第七話ー④

 ユーリィは、教えてあげる、って自分から言いだしておいて、なかなか口を開こうとしない。わたしをちらりと一瞥いちべつし、その背後につかえるクレアへ視線を移してから、口端くちはしを緩める。


 思えば思うほど、風のように気ままで、掴みどころがないなあ、ユーリィって。

 急に学園に現れて、急にわたしたちの部屋へ訪れて、急に帰ろうとして、急にイイコトを教えてあげる、と言ったのだから。


 ユーリィの視線はさらに動いて、中空を彷徨さまよう。あの乱れたベッドに目線が移動したとき、わたしはぴくって反応してしまう。だけど、やっぱり無言のまま、ユーリィは眼球だけを動かしていた。その宝石のような青のきらめきは、わたしの瞳の位置でぴたりととどまる。


「あなたたち2人の仲、私にもとってもよくわかったわ。……これでもね、けっこう悔しい気持ちなのよね」


「……え、えっと」


 いきなり、愚痴のようなことをぼやくユーリィに、どう対応していいか返答をきゅうしてしまう。


「ふふ、安心しなさいな。何も、2人の仲を引き裂こうってつもりは、さらさらないのよ。その、逆」


 ユーリィはわたしの目を見ながら……に思えたけれど、もしかしたら、後ろにたたずんでいるクレアに向けてのものだったのかもしれない。

 なんとなくだけど、そんな気がした。


「素晴らしいほどの愛を見せてもらったから、応援してあげよう、って心変わりしたのよ」


 一体この部屋にきて、わたしたちの何を感じ取ったのだろうか。

 他人に、愛、だなんていわれてしまうと、鼻がむずがゆくなっちゃうよ……。


「別に、応援だなんて……」


「ニーシャのやしろ、って聞いたことがあるかしら?」


「えっ……!?」


 その単語に、わたしとクレアは同時に反応した。

 まさか、まさか、ユーリィの口から、その言葉が出てくるとは思ってもいなかったから。ううん、それだけじゃなくって、何だかわからないけれど、様々な想いがわたしとクレアの中に凝縮されていった気がした。


 わたしとクレアが出会ってすぐ。

 まだお互いの関係も決まっていなかった、あの頃。

 2人の目的が一致した日だ。一緒になって図書館で調べもしたっけ。

 

 ニーシャの社とは、不思議な伝説を持つ地。

 そこで挙式をあげたものには、それがどんな困難をともなう婚姻だろうと、必ず誰からも祝福され、そして生涯を幸せに過ごすことができる。そんな伝承をされてきた遺跡のことだ。

 だけど、それ以外の詳細についてはほぼ不明。文献にも、どの地域にあるのか、どのように建てられてあるのか、まったくしるされていない。

 ただ1つ、恐ろしく危険な未開の地にある、それだけがわかっている情報だった。


 ニーシャの社について、2人で調べたあの日から。

 時折ときおり立ち止まったりはしたものの、わたしたちの距離はもはや0といってもいいくらいに、進展したよね。

 

 毎日が幸せだったものだから、ニーシャの社のこと、最近ではすっかりと頭から抜け落ちていたのだ。

 それを偶然にも、ユーリィが思い出させてくれるとは。

 

「ふふ、その顔。知っているみたいね」


 ユーリィの声で記憶の中から現実に引き戻されると、わたしは俄然がぜん、興味の尽きない態度を全面に押し出して、コクコクと頷いた。


「わたしが知っているのは、名前だけ、だよ。詳しいことは調べても出てこなくって……」


「じゃあ、私が詳しいこと、教えてあげる。ちゃんと覚えておくのよ」


 何気ない口調で語るユーリィだったけれど、わたしには驚愕きょうがくが走っていた。

 どうして、ユーリィはそんなことを知っているの?

