兵の種類でもそんな生き様でもなく、この世界を動かす理によって定められた厳格なる社会的
生まれてこの方、騎士以外の生きる術を知らないキホルテスに、この先、どうやって飯を食っていけというのだろう?
「旦那さまだけじゃない……私だってもう騎士の従者ではいられなくなるんです! 私に旦那さまの従者以外、何をしろというのですか!?」
……いや、他の生き方を知らないのは、むしろ自分の方だ。
無意識に続けて口から出たその言葉に、サウロはその事実をはたと思い知らされる。
剣の腕だけは立ち、戦を
主人キホルテスの立身は従者のサウロにとっても立身だったし、彼の栄誉はサウロにとっても栄誉だった……サウロの人生は、すべて騎士であるキホルテスありきのものなのである。
その主人キホルテスが騎士でなくなり、自分も彼の従者ではいられなくなってしまうのだとしたら……。
「いや、わかっておる。これは別に道楽の旅ではないぞ? この冒険にて武勇を世に轟かせたならば、
ところが、やはりキホルテスは相変わらずの余裕の笑顔で、だが、サウロの思ってもみなかったようなことをその口にする。
「それにな、これはドン・ハーソン殿のような、
そして、不意に淋しげな色をその瞳に浮かべると、どこか感慨深げな声の調子でそんな言葉を付け加えた。
「旦那さま……」
いつもはあんな主人であるが、意外にキホルテスもキホルテスなりに考えていたことを知って、自身も胸の奥が熱くなるのをサウロは感じる。
彼は、たとえエルドラニアの騎士ではなくなったとしても、まだ騎士として生きることを諦めたりなどしていない……ドン・キホルテスは、どこまでも馬鹿正直に、己の信じる騎士道を真っ直ぐに突き進んでゆく騎士の中の騎士なのである。
ならば、そんな騎士の従者として、自分もどこまでも彼についていくしかない……。
「フッ……わかりました。確かに、それでこそ旦那さまというものですね。では、参りましょう。古き良き騎士道物語のような冒険の旅へ! ただし、私も一緒に行かせていただきますよ? 旦那さまには長年、従者として仕えてきた私の面倒を最後まで見る責任があります」
サウロも険しい表情を崩し、口元に穏やかな微笑みを浮かべると、冗談めかした口調でそんな台詞をキホルテスに投げかける。
「うむ。無論だ。騎士と従者は如何なる時も一心同体だからの」
「旦那さま……」
対して、さも当然というようにそう答えて笑うキホルテスに、サウロも目頭を熱くすると屈託のない笑顔で主人に笑い返した――。
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