第十三話ー③

 わたしたちは、ずんずんと鬼霊山きれいざんを登っていく。

 本場の危険区域なだけあって、魔物の襲撃は多かった。

 だけど、この道を進んでいるのは何もわたしたちだけではない。他の冒険者たちの駆逐くちくもあってか、想像よりはやさしい道程みちのりだった。


 しかし、それも中腹付近になってくると話しが変わる。魔物のランクはあからさまに上昇し、クレアとユーリィですら余裕がなさそうだった。


 坑道を抜けた足場の悪い崖道、そして魔物との連戦。わたしたち4人の疲労は蓄積していた。


 岩肌の崖道は見通しが良く、魔物の認識をすみやかにできるのは僥倖ぎょうこうだ。左を向けば、眼下に映る平野を一望できる。太陽はすでに沈みかけており、長い時間をかけて山を歩いていたらしい。


「……きっと、もうすぐ到着するわ」


 クレアは剣を払って、付着した血糊ちのりを飛ばしながら言った。

 足元には大きな怪鳥のしかばね。空を飛ぶ魔物との戦いは厄介で、クレアは肩で息をしていた。


「だいぶ開けてきたからね」


 前方の道幅はかなり余裕を持ったもの。それに加えて、魔物の気配もうかがえないことから、中腹の休憩所が近いことを示唆しさしていた。


「もうへとへとだよ~」


「あらあら、リリナさん。おんぶしてあげる?」


「ぜひとも!」


 リリナは戦闘科の生徒とは思えないほど、魔法科の生徒よりも体力的に劣っていた。

 普段は吐いて捨てるほど元気が有り余っているのに、このていたらくである。高難易度の実戦は神経が張り詰めたものであり、格下との戦闘より疲労は比べ物にならない。それに、妹は1年生であり、ユーリィのように戦いの才能があるわけでもないし。って言い訳は通用するかもだけど、わたしはそれを見逃さなかった。


「リリナ、最初の勢いはどうしたのよ! まったく、だらしないんだから」


「お姉ちゃんだって、クレアさんにおんぶしてもらえばいいよ!」


「うっ……それは魅力的だけどっ! って、そういうんじゃなくって! 戦いの邪魔になることは、我慢しなさい」


 リリナは、邪魔、っていう単語に大きなダメージを受けたのか、悲しげにうつむいた。子どもの頃、お母さんの大切にしていた物を壊してしまったときのような表情だ。

 言いすぎちゃったかな、と思わないこともないけど。リリナは戦いには全く参加していなかったのだ。妹に鬼霊山は早すぎた。

 リリナは足取りも重たそうに見えるけれど、それでもパーティの進行を止めたくはないのか、どうにか前へと進み出す。


 ほどなくすると、クレアの予想通り、休憩所が見えてきた。

 急斜面だった足場は平坦にならされており、広場のように整地されている。

 目を引くのは2階建ての建物。外観は木造りで横に広く、多数の人間を収容できそうだ。また屋上には、砲台のようなものが顔を覗かせており、上空からの奇襲も想定済みらしい。要塞ようさいのような一面も兼ね備えているようだ。

 その周囲には、物々しい武装をした人間が多数配置されている。魔物の襲撃に気を配るための警備だろう、彼らからは手練れた気配が感じられた。


 ここの休憩所の役目は、上層へ向かう人間のサポート。つまりは、安心して休息がとれる場所の確保ってこと。警備はどうやら交代制であり、24時間厳戒態勢らしい。

 もちろん、下層から物資の支援も手はずされており、衛生面に配慮された食事も提供されている。採掘をするには、最適の環境が整えられてあった。


 わたしたちは、手近の警備員へ会釈えしゃくした。


「あの、こちらで働いているサラ・リースレットさんはどちらにいますか?」


 クレアが丁寧な口調でたずねる。

 目的の人物である、"サラ"さんはここで住み込みながら働いているらしい。一体どのような人物なのだろうか、わたしの興味心をくすぐってくる。


「建物の中にいますよ。ここまでお疲れ様」


 警備の人は精悍せいかんな顔つきとは裏腹に、気さくに声をかけてくれた。

 その人にお礼を言って、わたしたちは建物の中に入り込む。


 中は簡単な宿を連想させた。入り口付近は、こぢんまりとしたカフェのような内装で、こうばしい食事の匂いも漂ってくる。どうやら1階は食堂を兼ねた休憩所、2階には寝泊まり用の部屋があるらしい。