 もちろん、それもびっくりしたんだけど……。

 それよりも、ニーシャの社について知ることができる。そう考えたら、心臓が踊っているかのように、ワクワクとしだしたのだ。


 わたしはクレアのかたわらにそっと寄り添って、手を繋いでいた。彼女と結婚するための場所について、聞くのだから。身体が勝手に動いていたのだ。


「ふふ。ニーシャの社はね、ここからずうっと北上した地、ヨルド地方にあるレイキッド山脈を越えたその先。フェミルの森にあると言われているわ」


 静かに、ユーリィがつむいだ。

 それは、まるで文字が空間に浮かんでいるみたいに、わたしの体全身に、深く深く、刻み込まれていった気がした。





 ユーリィはそれだけを伝えると、あっさりと帰っていってしまった。

 わたしには余りにも衝撃的な内容だったため、覚束おぼつかない態度でユーリィを見送ってしまったのだ。

 帰り際、ユーリィは、


「私もエリナさんみたいな可愛い女の子と、ニーシャの社目指したかったわぁ。また、お相手、探さないとね」


 なんて、冗談のような、目が本気のような、ふわふわっとした自嘲じちょうめいた笑みを浮かべながら去っていった。

 ……ユーリィが女の子を好き、って気持ちは真剣なものなんだろうね。

 きっと出会いとかは少ないだろうし……わたしのことも、全力だったのかも。

 ちょっと申し訳なくなっちゃうけれど、しかたないことだよね。

 だから、ユーリィが少しでも幸せになってくれるように、願いだけをささげるのだった。


 自室には、わたしとクレア、2人だけの世界が戻ってくる。

 ユーリィがいてくれた時間は、多少なりともにぎやかさをもたらしてくれていたようだ。なんだかちょっとだけ、寂寥せきりょう感が訪れてきていた。


「フェミルの森……」


 クレアがぽつりと呟く。

 ユーリィがついさっき教えてくれたこと。

 どうしてユーリィがそのことについて知っていたのかは不明。だけど、彼女が嘘をついているとは思えなかった。


「クレアは、どんな場所だか知ってる?」


「……いえ、名前だけしか聞いたことがないわね。何せ、未開の地、って言われているくらいなのだから」


 わたしたちの通うオディナス学園。このトールデン地方から、かなり北上した地。北のヨルド地方に存在するレイキッド山脈ですら、人々は訪れないという。

 その山脈を越えた先に広がるのが、フェミルの森。レイキッド山脈には、かなり危険な魔物がうようよとしているらしい。命からがら、山脈を抜けたとしても、待ち受けるのは迷宮のような森。魔物の数も増えるらしいのだ。しかも、フェミルの森にはめぼしい資源がないため、開拓は見送られている。


 わたしたちは、そんな場所を目指しているというのだから、気を引き締めさせられた。

 ……果たして、かなえられる夢なのかな。

 それに、ニーシャの社は、どうしてそのような未開の場所に建っているのだろう。

 不安と疑問だけが、わたしたちの部屋に渦巻いていた。


「大丈夫よ、エリナ。私がもっと、強くなるから。絶対に、2人で行きましょうね」


「……うん。わたしだって、頑張って勉強して、魔法を覚えるから。絶対に、行こうね」


「ええ。エリナと結婚をするためにも……絶対に……」


 結婚――。

 いざ、結婚する、って考えたら、目がチカチカとするほど、心臓が高鳴っていた。

 女の子同士なのに、本気で結婚を目指している。

 そして、わたしだって、そうしたいと思えるようになっていたのだから。


「忘れかけてた目標、ユーリィに思い出させてもらっちゃったね。……でも、わたし、もう忘れないよ」


「そうね。なんだかんだ、彼女も悪い人ではなかったのね。私、警戒しすぎていたみたいだわ」


 クレアは照れているのか、後頭部をかきながら相好そうごうを崩している。確かに、ユーリィがこの部屋にいたとき、クレアはずっとピリピリしていた。


「あの人がね、エリナを無理矢理奪い去っていったら……って考えちゃって、気が張っていたのよ。相当の使い手みたいだから、私でエリナを守りきれるのか、不安になってしまったわ」


「あはは、考えすぎだよ。でも、クレアがわたしのこと、そこまで想ってくれていて、嬉しい」


 クレアがユーリィを威嚇いかくするかのように睨んでいたのには、そんな理由があったんだね。

 でも、笑ってばっかりもいられない。クレアですら、自分の実力が信用できなくなるほど、強い存在がいるってことなんだから。ユーリィはたまたま、わたしに危害を加えようとする人物ではなかったけれど……。

 だから、わたしだって腕を上げて、クレアをサポートできるくらいには……ならないとね。


「クレア、安心して。わたしはもう、クレアの前からどこにも行かないから」


「……ええ。2人で、目標のために、一緒に頑張りましょう」


「うん!」


 クレアと改めてかかげた、高すぎる目標。

 でもね、2人で歩む道だから、決してくじけないよ。

 しっかりと見えてきた、将来へのビジョンなのだから。

 わたしは明日からの授業、もっともっと気合いを入れてのぞもう、と決意を新たにしていた。

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