「おや? こんな場所に若い女の子とは珍しいね」


 わたしたちが足を止めていると、横手から女性の声が飛んできた。

 声の主は赤髪ショートカットで、強気な性格が見て取れるようなつり目をしている。かなり若く見えるけれど、顔つきは歴戦をくぐり抜けた猛者もさのようだ。

 そして、彼女の纏う雰囲気とは不釣り合いなエプロンを身に着けている。その下に隠された肉体は鍛えられているのか、しっかりとした体幹をしていそうだった。

 とはいえ、比較的近い年齢の女性がいることに、わたしたちは安堵感を覚える。


「あの。サラ・リースレットさんという方を探しているのですが」


「あ~。そりゃ、あたしのことだね」


 赤髪の女性、サラさんは豪快に笑った。


「え……若っ!」


 わたしは思わず声を出してしまう。

 だって。学園の卒業者が働いている――そう聞かされていたため、年配の方だと思いこんでいたのだ。


「なんだい失礼な嬢ちゃんだね……って、おや? おお、よく見るとなかなか可愛いじゃないか。どうだい、あたしの嫁としてここで暮らさないか?」


 サラさんは、ずずいっとわたしに近寄ってきて、肩をがしっと抱いてくる。そして、強面こわもてっぽくあるけれど、綺麗な顔を直ぐかたわらにまで接近させて、じろじろと覗かれる。

 

 あ、あの、近いんですけど……。

 彼女の呼吸が頬に触れて、なんだか本能が警鐘けいしょうを鳴らしているような気がした。

 なんでいつもこうなるの!?

 わたしってば、初対面の美人に言い寄られる呪いにでもかかっているのかな……。いや。クレアと出会えたことを加味すれば、それは呪いではなくて祝福なのかもだけど。


「えっと、えっと、そういうのは間に合ってますから……」


「間に合ってる、ってなんだい。恋人でもいるっての?」


 しつこく問い詰められ、体を押し付けられる。

 わたしが助け舟を出そうと視線を彷徨さまよわせると、背筋が凍りついた。


 サラさんの背後には、クレアがゆらりとした足取りで立っているのだ。

 その目がわっていて、怖い。今にもサラさんの頭部を鈍器で殴りそうなほどである。


「サラさん。私たちは重大な用事があってここにおとずれたんです。お話、よろしいでしょうか?」


 ドスのいた声がクレアの口からほとばしる。こんな声も出せたのか、って楽しめる反面、わたしのせいで心労が絶えないねクレア、って同情もしてしまう……。なんだか、ごめん。

 それを物見遊山ものみゆさんよろしく、ユーリィが面白おかしく眺めている。


 サラさんはクレアの内面なんて歯牙しがにもかけず、くるっとクレアに向き直った。くだけた性格なのか、無神経な人間なのか、サバサバとした姉御肌、みたいな印象を受ける人だなあ。……それと、女の子が好きなんだろうな、ってわたしの嗅覚きゅうかくがいっていた。嗅覚ってなんなのよ、って思わなくもないけど、クレアやユーリィのせいでこんな力ばっかり発達してしまった気がするんだもん。


「重大な用?」


「はい。私はオディナス学園、3年生のクレア・ニーティスと申します。学園の課題で、サラさんの判をいただこうとたずねました。よろしければ、サインをお願いします」


 オディナス学園の名を聞いて、サラさんの片眉がぴくりと持ち上がった。その後彼女は、にかっと砂漠の太陽のような笑みを浮かべる。


「あの学校の名前が出るとは、珍しいもんだ。そうか、課題ねぇ。懐かしいもんだ。よかったら、あっちでゆっくり話していかないか?」


 サラさんは横手にあるカフェのような場所ではなく、その反対側にある木製の扉を指差して言った。

 そしてすぐに、またもわたしの肩を抱いてくる。

 なんでわたしって、こんなに気に入られちゃってるの!? まだ話してすらいないんですけど……。


「いいですよ」


 それに応じたのは、無骨な返事をしたクレアだ。

 クレアは颯爽さっそうと近づいてくると、わたしの腰を抱いてサラさんから引き剥がしてくれる。

 サラさんは、おや、と小声をあげて、怪訝けげんな表情でわたしとクレアを見比べていた。


「ふ~ん」


 ニヤニヤと、意味ありげな視線をぶつけてくるサラさん。

 いきなり、居心地が悪いなあ。

 しかし、わたしたちのことに関しては何も口を挟まないで、サラさんは扉に向かって歩き出す。わたしはホッとして、彼女に続いた。

 クレアはサラさんの背をにらむように見つめている。

 ……こんなんで、談笑、できるのかなあ。

 一抹いちまつの不安を抱えたまま、学園の卒業生サラ、という人物との歓談が始まるのだった。





「にしても、よくこんな所に来たもんだね」


 奥の部屋は彼女の個室なのか、生活感あふれるところだった。とはいっても、ここは死の山の中腹、必要品が乱雑に放られてあるだけである。

 床には布団が敷かれてあり、動きやすそうな服がそこかしこに散らばっている。それだけで彼女は大雑把な性格なんだろうな、って推測できた。

 そして壁には、彼女の得物なのか、大きな槍が立てかけられてある。


 サラさんは学園の卒業生であることを語った。

 彼女は3年生だったころ、同じように鬼霊山を選択、そしてなんと1人で課題をクリアしたらしい。そして卒業後は、ここで働くことを決めたのだそうだ。

 サラさんに判子をあげた人物と交代して、今ではこうして生徒たちが来るのを待ち受けている、というわけだった。


「ようやく、判子をあげられるよ。6年もここで働いて、やっとこさ」


 サラさんは楽しげに笑う。気さくで明るい、そして強さを兼ね備えた、温かみのある人物だ。


「6年……ってことは、24歳!」


 リリナが言うと、

「歳は計算しないでいいんだよ、おちび!」

 とサラさんに怒鳴られていた。


「学生は気楽でいいよな、あたしもまた戻りたいもんだ。それにしたって、1年生が2人もいるわけなんだろ? なんだって1年がここに来ようと思ったんだ?」


 サラさんはリリナとユーリィに向かって問いかけた。

 やっぱり、1年生が同行者なのは不自然なのかな。


「わたしたち、ふぇみるのもり、とかいうとこ、目指してるからでーす!」


 リリナはそれがほこりであるかのように、高々と言い放った。

 先ほどまで落ち込んでいたとは思えないほど、気代わりの早い妹である。守られながら、とはいっても、自分の足を使ってここまで辿り着けたことが自信に繋がったのかもしれない。


「フェミルの森?」


 サラさんはぴくりと肩を震わせて、問い返してきた。

 彼女が顔つきを鋭くすると、今までのような柔らかな態度は消失する。室内は一瞬で、緊張感に包まれていた。


「どうして、そんな場所を目指してるんだ?」


 口調も厳しい。それはいさめるというよりも、叱りつけているかのような声音だった。

 リリナも、はたと口をつぐんだ。

 脳天気な妹でさえ、口に出していいことと悪いことの区別はついているようだ。


 わたしたちの目的は、女の子同士で結婚をするため、だ。しかし、そんなことを初対面の女性に言えるものではなかった。いくらサラさんが女の子を好きそうだ、といっても。

 だって、ニーシャの社がまつられてあるフェミルの森は、鬼霊山なんかよりも遥かに危険な場所なのだから。

 

 フェミルの森にはめぼしい資源も何にもなくて、旅をするメリットなんて皆無。普通の人の認識はそれが至って普通である。

 そこにニーシャの社があるなんて情報は、魔族の血を受け継ぐユーリィだからこそ、知っていることなのだ。


「…………」


 わたしたちは答えを用意していなかったため、沈黙を選択してしまった。

 すると、サラさんはやれやれ、と呆れた溜息をつく。


「あそこは子どもが簡単に行けるような場所じゃない。きちんとした理由もなしに、目標にしていい難易度なんかではないぞ。あたしも自分の力を試したくって、ネイキッド山脈に行ったことはあるが、あたしですら手を焼いた。4人じゃないと、ここに来られないようなお前らじゃ、フェミルの森は夢物語さ。子どもに現実を教えてやるのも、大人の役目だな」


 サラさんは幼少の子どもに道徳を教えるような、さとした口調だった。

 空気はしんみりとする。

 例え、サラさんが勘違いしていたとしても。クレアとユーリィの実力を見せつけたら、意見が変わるかもしれないけれど。それでも、反論できる雰囲気ではなかった。


「まっ、判子はくれてやるよ。今日はここに泊まっていって、明日にでも下山しな。あたしは仕事があるから、またな」


 サラさんはそれで話を打ち切って、立ち上がった。

 彼女が努めて厳しかったのは、人生経験を伝えたかったから、なのかもしれない。だけど、わたしたちはサラさんの意見をすんなりとは受け止められなかった。

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